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Trouble in Paradise!!
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| 第22話 (1) |
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騒々しかった川沿いも、今は静かにせせらぎが聞こえているだけだ。
シリンがかき乱した空気も、何一つ残っておらず、穏やかな山並みと心地良い川風が二人を包む。
友雅は、ひとまず治まった騒ぎに、ほうっと一息溜息を着いて肩を動かした。
だが、その隣であかねは彼の腕を掴んで、焦りながら言う。
「友雅さんっ!いったい何を考えてるんですか!?シリン…怒って行っちゃったじゃないですか!!」
彼女と友雅の交戦(?)を、眺めているだけで何も出来なかったあかねは、これからどんな事になるのか、不安でならなかった。
しかし、彼はあかねの背中を軽く叩きながら、いつも通りに微笑む。
「大丈夫だよ。いくら鬼とは言え、あれはれっきとした女性だ。しかも、なかなか可愛い性格をしている。」
「でもっ!怒らせてアクラムを挑発させることになったら…っ」
もしもシリンが今日の事をアクラムに告げて、更に彼の導火線に油を注ぐようなことになってしまったら、どうする?
穢れや怨霊の被害に遭い、苦しい生活を強いられて来た市井の人々の暮らしも、ようやく落ち着いて来たところだったのに。
ここでまた、以前のような混乱の世が来てしまったら……。
唇を噛み締めて、もしかしたら再び来るかもしれない彼らとの戦いに、不安を抱く彼女の肩を友雅は叩く。
「逆手に取るんだよ。」
「えっ…?逆手?」
聞き返すあかねの問いかけに、友雅の微笑みが返ってくる。
「そう。挑発して相手がその気になれば、それで結構。こちらの企みに、素直に乗ってくれるだろうからね。」
友雅はそんな風に言うけれど、彼がどんな企みを抱いているのかさえ分からないのでは、不安は募る。
肩に触れる手のひらからは、しっかりとぬくもりが伝わってくるけれど、初夏の野山から吹いて来る風のように軽くならない。
「まあ、神子殿は私のそばから、離れずにいれば良い。悪いようにはならない、きっと。」
「そんなこと言ったって…」
「大丈夫、任せなさい。私は鬼ではないから、君の心を穢すようなことは、絶対にしないよ。」
ぽん、と友雅の手が力強く、あかねの背中を叩いた。
「自分のことは自分で決めなさいって、昔は言ってたじゃないですか」
風に髪を靡かせながら、あかねは友雅と手をつなぎながら歩く。
人気の少ない川沿いだからこそ、他人の目をあまり気にしなくて済む。
「ああ、そうだと思うよ。君の答えは君だけが持っているものだから。」
「だったら、どうして友雅さんがあんなこと…」
丁度橋の真ん中辺りで、彼は歩みを止めた。それと同時に、あかねもまたその場で足を止める。
欄干にもたれて、背中に川の音を聞きながら、隣にいる彼女の顔を友雅は見た。
「悪かったね。つい出しゃばってしまって。」
「別に、謝ることじゃないですけど…ただ、何を考えてるんだろうと思って…」
彼の事を信じていないわけではない。全面的に心を許していい人だと、今は確信を持っている。
でも、それでもシリンに向けた彼の企みというものが、あかねにはどういうものかさっぱり分からない。
最後に答えを委ねられても、肝心なところでパニックになってしまったら、果たして正当な答えを出せるかどうか…。
「京というものに対して、私はそれほど執着心がない…というのは今も同じだけど。でも、君がこの世界を救いたいと思うなら、私が手を貸すのは八葉として当然の事だし。」
「分かってます…」
そう、彼はそういう人だ。それが長所でもあり、短所でもある。
どこか突き放したようでいて、境界線のギリギリのところで立ち止まってくれるような人。
「でも、それがこれからの私たちに関わる事となったら、やっぱり黙ってはいられないだろう?」
そう言ってあかねを覗き込む友雅の瞳は、八葉という立場の視線よりも、ずっと甘くて艶やかに感じる。
「君は悩んでいるようだったから、それなら私が動いてみようと思ってね。でも、後先考えずに動いたわけじゃないんだよ?」
遠くに望む、青々とした緑の山並みと、空の青さ、水の音…。
少し前なら日照りと水不足で、からからに近かった川も今は昔のこと。
一見何もなかったように、穏やかな時間は京を包んでいる。
しかし、元凶はまだそこにある。動き出していないだけ。それを取り除かなければ、本当の安息は来ない。
こうしてのんびりと過ごしているひと時も、幻になる可能性も潜んでいる。
彼らと向き合い、決着をつけなくては、平穏と混乱は表裏一体だ。
「どうせ動くのなら、勝てないことはしたくないし。人生なんて長いものじゃないから、無駄な時間や労力は費やしたくないんだ。」
若ければ情熱だけで咄嗟に動けるけれど、逆に年を重ねれば策を練る知恵が着く。
それだけ慎重になって、失敗しないように確実な道を探すことが出来るようになるんだ--------友雅は、そう話す。
「だから、大丈夫。そう思って私は動いたのだから、君は私を信じなさい。」
その声は安定感があって、そして優しい。
不安定に動くあかねの心を、そっと手のひらで落ち着かせてくれる。
けれど、それでも気がかりなことはある。
「でも…もしものことがあったら……」
「珍しいね。前向きな神子殿が、そんな不安ばかりを考えてるなんて。」
流れ込む山背を受けて、友雅は靡く髪を掻きあげる。
「いつもまっすぐに未来を見ながら、立ち止まらずに進む君に感化されて、自ら動いたり、先のことを思い描いたり出来るようになったのに。ここで、肝心の君がそんな感じでは心細くなるよ」
「違いますよ、それは…頑張らなくちゃって思うけど、でも……心配なんです、何かあったらどうしようって…」
その時、自分はどうなってしまうんだろう、と。
自分の心は、どうなるんだろうと不安が募る。
「やれやれ…それで?具体的に、どういう事が君の心配の元なんだい?」
「いろいろと…」
「ふうん…。ということは、やっぱり神子殿には、私は信用されていないってことかな?」
「違っ…違いますよっ…!信じてます!信じてますけどっ……」
だからこそ………不安なのだ。
「友雅さんに何かあったら、どうしようって心配なんです…っ!!」
もしも、99%成功率の高いことであっても、残りの1%に当たってしまったら?
ほんのちょっとの隙をついて、予想しないことが起こったら?
私は、どうなる?みんなはどうなる?京はどうなる?
そして……彼はどうなってしまう?
それを思うと、どれだけ振り払おうとしても不安は拭えない。
「…全くねえ。神子殿は、どうしてそう…私を喜ばせることしか、口にしないんだろうね。不思議だよ、本当に。」
欄干から川を見下ろしていたあかねを、友雅は後ろから抱きしめる。
「私のことで怒ったり、心配したり…。そのたびに、もっと君への想いが強くなる。どこまで、私の想いを色濃くさせるつもりだい?姫君…。」
「だって、心配するのは当たり前じゃないですかっ!」
「それは…私が八葉という、君と一緒に戦う仲間の一人であるから?」
もちろん、それは間違いない。そして、もちろん…それだけじゃない。
「さ、もっと喜ばせてくれる言葉を、続けてくれないか?」
背後から伸びた彼の手が、欄干の上にあるあかねの手に、そっと重なる。
右手同士、左手同士がそれぞれ絡み合って、ほぐれないようにと互いの手の力は自然に強くなる。
「……す……きだから…その…」
背を向けているから、真正面から彼の瞳に捕われなくて済むから、小さな声だけど言えた本心。
「んきゃっ!?」
急に後ろからぎゅうっと抱きしめられて、思わず声を上げた。
「ホントに、嬉しい事しか言わない人だね、神子殿は。」
「と、友雅さんが言えって言ったんじゃないですか!!」
どきどきする胸の鼓動と、友雅の腕の力に締め付けられてあかねは慌てる。
後ろを向いていても、彼女の頬が赤くなっているのは予想がつく。
だけど、離す気なんか全然ない。
絶対に、一生この力を緩めるつもりなんかない。
「大丈夫だよ。今の一言で、更に勝ちが確実になった気分だ。君の言葉は、不思議な力を持っているのかもしれないね。」
それはきっと、彼にしか作用しない魔法の力。
好きな人にしか伝わらない、特別な言霊。
友雅もまた…同じような力を持っている。
そして、それはあかねにしか影響を与えない。
「さあ、取り敢えず…今日はこれで土御門に戻ろうか」
「え、もう…ですか?まだ陽は明るいのに…」
時計などないから、正確な時を計る事は出来ない。
だが、出て来た時間と辺りの様子を見ても、まだ午後2時になるかならないか、という時刻だろう。
せっかく二人で出掛けたのに、もう帰るなんて少し寂しい気がするけれど。
「予定外のことが起きたからね。それに、詩紋を交えて話をしないといけないだろうから。」
「詩紋くん…ですか?詩紋くんのことなら、今朝…」
今朝出掛ける時に、納得してくれたと言ったはずだが。
「だから、詩紋にも知ってもらって協力を仰がなくてはね。私が考えている、ちょっとした企みをそこで説明するよ。」
少なからず、その時が来るのは遠くないだろうから。
一刻も早く準備を整えなくてはならない。
その後の、自分たちのためにも。
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