Trouble in Paradise!!

 第21話 (3)
「噂をすれば…って、よく言われるけれど、ここで逢うなんてね。久しぶりじゃないか、茨の君。」
急に聞こえて来た声に、はっとしてシリンは我に返った。
辺りをキョロキョロと見渡して、橋の下に視線を向けてみると…彼女は思わず絶句した。
「良かったね。君がわめくほど会いたがっていた二人が、一度に会えるなんて幸運だねえ。」
敵対する相手が目の前にいるというのに、地の白虎は拍子抜けするほど柔らかな表情で微笑みながら語りかける。
「お、おまえたちっ!こんなところで何をしてるのさっ!」
「何をと言われても…それはこっちが聞きたいよね、神子殿?」
そうだ。よく見てみれば、彼のそばには間違いなく龍神の神子がいる。いつもの装いとは違うけれど。
彼が言うように、まさに今そこで愚痴っていた標的が、ここにいるのだ。
…何という偶然。

「でもね、私たちも丁度君らの噂をしていたところだったんだよ。」
「何だって?」
訝し気な目でシリンは友雅を見たが、それくらいのことで動揺する彼ではない。
「最近どうしているんだろうねえ…って。面倒なことばかりされたけど、顔を見ないと結構寂しいもんだね、なんて。」
「ばっ、馬鹿にするんじゃないよっ!おまえたちを陥れる策を、丹念に時間を掛けて練るのに頭がいっぱいだっただけさ!」
「そうなのかい?さっきの声は、愛するお館様のご機嫌が優れなくて、振り向いてもらえずに寂しい想いをしている女性の独り言に聞こえたけど?」
「キーーッ!!!いちいち憎たらしい男だねッ!!!」
同じ女性の目で見ても、非の打ち所がないほど美しい彼女の顔が、真っ赤に上気して、更に頭の頂点から湯気が飛び出しているのが見えるようだ。
ああ、もったない…そんな綺麗な顔してるのに…。
彼女の高ぶる機嫌もそっちのけで、あかねはそんなことを考えていた。

「そもそも、みんなおまえたちのせいだよっ!!お館様が振り向いてくれないのも、おまえたちが厄介ごとを持ち込むからだよ!」
ヒステリックにシリンは、ガンガンと突っかかってくる。
だが、友雅はこういうことで揺らぐ男ではない。
「厄介なのは、君らの方だろうに。今だって…ねえ?」
あかねの肩を抱き寄せ、友雅は顔を覗き込む。
「こういうことまで邪魔するのが、鬼の一族の仕事かい?無粋な輩だねえ、まったく君らは。」
「な、何を言ってんのさ、あんた…!」
戸惑うシリンの表情の変化も、彼にとっては見物して楽しむようなもの。
彼の言葉は、遠慮なく彼女を嗾ける。

「それとも、羨ましくて仕方がなかったのかな?恋仲同士の睦まじい姿が。」
「は?」
少し彼が腰を折って、あかねの頬に自分の頬を寄せて来た。
何度抱きしめられても、身体が密着するといつもドキドキしてしまって、心音が伝わってしまうんじゃないか心配になる。
そんなあかねの肩を抱いたまま、友雅はシリンに微笑みかけた。
何やら、皮肉めいた一言と共に。
「艶やかな薔薇のような君なら、いくらでも相手に困らないだろうに。可哀想だね、肝心な相手には振り向いてもらえないなんて。」

「う、うるさいねっ!あんたみたいに、誰にも本気になれないような遊び人に、私のアクラム様への気持ちがわかってたまるかいッ!!」
「昔だったら、そうかもしれないけれどね。人は、出会いによって、案外簡単に変わるものなんだよ。」
その言葉を、友雅は自分に言い聞かせる。
彼女が言うように、何かに本気になることなどないと、自分には無縁なことだと思っていた。
けれど…そう、ひとつの出会いで人は変わる。押し寄せて来た波に、あっけなく流されてしまうこともある。
だが、それを後悔はしていない。
それ以上に、これから続いて行く日々を楽しむという気持ちを、出会ったその人は与えてくれたから。
「と…友雅さん?えっ、ちょっ……どうしたんですかっ?」
まだ幼さの残る"その人"は、困惑した瞳でこちらを見ている。

「彼に無視されているということは、可哀想にこういうことも…随分とご無沙汰なんだろうね?」
「………んはっ!?」
唇を奪われた時の声にしては、少々色気がなさすぎるけれど、いきなりそんなことをされたら驚きの方が優先される。
しかも、目を閉じることさえ忘れていたから、向かいにいるシリンがどんな顔をしているかも、視野の中に入ってくる。
立ち尽くしている彼女は……目を点にしてこちらを凝視している、
「……ア、アンタたち…まさか…」
「ああ、悪かったね。寂しい君には、ちょっと刺激が強すぎたかな?」
突然にしてはあまりに熱を帯びた口付けに、あかねは友雅の腕にもたれながら、ふとぼうっとしてしまった。

「ちょっと待ちなよ!あんた…八葉だろう!そんなことを神子にして良いと思ってんのかいっ!?」
「へえ?結構保守的方針なんだね、鬼というのは。だったら、君たちの方が龍神の神子や八葉よりも、ずっと真面目なのかもしれないね。」
…我に返ったシリンは、この状況をもう一度考えてみる。
友雅の言う通り、何で自分が八葉の戯言を咎めてるんだろう?
どうにもそれは、おかしい。
しかし、彼はあかね…神子を抱きとめながら、にっこりと邪気もなく微笑む。

「君が想像通りのことだよ。」
友雅はそう言うと、あかねの首にかかっていた布を払い取った。
首筋がすうっと風に触れて、ひんやりする……と思ったとたん、彼の指先が襟元へとゆっくり滑り込む。
「とっ、とっ…とっ…友雅さっ…!!!」
動揺する彼女の様子も気にせず、友雅の指先は重ねた襟をそっと開かせた。
「ほらね?これがれっきとした証拠。つまり、私と神子殿は…こういう関係というわけ。分かるだろう?」
シリンの目は点になりながら、見せつけられた証拠を凝視していた。
そう、それは二人の…逢瀬の証。肌のぬくもりを交わした、明らかな痕跡(本当はただの悪戯だが)。

「ついでに言うと、私たちはいずれ結婚する約束をしている仲だから。」
「な、何だってぇぇぇぇ!?」
自分の耳が、おかしくなったのかと思った。
悔しいけれど友雅の言う事は事実で、アクラムに相手にされない日々が、もう長い間続いている。
もしかして、そのストレスが幻聴まで起こしたのか、と思ったりしたが…目の前にいる友雅は満面の笑みで、彼の腕に抱かれるあかねは、少し恥じらうように彼の手を握っている。
「は、八葉が神子と結婚するだって!?そ、そ、そんなの、許されるわけがないじゃないかっ!」
「おや?どうやら君は、随分と動揺しているみたいだけれど。もしかして…ふふ、私たちが羨ましいのかい?」
「ば、馬鹿にするんじゃないよっ!!誰がおまえたちみたいなのを…っ」
………と言いながら、ホントはちょっとだけ羨ましいというか、悔しいというか。
どう見ても自分よりは見た目も力も劣る小娘が、こんな男を手玉に取るなんて図々しい…と胸の奥では歯ぎしりが止まらない。

「そんなに羨ましいのなら、京を穢すとか私たちを狙うとかよりも、お館様の心を奪うことに集中してみたらどうだい?」
「何…?」
友雅が言って来た言葉に、シリンは眉をひそめたが、どんなにこちらが睨んでも、彼は表情を惑わす事はない。
それは強さから来るものなのか、それとも単なる鈍感なのか。
見ぬけないのが、またじれったい。

彼は、またも口を開く。
「それとも、自信が無いのかい?男一人の心を奪うことに。だったら仕方ないけれど、そこで君は神子殿には負けているよ。どう向き合っても敵うはずがないから、尻尾を巻いて逃げ去ることだね。」
上から見下ろすような目をして、シリンを見るとニヤリと笑う。
「神子殿は、いとも簡単に一人の男を惑わせてしまったよ?」
プツン、と音がしたような……気がする。それは、多分、堪忍袋というものの緒が切れた音だ。

「う、うるさいねっ!私に掛かれば男の一人や二人っ!。そ、そんなの造作もないことだよっ!」
思わずカッと血が上って、シリンは友雅に向かって強気な言葉を吐いた。
それを聞いた瞬間、彼はシリンに向かって極上とも言える微笑みを浮かべて、返事を返した。
「じゃあ、それを証明してごらん。その、君が愛する唯一のお館様を、君の虜にしてしまいなさい。」
虜…?あの方を私の虜に?
友雅の言葉が、目の前で光明を放っている。
「出来ないのかい?情けないねえ…強がりは口先だけか。神子殿は、それさえも簡単にこなしてしまったのに。」
「…勝手に私を負け犬にするんじゃないよッ!!」
売り言葉に買い言葉で、彼女は友雅に負けじと言い返してくる。
それもまた、友雅には計算ずくであるとも知らず。

「それじゃ、出来るのかい?お館様の心を奪って、一生自分から離れられないくらいに虜に出来ると?」
「で、出来るさ!!」
「ふっ…どうだかね?」
 一瞬だけたじろいたシリンを、友雅はふっと笑って遠い目で見る。
「キーッ!いちいちムカつくことばかり言う男だねっ!あんた今、鼻でせせら笑っただろう!!」
そういう彼女こそ、友雅の行動と言葉に敏感に反応しては、物凄い剣幕で怒りをまき散らして。
意外に、悪い女ではない。恋に一途になっているなんて、可愛い証拠じゃないか。

と、友雅は考えたりしていたのだが、シリンは二人をキッと見据えた。
「……覚えておきな!近いうち、その馬鹿にした態度を後悔させてやるよ!!」
「ま、一応期待しておくよ。頑張って、私たちを後悔させるような展開を見せておくれ……っと、危ないな」
彼女がその場から消える瞬間、小石がいくつかひゅうっと二人めがけて飛んで来たが、即座に広げた友雅の手がそれを跳ね返してくれた。
ぶつかっても怪我するようなものではないが、目などに当たったら危険ではある。
だがそれも、シリンのヤケを起こした置き土産みたいなものだろう。
そう思ってみると、おかしくなるから不思議なものだ。

「やれやれ、ようやく行ったね。それにしても、五月蝿い鬼だ…」
呆れたように笑いながら、友雅は何一つ慌てることもなかった。



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Megumi,Ka

suga