Trouble in Paradise!!

 第21話 (1)
「今日は…どうしますか?他に誰か、一緒に行ってもらいます?」
まず、あかねは友雅にそんなことを尋ねる。
二人きりで出掛けるか、それとももう一人、八葉を連れて三人で出掛けるか。
三人で、というのが普通であるけれど、本音は二人きりが良い。それは、あかねだけではなく、友雅も同じだ。

「そうだね…それよりも、まずは詩紋と話してからかな。」
「詩紋くんですか?もしかして、昨日のことで…?」
彼が自分たちの防護壁になってくれるのか、それともあくまで、八葉としての立場を重視するか。
昨日の説得が無駄になるかどうか、本人に確かめなくては。
味方になってもらえれば良いが、駄目ならば別の方法を考えなくてはならないだろうから。

「あの…詩紋くんのことは…大丈夫ですよ…」
友雅の腕をそっと掴んで、あかねが静かな声で言った。
「もしかして、あれから何か話したのかい?」
「帰りの車の中で、いろいろと…。でも、話をして、詩紋くんは協力してくれるって、そう言ってました。」
「本当に?」
うん、とあかねは首を縦に振った。

心の底では、詩紋ならば…という期待が少しはあったけれど、それでもやはり心配はあった。
同じ八葉という立場上、一番噂が広まりやすい場所にいる彼だ。
しかも、友雅とは違って、彼はあかねや藤姫や天真、そして頼久など…多くの関係者と隣り合わせで暮らしている。
一人に伝わったら、あっという間だ。
だからと言って、昨日みたいな状況では誤摩化す事など出来ないし。
仕方なく、殆どのことを情報公開してしまったからこそ、詩紋の動向が気がかりだった。

「良かった。粘って説得した甲斐があったね。」
そう言って友雅は、あかねを自分の方へと抱き寄せた。
「これで、味方がもう一人増えた。これからは詩紋に協力してもらって、今までより二人で出掛けられるかもしれないね。」
腕に抱く彼女は、その言葉に少し照れつつも笑ってみせる。
少しずつだが、状況は変わって来ている。今のところは、希望通りの方向に。
だが、まだまだ気は許せない。
ゴール地点は見えているけれど、今は手には届かない。
あと少し。
この恋が本当に成就するまで、あと少しの辛抱だ。

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晴れて堂々と出掛ける事が出来た二人は、友雅の車へと乗り込んで、そのまま彼の屋敷へと戻って行った。
出掛けると言っておきながら、まずは彼女を屋敷に連れて行ったのには、もちろん理由がある。

「うわー、綺麗に仕立ててもらったんですね。」
それを見たあかねは、まず開口一番にそう声を上げた。
先日、市で購入した織物を仕立ててもらうため、縫殿に頼んでいた小袖が出来上がって来たのだ。
織物の時も美しかったが、それがこうして着物として出来上がるのは、なかなか経験が無いので少し感激してしまった。
「物が良いから、小袖でも品があるね。これだったら、ちょっと良い家の姫君に見えるよ。」
「そうですか?。でも、袿とかよりはずっと動きやすくて、私にはこっちの方が合ってるかも。」
何枚もの袿を、色合わせしながらまとうと、その重量と存在感に圧迫されて身動きが取り難い。そういうものは、雑用を受け持ってくれる人が、常に付き添うそれ相応の人が着るものだ。
自分の事は自分で、という感覚が普通のあかねたちには、民衆たちの動きやすい格好の方がずっと気軽だ。

「せっかく出来たのだから、着てごらん。そういう格好で出掛けるのも、たまには良いんじゃないかな。」
「そうですよね!そのために作ってもらったんですもんね。」
藤姫や鷹通たちには、こんな格好は呆れられてしまうかもしれないけれど、町や村の日常を見て歩くためには、こんな庶民的な装いの方が都合が良いはず。
それに、友雅と歩いていても、神子だとは思わないだろうし…ましてや、例の姫君に見えるってこともないだろう。
単に、彼が別の女性と歩いているだけ。
それくらいのこと、彼なら珍しい事じゃない…って、そこまで考えたら複雑な気分になってきた。

「着替える?」
友雅の声がして、それと同時に小袖を彼が手に取る。
そして、薄紅色に白茶の模様が入ったそれを、軽く広げて彼女の背に当てる。
「あのー…そうしたいのはやまやまなんですけど…」
どうして、彼がそこにいるのか?
「着方が分からないかもしれないから、手を貸してあげようかと思ってね。」
そんな言葉を信じる者は、世界中探しても見つかるかどうか。
気付かないうちに、後ろから回された指先が彼女の襟元に伸びていて、首の緒が今にも解けかかっているし。

「神子様、用心なさいませ。殿が神子様にお貸しになる手は、着付とは逆の事を考えてらっしゃるはずですから。」
「え、え?」
背後から抱きしめられたことに気を取られて、侍女が言う言葉の意味が理解できなかったあかねだったが、首の緒が解けると水干の表がはらりとめくれ落ち、やっと彼女の言葉の意味が理解出来た。
「何をしてるんですかーっ!ドサクサに紛れてっ!」
中に肌着を纏っていて良かった…と、妙なところでホッとしながら、顔を赤くして後ろを振り向く。
「残念。見透かされてしまったか。賢い侍女の存在は、時に都合が悪いな。」
「そーいう問題じゃないですよー!」
あかねは腕の中で暴れているのに、それでも友雅は手を緩めようとはしない。
じたばたしても、その力で身動きをシャットアウトさせられる。

「やれやれ。せっかくもっともな理由をつけて、念願の一歩先へと進めるかと思ったのにね。」
「そんなことをおっしゃると、主上にお許しを頂けませんよ?」
にっこりと微笑みながら侍女が言うと、とたんにそれまであかねを抱きしめていた力が、ふわっと解けて自由になった。
「そうだそうだ、忘れてたよ。仕方がないな…そういうことなら、我慢して聖人君子を目指すとするか。」
笑いながら立ち上がった友雅は、素直に部屋を出て行く。

侍女のたった一言で、簡単に引き下がった友雅に驚きながら、代わりに着替えの手伝いをしてくれる彼女にあかねは尋ねた。
「…主上にお許しって、どういうことですか?」
「いいえ、たいした事はございませんよ。ともかく、まだ殿の前では油断は禁物ですよ、神子様?」
あかねにそう言って微笑むと、侍女はその肩を軽く叩いた。

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街中は今日も、人々の賑やかな声が行き来していた。
鮮やかな初夏の緑の陰で、豊かな実りの作物の他、衣や器などの日用品も並ぶ。
それを売る者、買う者は増える一方。
老若男女、多くの息吹がそこには漂っている。
一見、平和な光景。何の問題もなく、誰もが笑い合いながら生きている、幸せな日々の姿。
しかし、それを疎ましく思う者も存在していた。

姿を変えて、彼女は人混みに紛れながら歩いている。
それに気付く者は、誰一人としていない。
ただ見ているだけならば、彼女はどこにでもいるような、美しい女性に過ぎない。
だが、彼女の本当の姿は……。

『全く…あいつらのせいで、アクラム様の計画は全然進まないじゃないか!』
傘で顔を隠しながら、ブツブツと市井の臣を見ながら歩く。
時折物売りが掛ける声も、鬱陶しくて仕方がない。何もかも上手く行かず、このままでは自分たちの計画は水の泡だ。

どこかで、この現状を打破する糸口を見つけなければ。
自分たちの為に…というよりも、何よりも彼の理想を形にするために、何かほころびを見つけなくてはならない。
『あの、忌々しい龍神の神子さえいなければ…!』
宛てもなく、町の中を彷徨い歩くシリンの目には、まだその突破口は見つける事が出来なかった。



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Megumi,Ka

suga