Trouble in Paradise!!

 第24話 (2)
「どうしてそんなに暢気に構えられるんですかっ!!ホントに何かあったら、どうするつもりなんですかっ!?」
荒げた声と同時に、あかねは友雅の衣をぐっと握って、まっすぐな瞳を向けた。
「そんなに無気にならなくても、心配することなどないよ。そこまで、まだ私は衰えてはいないから。」
「でも、もしものことがあるじゃないですか!」
真剣な目をして、掴んだ手を少し震わせて。力強く彼女は断言する。
友雅は手を伸ばして、彼女の髪をそっと撫でた。
「一応これでも、武官のはしくれだし。アクラムはともかく、手下くらいを欺くくらい何て事はないさ。」
「駄目っ!!そんな油断なんて…出来ませんっ!!」
思い切り頭を左右に振ったとたんに、友雅の手はあかねから振り払われた。
「…例え小さな傷だって、そこから黴菌とか入ったら…命取りになったりしちゃうんですよ…。」
後になって後悔するなんて、絶対に嫌だ。
自分にも彼を護れる力があるなら、どんなことだってしたいと思っているのに。

「そうだ!それじゃ、土御門家に来て下さい!」
これまでよりあかねの手の力が、強く友雅を引っ張った。
「それはまた、急にどうして?」
「だって…土御門家なら、もっと強力な結界があるはずですし。それに、他にも八葉のみんながいます。もしも何かあったとしても、力を合わせれば何とかなると思います。」
頼久だって、いざとなれば武士団を動かしてくれるだろうし、人手が多ければ被害を最小限に抑えることだって可能だ。
それでも力が足りない時は、誰かが他の八葉を呼びに行ってくれるはず。
「だから、今夜はうちに泊まって下さい!」
あかねの声は、既にただの説得を超えた、必死の嘆願の声だった。

「でもねえ…そうなると、屋敷が主なしの家人のみになってしまうが。」
「それは…そうですけど…」
侍女たちが4人。そして使用人の男たちが3人。合計7人が、結界の途切れた屋敷に取り残される。
主がいない夜の屋敷。確かに彼らの事も気には掛かる。
だけど…ならばどうすれば良いのだろう。
友雅の事は何よりも心配だけれど、これまで世話になった彼女たちの事だって…放っておけない。

「殿、私共はお気になさらずに。今夜は、神子様のお誘いをお受けした方が宜しいかと思いますが。」
侍女頭が、まず先に口を開いた。
「やはりここは、殿にとっては危のうございます。ですが、先程おっしゃられたように、私たちのような下々の者など、鬼の輩には関係のないこと。私どもに構わず、今夜は土御門でお休み下さいませ。」
友雅に仕えた時から、優先するのは常に主である。
侍女たちも使用人たちも、それが当然の事だと割り切っている。
彼の身の安全が、第一だ。

「友雅さんっ!お願いします!お願いだから…今夜だけで良いですから、うちに泊まって下さい!」
「…こういう理由がなければ、とても魅惑的な誘いなのだけれどねえ…」
彼は使用人たちの方に目をやると、彼らは黙ってうなづいた。
そこまで彼らが早急に動き出すとは思えないが、シリンには二人の関係を伝えてしまったし。
あかねにとって一番重要な八葉は誰か…となれば、それは自分だろう。
神子を狙うという意味で、彼女の近くにいる者が狙われる…可能性はある。
何かあってからでは遅いとあかねは言っていたけれど、もしもの事があったら…彼女を護ることが出来なくなる。

「分かったよ。そこまで神子殿が心配してくれるのを、無駄には出来ないからね。言うとおりにするよ。」
あかねと、そして周囲の使用人たちの説得に、友雅は大人しく折れる事にした。
「あ、あの…皆さんの事も心配ですから、戻ったら頼久さんに頼んで、武士団の何人かでこちらを護れるようにします!」
やはり後ろ髪を引かれていたあかねは、彼らの安全をどうにか確保出来るようにと、精一杯考えてそう言った。
「お気遣い頂き嬉しゅうございます。ですが…殿がいらっしゃらない夜は、慣れておりますから。」
にっこりと微笑んで答えた侍女に、友雅は振り返って、かすかにしいっと人差し指で自分の唇を押さえた。

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出迎えに来た藤姫たちは、帰宅したはずの友雅の姿がそこにあった事に驚いた。
だが、あかねから事情を説明されると、彼らは眉を顰めて表情を強張らせた。
「そのようなことが…。気味が悪いことですわね…。」
「うん…。だから、今夜だけ友雅さんがここに泊まれるように、お部屋を用意してもらえないかな?」
「ええ、結構ですとも。すぐに支度をさせますわ。」
藤姫は侍女たちを呼び起こし、部屋の支度を整えるようにと告げた。

慌ただしく動き回る彼女たちの間で、あかねは詩紋を呼び止める。
「詩紋くん、頼久さんや天真くんにも、事情を説明した方が良いと思うの。もしも何かあった時、混乱したら大変な事になるかもしれないし。」
「そうだね…分かったよ。じゃあ僕、天真先輩の所に行って来る。」
「じゃ、私は頼久さんの所に行ってきます!友雅さん、用意ができたらお部屋の方で休んで下さい!」
けたたましい足音を伴って、あかねはそう言い残してその場を走り去っていった。

随分と大事になってしまったな…と、取り残された友雅は思った。
自分が暢気なのか、それとも彼女が心配症なのか分からないけれど、まさかこうして土御門家で一夜を過ごす事になろうとは思わなかった。
同じ一つ屋根の下とは言えど、期待に胸を膨らませる展開などあり得ない。
ただ、そんな事とは違った別の意味で、友雅の心の奥では、ずっと熱が籠もり続けている。



「周囲を確認して参りましたが、特に変わった事は見当たりませんでした。泰明殿より頂いた榊も、手を加えられてはおりませんので、問題はないかと思います。」
屋敷の周囲を見回り終えた頼久が、皆の集まる母屋へと姿を現した。
友雅や他の八葉の屋敷だけではなく、土御門家にも泰明からの呪いの榊は飾られていた事を、あかねは初めて知った。
勿論、その他にも強い邪気祓いの呪が、晴明により掛けられてあるため、他の場所よりも安全な空間が保たれているらしい。

「だけどさ、友雅のところでそういうことがあったって事はさ、何かしらあいつらが動き始めたって事だろ?」
「ここ最近は音沙汰もなく、不思議には思っておりましたが…。ですが何故急に、しかも友雅殿の屋敷に目を留めたのでしょうか?」
今回の事に疑問を抱く天真と頼久は、首を傾げる。
思い当たる原因を知っているのは、あかねと友雅と…そして詩紋の三人だけ。
かと言って、まだそれを打ち明ける時期じゃない。
「さあね…。例えて言うなら、私は八葉の中では一番主上に頻繁に会う機会があるし。そのせいで、狙われたのかも知れないね。」
神子だけではなく、京を支配するためには帝の力を制圧することも必要だろうから…だろう、と友雅は答えた。
それもまた、まんざら当たらずとも遠からずだろう。

「とにかく、私は明日にでも占いをしてみますわ。何か、鬼たちの動きが掴めるかもしれませんもの。」
「私も、明日泰明殿に会ったら詳しく尋ねてみよう。あちらでも、何かに気付いているかもしれないからね。」
藤姫が占う内容と、泰明や晴明の判断を仰げば、微量の変化さえも見付かる可能性がある。
何にせよ、彼らが動き出すのはそう遠くない未来のはず。いち早くそれを察知し、心構えをしておくのは必要だ。



友雅には、あかねの寝所とは逆の対、詩紋の部屋のすぐ近くの部屋を宛われた。
池は望めないが、そこから流れる遣水の涼しげな音は楽しめる。
それに沿って咲く菖蒲の姿が、夜になると燈籠の明かりに照らされて、なかなか風情のある景色が広がる。
「友雅さん…あの…」
自分の屋敷では、到底眺められない景色を愛でていると、詩紋がそっとすぐ近くまでやって来ていた。
「ああ、詩紋。まだ眠らなかったのかい?もう、結構な時間になるよ。」
「えっと…ちょっと聞きたい事があって…。みんなが寝静まってからの方が良いかな、と…。」
「ふふ…やっぱり詩紋は、頭の良くて機転が効く子だね。」
誰かに会話が聞かれたらまずいと、こんな時間まで待っていたのだろう。
隣に座るように勧められると、詩紋は友雅の横にゆっくりと腰を下ろした。

「あの…友雅さんのお屋敷の榊を折ったのって……」
「確信はないけれど、ああいうことのあった直後だからね。そう疑って掛かった方が安全かも知れないね。」
軽やかな水音が聞こえる中で、月明かりが静かに降り注ぐ。
こうしていると、そんな危機が身近に迫っているなんて信じられない。
いつものように、穏やかな夜に過ぎないのに。

「でも、これからは少し緊張感を持って行動する事にするよ。神子殿に、あんな顔をさせたくはないからねえ…」
「あかねちゃん…何かあったんですか?」
横から詩紋が覗き込むと、彼は思い出し笑いをしながら髪を掻き上げた。
「暢気に構えているんじゃない!ってね…胸ぐら捕まれて怒鳴られてしまったよ」



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Megumi,Ka

suga