Trouble in Paradise!!

 第21話 (2)
降り注ぐ太陽の光が川底を照らし、流れる水と川砂利をきらきらと輝かせている。
川に掛かる橋の陰に腰を下ろし、二人はそんな爽やかな景色を眺めていた。
「それにしても、最近は鬼たちの行動も大人しくて…逆にちょっと不気味な感じがするね」
「そういえば、そうですよね…。以前は、あんなにあちこちで混乱を招いていたのに、最近は全然姿も見せないし…」
彼らが動き出せば、何かしら藤姫や泰明が異変を感じるはず。
しかし、彼らからそんな情報は一切ない。ということは、彼らは行動しておらず、京には何の異変も起こっていないということだ。

「確かに…何もなければないで、ちょっと不安ですよね。何か、もっと大きなことを考えているんじゃないか…なんて」
自分は龍神の神子であり、鬼たち…つまり彼らと対立するための命を持っている。どれだけの策を相手が練って来ようが、それに向かい合わなくてはいけない運命があるのだ。
負けることは許されない。逃げることも、絶対に許されない。
でも、もしも想像以上の攻撃をされたら…どうすれば良いだろう?

「あまり不安は抱えないようにね。私が、隣にいるんだから。」
目の前には、川のせせらぎ。背中には、肩を抱く友雅の手のひら。
そして、そばには彼の笑顔が、あかねを見ている。
「最初はどうなっても良いと思っていたけど。でも、今はね…穏やかな未来が来てくれないと困ってしまうから。」
二人で生きるための未来が、平穏な幸せな日々であるように。
それには、まずはこの京に安息がやって来ることが第一。
そうすれば、きっとすべてが上手く行く。

「向こうが何を企てていても、それが京を乱すことになるなら、どんな手段を使っても阻止してあげるよ。私たちのためにもね。」
友雅はそう言って、あかねがかじっていた桃を取り上げ、その甘い果汁に誘われるように唇を重ねる。
「こんなに今まで苦労して育んで来たのだから…幸せに過ごせる日々を堪能出来なくなっては、欲求不満になってしまうよ」
「よ、欲求…不満って…」
「まあ、今でも結構…なんだけどね。」
笑いながらあかねの戸惑う顔を眺めて、唇の逢瀬を繰り返す。
こんなことで不満を解消出来ている…はずはないけれど、せめてこれくらいは許してもらえなければ、恋している幸せを実感出来るわけがない。


「あの…もうそろそろ、移動した方が良いんじゃないですか?」
閉じ込められた彼の腕の中で、あかねが切り出した。
「どうして?別に、どこかに行かなければならない、っていう場所があるわけじゃないだろう」
「でも、ほら…もしかしたら、また人が来ちゃうかも…」
あかねはそわそわして、周囲から物音がしないかと耳を峙てている。
この間みたいに、誰も来ないだろう…と思っている場所であっても、いつ、誰が突然現れるか分からない。
現に、詩紋があんなところにいたという展開もあるわけだし。

だが、落ち着かない彼女を宥めるように、友雅はあかねの髪を撫でながら言う。
「平気だよ。橋の下なんて、滅多にやってくる者はいないさ。それに、ここの川は鴨川などと違って、周りに人気も殆どないし。」
だから、秘密を抱えた私たちには、最適だろう?と言って彼は笑った。

「もしかして、人が来ないから…またとんでもないことされてしまうんじゃ、とか怖がってる?」
「え?そ、そ、そういうことは全然っ…!」
顔を覗き込む友雅の表情は、どこか悪戯めいたように見える。
「さっきはうちの者に邪魔されたけれど、ここなら誰も来ないから…なんて、この間の続きをするんじゃないか、とか警戒してたり?」
「ち、ち、違いますっ!怖がっても、警戒もしてませんっ!」
「……じゃあ、いいの?」
頬に唇を近付けて、あかねの耳に語りかけるように、吐息みたいな声で囁いて。
彼の腕に包まれたまま、身体がびくびくと震え出す。
囁く声に、神経が反応する。その震えは、そのまま胸の奥へと響いて行く。

「なんてね。いつもの冗談だよ。とは言っても、もちろん半分くらいは願望が入ってるけど。」
身体を少し離した友雅は、ぐっと目を閉じているあかねの頬を軽く突いた。
ゆっくり目を開けてみると、彼は普段通りに笑顔のまま目の前にいる。
でも、まだあかねの鼓動は乱れたまま、落ち着いてくれない。
「ここで主上にお許しをもらえなかったら、それこそ生きる望みがなくなりそうだからね」
笑いながら言う友雅の言葉に、屋敷で侍女が言った言葉が重なった。
「あ、そ、それ…!さっき言ってましたけど、主上のお許しって何なんですか?」
疑問を投げかけるあかねを、くすくす笑い声を交えながら友雅は見下ろしている。
さあて、本当の事を教えてあげようか。

「神子殿に、無理強いして手を出したら、結婚は許さないって言われたんだよ。」
「主上が…!?何でそんなことを言い出されたんですか。」
結婚の許可を主上に貰わなくてはいけない理由なんて、何だろう?
自分が身内というのは、あくまでも虚像であるし。
友雅と主上の関係が強いのは分かるけれど、結婚の許可は関係ないと思うが…。
「何だかね、私たちに関わっているうちに、神子殿の事が本当の身内のように思えて来たそうだよ。だから、無理矢理不埒なことをした時は、絶対に許さないって脅されてしまったものでね」
あかねは、びっくりした顔で友雅の説明を聞いた。
「じゃあ、さっき、友雅さんが部屋を出ていったのって…」
「そう。さすがにお許しをもらえないのは困るだろう?こんなに頑張って、絆を深めて来たのに。」
どうにかこうにか辿り着いた関係が、たったひとつの理性崩壊で白紙に戻ってしまったら…笑い話にもならない。

「だからね、それに関しては努力するよ。でも、せめて唇くらいなら…好きなだけ触れても良いだろう?」
指先であかねの顎を、そっと持ち上げて唇を近付ける。
そして、彼女が何かを言う前に、その口を塞ぐ。
ちょっとだけ驚いて、でも…次第に瞼を閉じて。
あかねの両手は、友雅の背中に回る。
日差しが、川のせせらぎに溶けて行く。遠くで、涼しい水音が聞こえる。
抱きしめ合うお互いの手は、相手を求めている確かな証。


「キィーーーーーーーッ!!!」
まさに"金切り声"と言うのは、こういう声を言うのだろう。その声は、橋の上から突然聞こえて来た。
そして、それとほぼ同時に川面にバシャバシャと、勢いのついた水飛沫が上がった。どうやら、川の中に石が投げつけられたようだ。
「少し濡れてしまったね」
広いとは言えない川で、河原も意外に狭い。橋の下にいると、水辺に手が届くほど近いので、急な飛沫はあかねの足元を少し濡らした。
「やっぱり誰か来たんじゃ…ないですか?」
「……少し、様子を見ようか。今ここから出ても、怪しまれるのは目に見えているからね。」
友雅はそう言うと、あかねの手を引いて彼女の位置を逆にずらした。
自分が手前に立ち塞がれば、さっきと同じように水飛沫が来ても、もう濡れる事はないだろう。

案の定、橋の上からの石は更に投げられて来た。
ばしゃん、ばしゃん、と容赦なくそれは続く。まるで小さい子供が水切り遊びをしているようだ。
一体、誰がこんなことを…と、相手の身動きを探っていた二人に、予想もしない声が橋の上から聞こえて来た。

「絶対にお館様の為にも、神子と八葉を捕らえて打ちのめしてやるわ!!」

「………え」
思わず、二人は顔を見合わせた。
神子…とは、つまり私(あかね)。八葉…とはつまり、私(友雅とその他7人)。お互いに自分を指差して、今の言葉を確認する。
自分たちを捕らえる。それはお館様の為、ということは、お館さま=アクラムという当然の方程式が出来る。
となれば、この橋の上にいる女性の正体は………。
声は出さなかったが、あかねたちには同じ名前が浮かんでいた。

「だいたい、あいつらが余計なことをするから!それさえなければ、今ごろお館様の力が京を支配していたに違いないのにさ!」
ブツブツ言いながら、シリンは橋の上を踏み歩く。
計画が上手く進まないことで、アクラムの機嫌は当然良くない。シリンの話もろくに聞かず、声を掛けることさえ最近は滅多にない。
「まったくもうっ!!冗談じゃないよ!私のすべてはお館様の為にあるというのに、時間さえ割いて頂けないなんて…さっ!」
白拍子などしていれば、男の目も加護も引く手数多だ。
だが、そんなものは無意味に等しい。自分には、彼がすべてなのだから。

「ああもう…お館様…。シリンは貴方がお喜び頂けることだけが、何よりも幸せなのに……それなのにっ!!キーーーーーーッ!!」
思い出しただけでも、腹が立つ。
どうにかして、あの邪魔者たちを捕らえてやらなくては。
ヒステリックにシリンは橋を降り、河原に落ちていた石を取り上げて、思い切り川面へと繰り返し投げつけた。




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Megumi,Ka

suga