Trouble in Paradise!!

 第24話 (1)
夕暮れの中を、静かに車は進んで行く。
こんな時間なら、外から土御門家への帰路に着くのが普通なのに、今日は逆だ。
これから別の場所へ移動するために車に乗っている。
-------行き先は、四条・橘邸。
吊り香炉から侍従の香りが漂う、薄暗い車の中。

「何だか心配だな…。」
どこかそわそわしっぱなしのあかねが、ぽつりとつぶやくのを聞いて、友雅は顔を上げた。
「シリンの事?詩紋と鷹通の事?それとも…私の策略?」
「……はぁ。……全部です……」
溜息のあとに、肩をだらりと落としてあかねが言った。

今は落ち着いているアクラム達が、再び動き出さないとも限らないし。
なおかつ、今回のシリンとのことで彼女がアクラムを嗾けて、更に被害拡大を狙ってくるかもしれない。
どんなことを企んで来るか。それに対して、自分たちはどんな心構えをしなくてはならないのか。
また、それとは別に…もっと個人的な理由で、土御門家に置き去りとなった詩紋と鷹通が、その後どんな事になっているのか。
何とか友雅は誤摩化してはくれたけれど、本当に鷹通は信じてくれただろうか。
そして詩紋は…。

「ホントにもう…詩紋くんには迷惑かけてばっかりで、申し訳ないですよ私…」
「彼には悪いとは思うけれど、詩紋ならば安心出来るだろうと思って、頼りたくなってしまうんだよね。」
友雅が詩紋に?一回り以上も年下の彼に頼るって、どういうことだ?
「真っ直ぐで純真無垢で…それは神子殿とよく似ているところだけれど、彼は意外に人を見る目が厳しい子だ。」
「詩紋くんがですか?」
良い意味でだよ、と友雅は前置きをして話を続ける。
「普通の人が気付かない小さな事も、見逃さずに見極められると思うよ。それでいて、相手の心理を咄嗟に判断出来る勘の良さもあるし。」
見た目は比較的おっとりした感じがして、素直で無邪気な少年の印象しかないけれども、付き合って来ると彼の内面が分かって来る。
時折、その素直さによって傷付く事もあるだろうが、彼はきっとそれを忘れずに、自らが同じ過ちを踏まないようにと、しっかり捕らえている。
イノリも正反対の意味で、素直な性格だ。
朱雀というものは、そういう者を好むのかもしれない。

「でも、鷹通さんにまで気付かれちゃうなんて思わなかった…」
詩紋に知られた時も、何故彼があんなところに?と驚いたけれど、今度は鷹通の耳に噂の真相が届いてしまうなんて。
「そういう時期に来たのかもしれないよ。そろそろ、全て打ち明ける時が迫っているんだ、ってことで。」
「…そうなんですかね…」
少なくとも遠くない未来、自分たちの真実を打ち明けなければならない日が来る。
来るべきとの時の為に、覚悟はしなくては…いけないのだろう。
アクラムたちと向かい合う時の覚悟と、この恋を打ち明ける時の覚悟。
はた目から見れば、後者は暢気な悩みだと思うかもしれないが………これまでの心労続き。
容易い心意気ではやってられないものなのだ。



「あ…れ?」
車が屋敷の前に辿り着き、従者が降りる為の用意をし始めていた時、妙な違和感を覚えて顔を上げた。
寄り添っていた友雅から離れて、あかねは西の門の方へ視線をやった。
「どうしたんだい、急に」
「あの…何だろ、何かちょっと…今朝と違う気がするんですけど」
上手く言葉で表現し難いのだが、どこか以前と違うのだと自分の意識が働きかけている。

先に車から降りた友雅は、あかねを抱きかかえて入口へと向かうと、そこには侍女たちが二人を出迎えていた。
「おかえりなさいませ。神子様も再びお戻りになって頂き、光栄でございます。」
「出来ることなら、このまま土御門へはお返ししたくないんだけれども、そうは行かないのが残念なところだね。」
半分本音の冗談を窘められている中、あかねは蔀戸の向こうに覗く庭の方向を、じっと見つめていた。
「神子殿?どうかしたのかい」
「……あの…何かお屋敷の中で、変わったことありませんか?」
突然振り向いたあかねは、友雅ではなく侍女たちの方を見て尋ねた。
「変わったこと…とは、どのような事でございましょう?」
「どのようなって言われると…難しいんですけど…。うーん、例えば具合が悪いとか、変な音がするとか…?」
侍女たちは顔を見合わせて、あかねの言う事を不思議そうに首を傾けている。
特に変わったことはないらしいが……ならばこの違和感は、どこから伝わって来るんだろう?

「一応、外の様子を見て来よう。神子殿がそこまで気にするのなら、何かあるのかもしれないからね。」
昼間シリンをあれだけ煽ってしまったから、その跳ね返しがないとも限らない。
自分が蒔いた種であるし、企みを無事遂行させるには、もう少しの時間が掛かる。それまで、念には念を入れて注意しなくては。
「友雅さんっ、心配だから私も一緒に…!」
一人で出て行こうとした友雅を、あかねが慌てて止めた。
「いや、神子殿は待っていなさい。君に何かあっては困るからね…八葉としても、個人的にも。」
軽くあかねの頬を撫でると、そのまま彼女の身体を侍女たちに向けて押し出した。

「ちょっと屋敷の周りを、ぐるっと回ってくるだけだよ。すぐに戻るから、中で待っていてくれるね?」
それでも不安そうな面影が消えないあかねに、背を向けるのは心苦しい事ではあるが仕方ない。
友雅はそのまま振り返らずに、屋敷の外へ向かって出て行った。

+++++

侍女たちに部屋へと招き入れられ、友雅が戻るまでに取り敢えず着替えを済ませる事にした。
小袖の着付は手こずったが、いつもの水干なら簡単に着替えられる。
侍女たちの手を借りずに、意外と早く支度は終わった。
「あの、ホントに何もありませんでした?変わったこととか…」
どうしても気がかりで、あかねは侍女に尋ねてみる。しかし、彼女たちからの返事は変わらない。
「特に何も…気になるような事はございませんでしたが。神子様は、どのようにお感じになられたのですか?」
「そうですねえ…穴が空いて、すきま風が入ってきているような、そんな感じでしょうかね…。」
決して不穏な感覚、と言うわけではないのだ。
ただ、これまでしっかりと四方を壁で守られてきたところに、ひとつ穴が空いてしまっているような。
仕上がったパズルの、1ピースが外れてしまったような…そんな違和感だ。
友雅の屋敷には何度も来ているが、こんな風に感じた事は初めてで。
しかも、今朝には感じられなかったのに、今ここに来て変化を感じたから、やけにそれが気になった。

「さすがに神子殿かな。やはり八葉では気付かないことも、すぐに察知できる力があるのだね。」
しばらくして友雅が、そう言いながら部屋へと戻ってきた。
その手には、緑色の枝がひとつ握られている。よく見ると、その枝は中程から二つに折られていた。
「その枝、どうしたんですか?」
「泰明殿から頂いた榊の枝だよ。穢れや邪気が屋敷に入らぬよう、東西南北に祀るようにと配られたものだ。」
これを四方に飾れれば、屋敷の周囲に結界が出来る。
神子を護る八葉に何かあってはいけないと、晴明殿と泰明殿が呪を込めて手渡してくれたものなのだそうだ。

「その榊の枝がね、東壁にあったものだけ、こんな風に手折られて踏みつぶされていたよ。」
「踏みつぶされ……っ!?」
友雅が差し出したその枝は、確かにぐっと潰されていて、青々とした葉もちぎられていて無惨なものだった。
「神子殿が言っていた、穴が空いてすきま風が…というのは、この事を感じたからだろう。これまで、この榊で結界が出来ていたのに、東だけがなくなってしまった。つまり…邪気の入り込む入口が出来てしまったということだから。」
「そんな!それじゃ邪気が入ってきて…」
「穢される可能性はあるね。家の者たちは常人だから、すぐに影響が出ることはないだろうけれど-----私は八葉だから。もしもこの犯人が鬼たちであるなら、寝首をかかれるかもしれないね。

友雅は至って冷静に言うが、あかねはそうは行かなかった。
犯人が鬼と決まったわけじゃないけれど、もしそうだとしたら…友雅に危険の可能性がある。
何度も恐れていたこと。
彼に何かあったらどうすれば良いんだろう------考えただけでも、ぞっとする。
「ま、今夜一晩くらいは平気だろう。明日陰陽寮で泰明殿に話して、新しい榊を貰ってくるよ。そうすれば大丈夫だ。」
「でもっ…今夜、何も起こらないっていう保証はないでしょう!?」
「そりゃそうだけれど、たかだか八葉一人を狙うのに、首領が出てくることはないだろう。せいぜい下の者…それなら、さほど大きくは出てこないよ。」
アクラムが狙うのは、あくまでも神子だ。
わざわざ八葉退治程度に、彼が自分から力を使うことはないはずだ。
彼自身の力は強大だが、手下の者たちはそれほどのものじゃない。
そう深刻に考えなくても、一晩くらいはやり過ごせる。

友雅は、そう思っていたのだが。



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Megumi,Ka

suga