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Trouble in Paradise!!
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| 第22話 (2) |
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「おお晃李、今戻ったのか」
浅見家から明け方屋敷へ戻ると、少し遅めの朝餉を取っている父の綿墨が彼を出迎えた。
「晃李様、朝餉のご用意を致しましょうか?」 「いや、結構。向こうで用意をしてくれたので、遠慮なく頂いて来ました。」
「ほう…そうか。それは随分と、歓迎されているようで良い事だな」
彼の話を聞くと、綿墨は満足そうに答えた。その隣で、母の呉羽も笑顔でうなづいている。
長男・次男と既に成人して妻を持ち、孫・曾孫まで総勢30人近い顔ぶれが揃っている朝比名家だが、最後に三男の晃李だけが残っていた。
一番上とは一回り以上離れているため、まだ年若いと思いながらも、気付くと二十歳も近い。
これまで良い話もいくつかあったが、ようやくここに来て、嵯峨の浅見家の三の姫と良い関係が続いているようだ。
「そなたの孫を見るまでは、まだまだ御仏に仕える決心は出来ぬな」
綿墨は笑い声を上げる。
-----のどかな、朝の団らんのひとときだ。一見は。
「しかし、あちらとも良い雰囲気であるにしては、悩み事でもあるのかね?晃李」
空になった粥の碗の上に箸を置くと、綿墨は晃李の顔を不思議そうに見た。
さすがに父ともなれば、息子の様子の変化にはすぐ気付くものだろうか。
「実はあちらで、少々気になる事を耳にしまして。」
「気になること…か?それはまた、一体どんなことだ」
晃李の話に、母もまた気になる素振りで耳を傾けている。
「実は、橘少将殿のことなのですが……」
「少将殿?ああ、もしや結婚が間近という話か?」
綿墨から返って来た言葉に、晃李は顔を上げた。
「…そうなのですか?」
「ああ、本人から聞いたわけではないのだが、先日主上とのお目通りの際、そのような話で盛り上がっていたと言う話だ。左近衛府の者も、姫君の輿入れがほぼ決まったと、少将殿から聞いたらしいしな。」
「では…いよいよ…ですか」
「そうだな。主上の遠縁の姫君と、あの橘少将殿との婚儀だ。久しぶりに、さぞかし華やかな賑わいを楽しめるだろう。」
他人の婚儀とは言え、誰もが注目する二人のこと。
主上の口添えもあるだろうし、ちょっとした祭りの盛り上がりに近い騒ぎが予想されそうだ。
だが、そのことで晃季を悩ますものがひとつ。
「その…少々殿の姫君に付いての事なのですが…少将殿は、姫君の他に…その…側室と言いますか、他に世話をするつもりの女性がいらっしゃるのでしょうか?」
「何だ?急にそんなことを言うとは、どうした?」
今になって、何故そんなことを尋ねるのだろう。晃季も、あの席で仲睦まじい二人の姿を見ていただろうに。
「実は…あちらの屋敷の女中が、街中で少将殿が同じ女性を連れて歩いているのを、何度も見かけているという話で……」
「んー?そんな噂があるのか?」
「いえ、噂ではありません。実際、彼の娘がそれを目撃しておりまして…先日はその…逢引の場に遭遇してしまったらしく…」
「うーむ、その…元々華やかな話題に事欠かない方だったからな…少将殿は。」
有り得ない事ではない、というのが本音ではある。
いずれにせよ、今はどうあれ過去の彼を思い出せば、それくらいのことは珍しいことではないし。
それに、いずれはそんな相手を作ることも、彼なら容易い事だろう。
とは言っても、まだ婚儀前にそれは…どうか。
「しかしなあ…私が山荘で泊まらせた際も、こちらが恥ずかしくなるほどの仲で、その他に…とはなあ…」
「そ、そうでございますわ!私たちもそのお姿は、この目でちゃんと見ておりますものっ!!」
横から割って入って来たのは、侍女の菊代と萩乃の二人だ。
彼女たちの言う通り、二人は山荘で友雅たちの様子を直に見ていて、それ以来何かと話題が出るたびに、きゃあきゃあと大騒ぎだ。
「それは存じているけれども…。ですが父上、主上の血筋である姫君とあろう御方が、そうそう外出されることなどありませんでしょう?」
「さあ…。だが、主上のお血筋とはいえ、お一人で質素な暮らしをされていたという話であるから、外を出歩くことなど珍しくないのではないか?」
「ですが、少将殿が連れておられた娘とは、その姫君とほぼ同じくらいの若い娘だそうです。しかし、髪も肩にかかるほど短く、水干姿で歩いていたとのことです」
「水干?」
綿墨が疑問形で反応すると、晃季の顔をしげしげと見る。
だが、晃季は父の表情の変化に気付かず、彼に確認の相づちを求める。
「宴でお会いした姫君とは、明らかに他人ではありませんか。」
「…晃李、おまえの言っている…というか、その女中の見た娘の事だが、それが姫君なのではないか?」
「えっ?」
思いもよらない答えが綿墨から返され、晃李は身動きを止めた。
「髪が短く水干姿と言えば…確かに山荘で少将殿と一緒におられた、その姫君に間違いない。」
「ええ!ええ!殿のおっしゃる通りでございます!一目見て、風変わりなお姿をされておられましたもの!」
調子に乗って騒ぎ立てる侍女たちに、綿墨は少し嗜めながら晃李を見た。
若い割にはいつも安定した物腰の彼が、何となく動揺しているようにも見える。
「お待ち下さい、父上!ですが先日…私が宴の席でお会いした姫君は……」
「ああ、髪か?あれは髢だろう。あのような席では短い髪は妙であろうし、袿姿では様にならぬ。おそらく、少将殿が気を利かせたのではないか?」
そんな…まさか。
だが、父の綿墨は普段の彼らを知っている。
帝の御前に上がる、よそ行き姿の彼らではなく、日常の姿を目の当たりにしている。その彼が言う事だ。
たった一度の宴で顔を合わせただけの、晃李の記憶は敵うはずがない。
「話を聞くところ、間違いないかと思うがな。里山での質素な日常なら、逆に長い髪など無用で邪魔だろう。出歩くにも短い方が都合良いと思わぬか?。」
「確かに…そうではあります……か」
綿墨の話を聞いていると、なるほど、そうか…という気になって来た。
帝の遠縁と言えど、随分と遠い縁であるらしく(一度聞いただけでは覚えられないほど)、それに加えて両親もなく一人で暮らしていたという姫君。
丹波の里山近くでの生活は、庶民とそれほど変わりない生活だった…という話なら、髪が短いのも納得する。
そういう身なりであれば、水干や小袖で出歩くことも十分有り得る。
ならば、やはり浅見家の女中が見た娘は、あの姫君に相違ないということか。
「なるほど…。いささか余計な心配をしてしまいました」
「真実とは言えぬが、あれほど執心な少将殿であるし。今回は、他の女人にまでうつつを抜かす余裕もないのではないかな。」
彼らの姿を思い出しながら、綿墨は笑い声を上げて晃季にうなずいてみせた。
「主上の…お血筋の方でありますしね。」
「はは…主上も姫君の事は、随分気にかけておられるようでな。度々少将殿にも、姫君への無理強いはするなと言っているようだぞ。」
「しかし、あのご様子では…失礼ながら、既に手遅れではありませんでしょうか」
晃李の返事を聞いて、綿墨は笑う。それを見て、晃李もまた笑う。
横にいる侍女たちは…相変わらずきゃあきゃあと賑わっているし。
まあ、のどかな朝の風景ではある。
+++++
気がかりであった友雅の話も、すっかり父との会話で晴れた晃李は、いつものように大学寮に向かうため、朱雀門付近を歩いていた。
梅雨が来ても良い頃ではあるが、天気はここのところ晴天が多い。
それはそれで結構なことなのだが、雨が少なくなるのも困りものだ。
今は水がめも蓄えが出来ているが、このまま続くと日照りになってしまう。
長期的なことを考えても、そろそろ先日のような一雨が来ても良い頃。
だからと言って、局地的な豪雨ともなれば土砂崩れや川の氾濫も危惧されるし。
丁度良いくらいに、大地を湿らす雨でも降って来ないだろうか…と、考えながら歩いていると、向こうから鷹通が近付いて来るのが見えた。
「ああ、朝比名殿…丁度良いところでお会いしました。」
お互いの顔を確認出来る位置まで来て、鷹通は声をかけて来た。
どうやら、晃李を探していたようだ。
「如何なさいましたか、鷹通殿。何か気になることでもありましたか?」
治部省でも将来有望の明晰な彼が、たかだか明法博士の自分に教えを乞うことなど思い付かないが。
そして、予想通り彼が晃李を探していた理由は、そんな一般的な話ではなかった。
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