Trouble in Paradise!!

 第23話 (3)
一応あかね自身も、この話の関係者ではあるのだが、鷹通と友雅の緊迫した空気に溶け込めず、詩紋とともに一歩退いたところで二人の様子を伺っていた。

「あちらに通う機会も増えたのでございましょう?」
「ふふ…そういうことにも興味が出てきたのかい?これからの鷹通の成長が、ちょっと楽しみだね。」
「おふざけにならないで下さい。私の話ではありません。お二人の問題です!」
響いた鷹通の声が告げた、"二人"というのは誰の事を指すのか。
友雅と…誰のこと?姫君?それとも……。

「お二人で、よくお出かけされているお姿を、あちこちでお見かけするとも…。」
「私たちみたいに、あれこれと侍女任せにしない人だからね。自分の事は自分でするという人だから、よく一緒に町にも出掛けるよ。まあ、もっと甘い雰囲気を楽しみたくて、少し人気のないところへ出向くこともしばしばだけれどね。」
相変わらずそういう艶やかな話には、長けている友雅であるから鷹通は動じない。少し頬を赤らめていたあかねには、気付かないようだった。

しかし、彼は急にその態度をこちらへと向けた。
「お出かけになられた際に、熱を出された神子殿と、朝比名殿の山荘で一晩お休みになられたのですか。」
「た、鷹通さん!?」
やっぱり彼は、気付いている!
あかねはそう確信して、心臓がバクバク言い出した。
だが、言われている友雅の態度はというと……

「それが、どうかしたのかい?」
「ど、どうかした…とは、そんな軽々しいお話ではございませんっ!友雅殿は神子殿と………」
「神子殿と私が、どうしたって?。変な邪推をしているんじゃないだろうね?」
しらを切り通すつもりか。それともごまかすのか。
あかねと詩紋は、気が気でないまま二人のやり取りを黙って眺めていた。

「あのね、鷹通。私たちの浮き名だって散々耳に入って来るだろう?分かるよね、私には既に未来の約束を交わした姫君がいるんだよ。」
「ですがっ、朝比名殿は…山荘で休まれていた神子殿と、嵯峨野の宴でお見かけした姫君とは、同じ女性だったと…!」
「そうだよ。どちらも神子殿だけれど。」
「で、では事実なのですか!あ、貴方と神子殿…が、その……」
信じられない。というか、信じたくはなかった。
いくら友雅であっても、神子に手を出すなんて…そんなこと。同じ八葉として、彼に対峙する天の白虎として、自分はどうこの状況を理解すれば良い?

「何度も言うけどね、私が娶るのは姫君。神子殿ではないよ。」
「だったら何故……!」
鷹通とは反対に、冷静な姿勢を崩さない友雅は、声のトーンも乱さず話を続けた。「言っただろう?彼女は自分の事は自分でする人だと。それが、どういう日常にいる方か分かるかい?」
侍女がいない、庶民と同様の伸びやかな生活。
遠くに帝の血を持つとは思えないくらい、日々を自由気ままに生きる、そんな暮らしをしていたと噂に聞いた。
自分の事ではなくとも、必要なことは自ら動かなければいけない。買い物ひとつにしたって、そうだ。
「そんな彼女が、急にあんな宴の席に招かれては、緊張してしまうだろう?しかも周りは噂好きの五月蝿い輩が渦巻いている。そんな彼らの餌食になるなんて、可哀想だと思わないかい?」
「確かにそれはそうですが……」

あかねは時々詩紋と視線を合わせて、お互いの困惑状況を確認していた。
真実に食い込もうとしている鷹通に対して、友雅はまったく動じずに冷静に受け答えしているけれど、どうするつもりなのか二人には分からない。
味方は多ければ多いほど良い、と以前言っていたけれど、でも……鷹通にそれは通用するだろうか。
「だからね、神子殿にも宴にご同席して頂いたんだよ。ねえ?神子殿」
「は、はいっ!?何ですかぁっ!?」
急に友雅の声が投げかけられて、驚いて顔を上げると、彼はいつものように微笑んでいる。
「年も殆ど同じで、背格好も似ている神子殿を私が連れていれば、誰もが私の姫君だろうと信じてくれるかと思ってね。」
「……それは、神子殿を囮にされたということですか!?」
少し強めの口調で鷹通が、叱責するような声を上げた。
それに対して、あかねはドキドキしっぱなしだ。
「そうとも言えるかもしれないけど、それが合意の上であるなら問題ないんじゃないかい?」
「合意?」
「ああ、そうだよ。神子殿には、自らそうなることにご理解頂いていたとすれば、別に問題はないよね?」
「えっ?あ、はい!そうです!別に…私は全然なんでもないですよっ!最初から分かってましたからっ!」
急に前触れもなくこちらに話が振られるから、咄嗟の事に焦ってしまう。
果たして、友雅が思うような答えを出来たか分からないが、彼の表情を見ている限りでは…問題はなさそうな。

「そういうわけで、朝比名殿が神子殿を私の姫君と勘違いしても、仕方ないことだよ。彼らに応じて下さったのは、神子殿なのだからね。」
「ですが、朝比名殿の山荘での一件は……」
「それはただ、その日は神子殿と二人で出掛けていただ。別に構わないだろう?」
「しかし…」
鷹通はこういう所が結構頑固で、納得出来るまで頷けない性分だ。
その真面目さは、長所でもあり短所でもある。
「普段からいろいろとお世話になっているからね。たまには御礼でもしなくてはいけないかな、と、あちこちを歩いていたのだけれどね。途中で運悪く雨が降り出して、その日は神子殿もご容態が悪かったようだし。」
そこでたまたま朝比名の従者と出会って、一晩休ませてもらったのだ、と友雅は答えた。

「ですが…神子殿と随分親密なご様子だったと…」
「私が神子殿と?どんなことをしたと言うのだい?」
「それはその…せ、接吻…やら、手枕…を…」
ふっと鷹通の頬の色が、赤く染まったように見えた。

思わず、友雅は笑いが込み上げて来そうになったのを堪えた。
深い絆を紡ぎ合うまでには至っていないが、そんなこと改めて考えるようなことではない…くらい日常的なことじゃないか。
唇を味わうなんてこと、もう当たり前のこと。手枕ではなくとも、この腕に抱いて抱きしめる程度のことなら、二人の時はいつだってそうだ。
「熱を測らせて頂いた時、顔を近付けていたのを見間違えたのではないのかい?それに、まだご容態が優れないようだったから、薬湯を飲まれる時に、確かに枕代わりに腕を貸して差し上げたけれども。」
「………」
一応嘘ではない。
顔を近付けて…そのまま薬湯を口移しはしたけれど。
「まだ疑っているのかい?だったら聞いてみようか。神子殿、私はそんなことをした覚えがないのだけれど?」
「は、はいーっ!?」
「あの時、私は君に接吻などしたかな?そして、君をこの腕に抱いて眠ったりしたかい?」
鷹通以上に顔を赤くしていたあかねは、友雅の問い掛けに、心臓がバクバク言って飛び出しそうだった。

--------しましたけど。ええ、しましたとも!!そんなの、忘れるわけないですけどっ!!
と、大声で言いたい気持ちだけれど、言えるわけがない。
「あ、あるわけないです!そんなこと、あるはずないじゃないですかーっ!!」
興奮して顔が赤い理由は、あの時の事を思い出してしまったからだけれども、鷹通には分からないだろうから、多分そんな噂に過敏に反応しているせいだと思っているはず。
「してませんっ!してませんってば!絶対にしてませんっ!!!」
「み、神子殿…落ち着かれて下さい。私はそうと決めて掛かったわけではありませんから…!」
あまりにあかねが騒ぐので、さすがに鷹通の方が動揺してきた。

ここまで彼女が慌てふためくのなら…やはり友雅の言う通り、勘違いに過ぎないのだろうか?
鷹通は、そう思い始めて来た。
…確かに、姫君を周りに見せたことがない、という話は聞いていたし、それは彼が心底彼女を大事にしているからだ、ともっぱらの噂だった。
それほどに人目を避けて忍び合う相手となれば、隠れ蓑が必要なのかもしれない。

「分かってくれたかな?鷹通。」
友雅の言葉が聞こえているのか、それとも考えに没頭しているだけなのか、鷹通は腕を組んだまま心あらずの状態だ。
詩紋、そしてあかねもまた、彼が果たして信じてくれたか不安に思いつつも、じっと鷹通の行動を待っていた。

「それじゃ、行こうか、神子殿。」
急に立ち上がった友雅に、誰もが驚いて顔を上げた。
「着ていた衣を取りに、屋敷に戻ろう。小袖に着替えて、そのまま置いて来てしまっただろう?」
「あ、そうだ…。そういえば、着替えを置きっぱなしにしちゃってた…」
まだ陽は高いし、これからちょっと四条に向かっても、十分夕餉には時間がある。
「妙な詮索は禁物だよ、鷹通?」
はっとして鷹通が顔を上げると、友雅がこちらを見て微笑んでいる。
「神子殿が衣を脱いだ理由を、変な方向に考えたりしないようにね。例えば……ぬくもりの逢瀬とか」
「何を考えてるんですかーっ!!!ただ、作ってもらった小袖に着替えただけじゃないですかっ!!」
鷹通に忠告したはずなのに、それを大声で反論したのはあかねの方だった。

スピーディな反応に、友雅はくすくすと笑いながらあかねの手を引いた。
「というわけで、理由は神子殿が言われた通りだ。では、もう一度神子殿を貸して頂くよ。ちゃんと帰りも早めに送り届けるから、と藤姫殿にお伝えしておいてくれるかい?詩紋」
「あ、は、はいっ!わかりましたっ!」


そう言って友雅は、あかねを連れて部屋を出て行った。
が…はた、と気付いて隣を見た。
もしかして、鷹通さんと二人きり!?こんな状況で、あかねちゃん達のこと、更に追求されたらなんて答えれば!?
鷹通はだまって、何かを考えている。
彼が口を開いたら…ちゃんとフォロー出来るだろうか。

噂の元である二人は消えたが、詩紋にとってはこれからが試練の時だった。



***********

Megumi,Ka

suga