Trouble in Paradise!!

 第22話 (3)
「先程、玄蕃寮の水部殿がおいでになられまして、少々気になる事を申されていたものですから」
そう前置きをして、鷹通は訝し気な顔をした。
彼が言う水部という男は、晃李と同い年で玄蕃寮に勤める従七位上の少允だ。
仕事の割に意外と砕けた性格で、そのせいか階級問わず顔が広い。
そして、晃李とは幼い頃からの親友の一人でもある。

「お聞きしましたところ、最近水部殿には、親しく通われている女房殿がいらっしゃるとか。」
確かそんな話を、数日前に酒を肴に話したような。
既に彼には男君が二人いるが、女人の噂には耳が早い。
とは言え、あの橘少将には足元にも及ばない程度であるが。
彼の顔を思い浮かべながら、そんなことを思っていた晃李に向かって、鷹通はまさにその人の話を持ち出して来た。
「実は水部殿が女房殿のお屋敷で、友雅殿が…結婚される姫君とは別の女性と、逢引しているという噂を聞いたと…」
「ああ、その事ですか…」
既に晃李は真実を知っているから、それほど慌てることはなかった。
しかし鷹通は別だ。
友雅の事となれば、同じ八葉として気がかりにならざるを得ない。
彼と友雅が八葉ということなど、知る由もない晃李には分からないことだろうが。

「友雅殿の結婚については、本人から聞いていますが…。婚儀を行う前に他の女性となど、主上のお耳に入ったらどうするつもりなのかと…」
複数の女性と付き合うことなど、友雅には何でもない事かもしれないが、今回は帝の血筋の姫君を娶るのだ。これまでとはわけが違う。
いくら帝の信頼を得ていると言っても、こういう場合は問題なのではないか…。
他人事とは言え、鷹通は不安でならなかった。

「鷹通殿、ご心配は無用です。実は私も、同じ噂を聞きつけて疑問を感じていたところだったのですよ。」
「……朝比名殿もですか?」
「ええ。私も最近耳にしたもので、父に尋ねたばかりなのです。」
晃李もまた懇ろの相手がいるらしく、そちらで噂を聞いたらしい。
「これまで随分と、浮き名の耐えない方でしたからねえ。ですが、今回は主上に近い方との結婚が決まったあとですからねえ」
「そうなのです…。全く何を考えているのかと思っていたのですが…。」
やはり皆、考える事は同じか。
友雅の評判にしても、彼の相手にしても、少し動きがあれば、その動向が気になって仕方がない。

「ですがね、鷹通殿。連れている女性の正体こそ、どうやらその姫君らしいとの事なのですよ」
「…えっ?友雅殿と…結婚される…姫君ですか?」
意外なことを口にした晃李を、驚きの表情で鷹通が見た。
友雅の噂はあっという間に風で運ばれてしまうが、その連れ歩いている女性が彼の姫君と同一人物というのは、普通では想像することではないだろう。
だが、晃李には有力な情報を持つ父がいる。
自分の目で確認しなくとも、彼が見ているのだから確実だ。

「どうやら、父の話ですと…そう考えるのが自然だと。」
「しかし、姫君をそう頻繁に連れて歩くことなど、可能なのですか?」
少し鼻からずれた眼鏡を直しながら、鷹通は晃季の話をもっと聞きたそうに顔を近付ける。
「いえいえ。姫君は元々かなり遠縁の血筋でいらしたそうですから、普段から質素な生活をされていたそうです。それに、御両親が亡くなられたあとは、お一人で里山近くの屋敷に住まわれていたそうですから、何かとご自分で出歩くことも多かったのでしょう。」
「…何と、そのようなお暮らしをされていたのですか、お気の毒に…。お一人で侍者もおらぬとは、さぞ寂しく不便もあったでしょうに」
鷹通は、初めて彼の姫君の生い立ちを詳しく聞いたようだった。
晃李自身もまた、友雅との会話の中や父からの話など、詳しいと言えるほど知っているわけではない。
だが、鷹通よりは情報が豊富だったみたいだ。

「お一人でも、自由な暮らしを楽しまれているようです。ですから、少将殿とご一緒する時のような身なりも、外を歩きやすくて良いのでは?。」
「なるほど、そうなのですか…」
「丁度先日に、山荘にお二人が身を寄せた時、父も普段の姫君を見かけていたそうですから、少将殿がお連れしている女性の雰囲気では、姫君に間違いないと思われますよ。」
「……山荘?」
そこまで話を進めると、急にレンズの向こうの鷹通の目がぴくりと動いて、晃李の顔を真っ直ぐ見据えた。

「お待ち下さい、朝比名殿。それは、先日の酷い夕立の時の事ですか?」
「は?ええ…その時に姫君が運悪く熱を出されまして、一晩うちの山荘でお休みになって行かれたそうです。」
……そんな馬鹿な。
「朝比名殿、その方は…いえ、その時友雅殿がお連れになられたのは、姫君であるはずがございません。」
「おや、一体何故そのような事を?」
鷹通は喉まで出かかっていた言葉を、ギリギリのところで押し込めた。
晃李が言っている女性は、友雅の相手である姫君では絶対にない。確信に出来る。
「お言葉ですが鷹通殿、噂で聞く少将殿が連れている女性の姿形は、紛れもなく姫君であると父は申されたのですが。」
「…お聞かせ下さい。その女性は、どのような風貌で…?」
「そうですね…私が見たわけではないので、父の話も外から噂に聞いた話も又聞きになってしまいますが…。髪は肩にかかるほど短く、藤色の水干を身に付けておられ、小柄で華奢な方だと聞きましたが。」
絶対に違う。
それは彼の姫君なんかではない。
鷹通自身も見慣れている、自分たち八葉にとってかけがえのない……その人じゃないか。

「私は宴の席でしかお会いしていないのですが、その時は髢を付けて色艶やかな袿を重ねておられ、本当にお綺麗で愛らしい方でございましたよ。」
「いや、ありません!そのようなことは絶対…っ!」
身動きだけでなく声まで慌てて、鷹通は晃李の発言を塞ごうとした。
普段は生真面目で冷静な印象しかない鷹通の様子に、晃季も少し意外な目で彼を見る。
「如何なさいましたか、鷹通殿?」
「絶対に、それは人違いであるはず!その方が、友雅殿の姫君だなんて…ある訳がありません!」
「…私も実際に見たわけではないのですが、ですが……お二人の親密さは、ただならない様子に思えましたが?」
動揺している鷹通を宥めるかのように、晃李は彼の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
だが、それくらいで落ち着くなんて無理だ。
彼の言葉を鵜呑みにしたら、友雅の結婚相手の姫君は………神子のあかねになってしまう。

「うちの侍女達が、山荘でお二人をお世話した時に、それはきゃあきゃあと大騒ぎでしてね。かなり深い間柄なのだろうと言っておりましたが、宴で私も拝見しまして、なるほどと感じましたよ。」
笑いながら話す晃李の声が、時折引っかかってはするりと流れて行く。
だが、そのあとには必ず、友雅とあかねの姿が浮かび上がってくる。
そういえば、最近はよく二人で出掛ける事が多い、と藤姫が言っていた。
でも、常に八葉が二人付いて行かなくてはいけない、という決まりがあるわけじゃない。
友雅一人でも、十分あかねを護る力はあると確信している……けれど。
…けれど、確かに彼と二人きりで…というのは、違う意味で不安がある。

まさかそんな、いくらなんでも相手は神子であるのに、と思うけれど、逆に彼ならそんなこと関係ないのでは、と考えられなくもない。
有り得ないと言いたい。けれども、可能性がない、とは言い切れない。
それが微妙なところだ。

「噂では、既に姫君は少将殿の御子を身籠ってらっしゃるとか。」
「なっ…そんな馬鹿な…っ!!」
突然降り掛かって来た、思いもよらない噂話。
その姫君が、あかねであると実証されたわけではないのに、鷹通は過剰なほどに反応してしまった。
「可愛らしくてお若い姫君ですが、やはりそれは男女の事でございますからね。噂の真偽は存じませんけれども、それも遠くはない話だと思いますよ。」
にこやかに晃李は笑い、京の話題をさらう二人の話を楽し気に話す。

「朝比名殿、こんな事をお願いするのは心苦しいのですが…治部省へ早退する旨、伝えて下さいませんか?」
「早退?鷹通殿が?随分急なことですね…何か気になることでも?」
気になることが大有りだ。
ともかく、直接話をしなくては埒があかない。疑ってかかるようで罪悪感もあるが、そもそもそんなことを容易に想像出来る友雅も問題なのだ。

確かに以前から比べれば、最近の友雅の様子は雲泥の差がある。
適当にこなしていた八葉の任も、やけに熱心に取り組んでいるように見えるし。
参内以外は、ほぼ毎日土御門家を訪れているらしく、早い時間に訪れても既に出掛けてしまったとか、そんなことも多々ある。
それほど頻繁に、二人で出掛けているということ…だ。

「詳しい事は言えませんが、よろしくお願い致します!」
半ば強引に言伝を晃李に押し付けると、鷹通は治部省と逆の方へと足早に駆けて行った。


「友雅の所に向かったのか」
その男は、完全に人の気配を消して、突然背後に姿を現した。
稀代の陰陽師・安倍晴明の弟子である泰明だ。その力量は、師匠の晴明の力をそのまま写し取った、とまで噂される。
「鷹通殿が向かわれた先を、泰明殿はご存知なのですか?」
「………」
無視されているのか、それともただ話したくないのか、泰明は晃李の問いに答えはしなかった。

無表情と無感情の泰明の隣にいるのは、何となく圧迫感がある。
このままじっとしているのも辛いかと、晃李は当たり障りなくその場を立ち去ろうとした。

「男と女の理とは、そういうものだ。」
「…え?」
ぽつり、と泰明の意味深な言葉が聞こえ、晃季は踏み出した足を止め振り返った。
が、既に泰明はこちらに背を向けて、その場から立ち去っていた。




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Megumi,Ka

suga