Trouble in Paradise!!

 第23話 (2)
朝、屋敷を出た時はいつも通りの日々の始まり…と思っていたのに、この騒々しさは何なんだろう。
勤め先である治部省を早退した挙げ句、友雅の屋敷へ立ち寄れば主は留守。
そして、こうして辿り着いた土御門家--------。
案の定、車宿には友雅の牛車が停められている。

「まあ鷹通殿、どうなされたのですか?こんなお時間に…」
鷹通がやってきたという話を聞いて、慌てて藤姫が入口へとやってきた。
「急に申し訳ございません。実は、どうしても友雅殿にお聞きしたい事があり、こちらに参ったのでございますが-------」
「友雅殿にお話ですか?丁度お戻りになられておりますよ。」
戻ってきた?ということは…屋敷にいるのか、二人とも。
「詩紋殿とお話があるとのことで。しばらくお部屋には誰も入れぬようと言われておりますが…お待ち下さいませ、お尋ねして参りますわ。」
誰も入れずに、など前置きをするとは、そこまでして話している内容とは、一体どんなものなのか。
とは言え、詩紋も交えているならば、まさかの事態も心配はないだろう。


と、安心していたのは鷹通だけで、その詩紋は現在大変な状況に見舞われていた。
「勘弁してください〜友雅さあ〜ん!!」
熟れた苺のような顔をして、半泣きで彼は友雅にせがんでいる。
友雅はようやくあかねから唇を離し、パニックに陥っている詩紋を見てにっこりと微笑んだ。
「ああ悪いね、詩紋。私は神子殿の誘惑に、どうも弱くてね。」
「ゆ、誘惑って何ですか!私が何をしたっていうんですかーっ!」
何故に自分に責任が降り掛かってくるのか、覚えもない事にあかねは身を起こす。
大体誘惑だとか言ったところで、自分にそんな器量があるわけがないだろう…悔しいけど。

しかし、友雅とあかねとでは見る所、感じる所が全く違う。
彼の指先は顎のラインを緩やかに撫でて、その深い色の瞳にあかねの姿を映す。
「君の存在自体が、十分な誘惑。だから…こうして触れたくて、仕方なくなってしまうんだよ…」
「ちょ、ちょっと待ってっ……!!!」
どういう原因でか知らないが、箍が外れたらしい友雅をせき止めるのは困難で、彼の唇は遠慮なくあかねの口を塞ごうと、顔をまた近付ける。
「す、すいませえんっ!ぼ、僕っ、これ以上見てられません〜っ!!」
慌てて詩紋は頭を抱え込んで、何とかラブシーンを直視する事だけは避けられた。

それからすぐのこと。
「あの……申し訳ありません…」
戸の向こうから侍女の声がして、三人は一瞬のうちに背筋が伸びた。
出入り口と、三人が座っている位置とでは結構な距離があるから、騒いでいても声は聞こえていないはず。
「藤原鷹通殿がおいでになられておりまして。」
鷹通が?一体どうしたんだろうか。
こんな時間では、まだ治部省の勤めの最中だろうに、何故ここに?
内裏で事件でも起こったとか。それなら、ここ土御門家にも主から連絡が入るはずだが、そういうことは聞いていない。
「友雅殿がこちらにいらっしゃるということで、お話したい事があると…。」

あかねは、友雅の顔を見た。もちろん、詩紋もその瞳を友雅に向けた。
「私に用事なんて、特に覚えもないんだがねえ…?」
これでもはた目から見れば八葉の勤めはしているつもりだし、左近衛府にも顔は出しているし。
「まさかバレたんじゃ…」
咄嗟にあかねが、小さな声でつぶやく。
「鷹通が知るような横のつながりはないと思うけれど…。まあ、取り敢えず中に通して話を聞こうか。」
友雅は侍女に、彼を部屋に通すようにと告げた。
遠ざかる足音が、再び違う足音になって近付いて来たのは、それから1〜2分後の事だった。

+++++

「どうしたって言うんだい?鷹通。私に用事なんて、白虎の直感でも疼いたりしたのかい?」
「…そういうわけではございませんが…」
部屋の中が三人から四人になったが、同じ仲間であるとは言えど、警戒しなくてはならないのが少々息苦しい。

「神子殿、首をどうかなされたのですか?」
「えっ!!」
急に鷹通が首に巻いた布を気にしたので、あかねは動揺したが友雅と詩紋がフォローする。
「少し喉が痛いようでね。季節の変わり目であるから、軽い風邪をこじらせてしまったんじゃないかな。」
「そ、そうです!だからその…悪化しないようにってことで、そのー…暖めてるんですよ!」
「確かに、今の時期は体調を崩しかねません。先日も体調を崩されたばかりですし、大事を取るのは懸命なことですね。」
うんうんと詩紋とあかねは、揃って鷹通の言葉にうなづいた。
……まさか、キスマークを隠すためです、なんて言えるか。
その問題を起こした本人は、相変わらずいつもの調子で、至って落ち着いているように見えるけど。

「で、私を追いかけてまで話したかった事は、何なんだい?」
友雅の声に我に返って、顔をあげた鷹通の視界に映ったのは…友雅とあかねの姿だった。
詩紋は自分の隣にいるから、必然的に目の前にいるのはあとの二人。
だが、彼らがひとつのファインダーに収まると、晃季から聞いた事柄がゆっくり思い出されて来る。

……彼の父が山荘で、熱を出したあかねを連れた友雅を世話した。
そして嵯峨野での宴の席で…彼は友雅が娶るという姫君に直接会った。
晃李は、宴の席での姫君しか知らない。
だが、父である綿墨はあかねの事も知っている。
そんな彼が…その姫君こそがあかねだと言う。同一人物であると。
つまり、友雅に娶られるの姫君とは……目の前の………。

「事実を知りたいんだったら、尋ねてみないとどうにもならないよ?」
友雅は、まさか自分がそんなことを知っているとは、思ってもいないのだろう。
普段通りで微塵の動揺もない。
黙っていれば、やり過ごせると思っているのか。
かりにも相手は、神子だというのに。
というか、どのみち八葉の役目にはそれほど執着していない彼だから、その瞳に彼女は神子ではなく、ただの女性にしか映っていないのか。
だから、これまでのように…ただの男と女の関係を築くことにも、迷いがなかったのか……。

「鷹通。いい加減に黙りは止したまえ。目の前にいるだろう、話を聞く相手が。」
いつまで経っても切り出さない鷹通に、しびれを切らして友雅が少し強めの口調で言った。
「その…いささか複雑なお話でありますから、何と申し上げて良いのやら…と」
「でも、私にそれを聞きに、ここまで来たんだろう?」
友雅の言う事はもっともだ。
彼から真実を聞き出したいから、こうやって追いかけて来たのだ。
ただの噂。ただの勘違い…である事を祈りたいが、それは鷹通だけの意識の中にあるものだから。

「……失礼を承知でお尋ねしたい事がありまして、やって参りました。」
深刻そうな、それでいて硬質な鷹通の声が響いた。
もしかしてお邪魔だろうか、と詩紋とあかねは立ち上がろうとした時、彼の声がそれを止めた。
「神子殿、申し訳ございませんが、貴女にもお話を聞いて頂きたいのです。」
「わ、わた…私もですか?でも、何かちょっと混み合った感じだから……」
「いえ。むしろ友雅殿と神子殿…お二人にお尋ねしたい事があるのです」

……ぴく、と詩紋の直感が、嫌な響き方をした。
二人に聞きたいこと……もしや?
もしや…やはり鷹通は気付いたんじゃないだろうか。この二人の関係に。
あかねはともかく、自分も退席するようにとは言われていないので、詩紋もまたそこに腰を下ろす事を決めた。

「実は少々、気になる事を耳にしまして…。これは友雅殿に、直接お聞きしようと思いまして。」
「へえ…さて?それはいったいどんな事なのかな?」
「…貴方様の奥方となられる、姫君についてのことです。」
……ぎく、と今度はあかねと詩紋の神経が、同時に震えた。
やっぱり鷹通は気付いたんじゃないのか?
真実に辿り着いてしまったんじゃないのか?
もし、そうだとしたら…どうする?彼にも全部打ち明けるのか?
友雅の様子を二人は伺う。
だが、真っ直ぐに捕らえる鷹通の視線さえ、彼は何一つ感じていないようにいつもと変わりはなかった。

「噂では、姫君は丹波でお一人でお暮らしになられていると。」
「そうだよ。可哀想に、流行病で両親を亡くしてね。主上も気がかりで、様子を見に行かれたのだよ。」
「そこで、姫君を友雅殿が見初めたと?」
「すっかり鷹通も噂に耳を傾けるようになったね。間違いないよ、そこで私は彼女の存在自体に、誘惑されてしまったのだよ。」
さっきと同じ台詞じゃないのか…と詩紋たちは友雅の言葉を黙って聞いていた。



***********

Megumi,Ka

suga