Trouble in Paradise!!

 第23話 (1)
まだ日も高いというのに、屋敷へと戻ってきた二人を出迎えた藤姫は、どうしたのかと不思議そうな顔をして尋ねた。
鬼と会ったのだ、と彼女に言おうか迷ったが、無駄に彼女を心配させない方が良いと友雅に言われて、その場は誤魔化すことにした。
「ええと…詩紋くん、いるかな?」
「詩紋殿ですか?確か、今日はお部屋で書をお読みになられているかと」
天真は町に出掛け、頼久は左大臣の外出に付き添うため、朝早く出掛けたまま。
つまり、八葉は屋敷に詩紋一人…。好都合だな、と友雅は思った。
これなら、余計な外野に気を取られずに、話を進められそうだ。


個人的な話だから、三人で話をさせて欲しいと藤姫に念を押し、二人は詩紋の部屋へとやってきた。
「急に押しかけたりして、悪かったね。」
「い、いえ…別に、ただ書を読んでただけなんで、別に…」
池に近い詩紋の部屋は、時折魚が跳ねる水音が聞こえる。
少し暑さを感じる今日みたいな日は、そんな音は心地よい涼を呼ぶ。
「詩紋の部屋に来たのは初めてだけれど、なかなか良い眺めだね。」
もちろん、四季折々の花を贅沢に巡らせた、あかねの部屋からの景色と比べれば雲泥の差だが。

「あのー…それで、僕に用事って何なんですか?」
二人を前にして、詩紋の方が先に切り出した。
清々しい初夏の景色を背に、寄り添うように腰を下ろしている友雅とあかね。
肩を抱いてもらいたいとアピールしているような、そんなお互いの距離感。
あかねの首に巻かれた布の意味を思い出し、詩紋は少し顔が熱くなる。
そんな詩紋を、友雅は笑顔で見つめて言う。
「まずは、御礼を言わないとね。」
「御礼…?僕に、ですか?」
思い当たる節はないのだが…と思っていると、友雅は隣のあかねを抱き寄せる。
「私達の事を理解してくれたみたいだし。本当に感謝するよ。」
「あ、あ…はあ、どうも…」
何がどうもなのか分からない答えだが、ぴったりと身体を寄せ合った二人を目にしていると、妙にこちらが照れくさくなってしまう。
あれから想像力が敏感になってしまったらしく、あれこれと思い描くことがたくさんあって。
例えば、昨日の二人のやりとりとか…。そう、二人の唇が重なったシーンとか。

「詩紋くん、顔が赤いよ?具合でも悪いの?」
あかねに言われて両頬に手を伸ばすと、じんわりと手のひらに熱が伝ってきた。
余計なことを思い出してしまった…。
でも、よく考えてみたら、二人のキスシーンを見たのは二度目だったんじゃ?
「熱でもあるのかい?最近は朝夕の寒暖の差が激しいからね。」
「ち、違います!な、何でもないですよ!」
…全部、君らのせいだと詩紋は心の中で思いながら、雑念を払おうと懸命に首を横に振った。

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四条・橘家に、一台の牛車が到着した。
「まあ、鷹通殿…。殿とお約束がございましたか?」
「いいえ、そういうわけではないのですが…友雅殿にお聞きしたいことがありまして、立ち寄らせて頂いたのですが。」
アポ無しで急にやってきたという鷹通に、侍女は穏やかに応対しながらも、何故最近友雅を訪ねて来る八葉が多いのだろうか、と不思議に思った。
もしかして、鷹通も友雅とあかねの仲に感づいたのか…?
しかし、詩紋は土御門家に住んで、常にあかねと至近距離にいるのだから、それとなく気付かれる可能性もなきにしもあらず。
それに比べれば、鷹通はそれほど深い接点はないだろうし。
治部省と左近衛府とで顔を会わせるとか、同じ天地の白虎として話をするとか。
それくらいでは、噂が漏れることはないような気がするが…。

「申し訳ございません。本日は土御門家に参られております。」
「……では、今日は神子殿と?」
「おそらくご一緒に、お出かけになられているのでは。まだこちらにも戻られておりませんし。」
出掛ける前にあかねを連れて戻ってきたけれど、その後はそれっきり。
彼女のために仕立てた小袖を着て、今頃はさぞかし二人で、仲睦まじく歩き回っているのだろう。

「分かりました。では、土御門家の方で帰りをお待ちします。」
「あ、鷹通殿…?」
侍女の話を聞くと、彼は早々にその場で振り返り、再び背を向けて牛車へと戻っていく。それはまるで、何か急いでいるような様子でもあった。
鷹通が橘家にいたのは、ほんの数分。
わずかな時間さえも短縮して、いち早く友雅と会いたいようだった。

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鷹通が土御門家へと急いでいる時。
その場所であかね達は、友雅から思いも寄らない話を聞いていた。
彼が打ち明けたその内容に、あかねも詩紋も驚かずにはいられなかった。

「友雅さん、それ…本気なんですか?」
「ああ、勿論。さっきも言っただろう?勝てないとはしたくないってね。」
困惑する二人とは正反対に、言い出した友雅の方は自信満々といったところだ。
だが、彼が言う計画というものは、あまりに突拍子もない発想で…。
「本当に、それって成功するんですか?」
「詩紋も出来れば、鬼と戦いたくはないだろう?だったら、向こうをとことんまで混乱させてしまって、隙を突けば上手い方向へ流れやすくなると思うよ。」
とは言うけれど、それであのアクラムが動くだろうか。
かりにも、鬼の首領である彼が。

「大丈夫なんですか…ホントに…」
不安げにつぶやいたのは、あかねだ。
「恋をした女性というものは、盲目と言えるほど一途だからね。それが強みにも仇にもなる。」
時には嫉妬として、当の本人が鬼女と化することもある。それとは違っても、想いを深く募らせるほどに、人の中にある潜在的な魔力を引き出してしまう。
恋はそれほどに、人を変える。友雅自身も、それを痛感しているところだ。
「私にとっては…神子殿が最大の強みだけれどね。」
そう言って友雅はあかねを見つめ、溶けるような艶のある微笑みを彼女に捧げる。
愛しげに頬を撫で、指先でその唇をなぞりながら。

「あ、あのっ…」
慌てて詩紋が口を挟んだ。
うっかり二人に世界を明け渡してしまうと、遠慮無く(友雅から)ラブシーンを見せつけられてしまいそうなので、お邪魔かと少し罪悪感を抱きつつも彼らの間に割って入った。
「じゃ、じゃあ僕はその時になったら…何をすれば良いんですかっ!?」
「そうだな…君は別に、何もしないで見ていてくれれば良いよ」
「は?何もしないって…それで良いんですか?」
ここまで来て、彼が考えたという計画を説明したにも関わらず、何もしなくて良いってどういうことだ?
首を傾げてばかりの詩紋を、友雅は見て答える。
「言い出したのは私だからね、事の運びは私に任せてくれれば良いよ。ただ…ちょっと周囲を戸惑わせることになるかもしれないから、それを何とか誤魔化して宥めてくれればいい。」
戸惑わせる?宥める?
一体どんなことをしようとしているんだ…彼は。

「だけどね詩紋。もしもの時のために、戦う姿勢だけは整えておいてもらえると有り難い。勿論、その前に何とかしてみせるけど。」
「…はい。それは一応…頑張るつもりで覚悟はしてます…けど」
鬼の様子よりも、今はずっと友雅の思惑の方が不安だ。

「そして、何よりも神子殿の力が必要だ。分かってくれるね?」
「えっ!?私ですか!?」
急に矛先がこちらに向いたので、不意打ちを食らったようにあかねは驚いた。
「そうだよ。君がいなければ、こんなに本気になっていないのだから。じっとしていてくれれば、それで十分だからね。」
「私も…何もしないで良いってことですか?」
「ああ、私の側から離れずにね。あとは、私の言う通りにしていればいいよ。」
言うとおりって言われても…。
何だかとんでもないことされそうな気がしないでもない。
それでも、黙ってじっとしていろと?
どきどきするような事があっても、じっとしていろ…なんて、少し苦痛かも、とか思ったりする。

「悪いようには絶対にさせないよ。君を本当に私のものにするためにも…ね。」
「なっ…何てとんでもないこと言うんですか!」
どうやらストレートに友雅の言葉を理解したあかねは、顔を真っ赤にして近付いた彼の胸を押し飛ばそうとしたが、そんな事が彼に通用するわけもない。

「う、うわあぁ〜っ!」
結局目の前で繰り広げられてしまった、あられもない二人のラブシーンに、慌てて詩紋は背を向けて顔を隠すしかなかった。



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Megumi,Ka

suga