Trouble in Paradise!!

 第20話 (3)
ここは、嵯峨野の浅見家の屋敷。
すっかり夜も更けて、一通り家人も落ち着き始めていた頃だった。
「ちょっと小優、今夜は朝比名様がいらっしゃいますから、お酒と軽いものをご用意してから、床に着いてちょうだいね。」
三の姫の世話役である侍女の琴葉に、片付けを終えて厨房から出て来た小優は呼び止められた。

一週間ほど前から、三の姫のところへ通う公達がいる。
相手は、大学寮の博士と聞いている。父は昨年まで大納言をしていた朝比名で、彼の三男という話だ。
血筋も良く、頭も切れて物腰も良い。三の姫が齢十八であるから、二十歳の彼とは丁度良い年頃同士。彼が来るとき、週は必要以上に甲斐甲斐しくなる。
小優も一度見かけたことがあるが、若い割にはしっかりとした青年だった。
育ちの良さがにじみ出ている、というのが目で見て分かった。
「朝比名様は雉がお好きでいらっしゃるから、干したものをお付けするのを忘れずに頼みますよ」
「はあ、承知致しました……」
出て来たばかりの厨房へ、もう一度小優は入っていく。

「どうしたのですか、小優。あなた、今日は様子がおかしいですよ?」
思わず琴葉が声を掛けた。
昼間買い物に行かせたあと、妙に心ここにあらず的な感じで、ふらりと視線が定まらないような…それでいて、何か考え事をしているような。
「市で何かあったのですか?それとも、無粋ですけれど…今日、荷物を一緒に届けて下さった方と、何かあったのかしら?」
珍しく小優が、若い男を連れて屋敷に戻って来た。彼女の荷物運びを手伝っただけだ、と言っていたけれど、こういうことは初めてであるし。
そろそろ彼女にも春が来たか、と思ったのだが。

「あのー……琴葉様…ちょっとお話よろしいですか?」
こちらを振り向いた小優が、眉をひそめながら琴葉を見る。
「何です?」
「実はその………今日、町で……」
恋の話でも聞いてもらいたいのだろうか、と琴葉は微笑ましく耳を傾けた。
だが、小優が口にした話の内容は、すぐに屋敷内に騒動を起こすこととなった。


-------一刻後。
月の美しい夜だ。
三の姫の部屋で彼女の肩を抱きながら、晃李は酒で口を濡らしていた。
「嵯峨野の月は、いつ見ても美しいものですね。ですが、貴女の部屋で眺める月は、更に美しく見える気がします。」
聡明な姫君と噂の高かった、嵯峨・浅見家の三の姫の元に通う回数も、随分と増えて来た。
彼が訪れる夜は、皆丁重な招きを用意してくれて、家人からも歓迎されていることが伝わってくる。
こうして、女性の元に通うのは初めてではないけれど、会話する内容も釣り合うし、見目もなかなか麗しい姫君だ。
自分もそろそろ、伴侶となる相手を決めても良い頃だろう。
生涯想い続けられる、そんな女性と人生を歩く幸せ……なんてものを考えたりし始めている。
どうやら、とある噂の張本人を見ているうちに、自分も感化されてしまったようだ、と晃李は思った。

「どうしました、瑠璃姫。今日はお話が進みませんが?」
いつもはお互いに話が弾み、楽しい夜を過ごすのだが、今夜の彼女は言葉少なだ。
しかも、何か考え事をしているような表情にも見える。
「気にかかることでもあるのでしょうか。私にお答え出来ることであれば、教えて差し上げたいのですが。」
何気無しにそう尋ねると、瑠璃姫はぱっと晃李の顔を見上げた。

「橘少将様のお話を……朝比名殿は何か、お聞きになっておりません?」
急に何故、ここで友雅の名前が出て来るのか。
晃李は突然のことに、状況が読めなかった。
「少将殿については、別にこれと言ったことは…。相変わらず、姫君と仲睦まじくされているのではないかと。」
そう言い終えて、ふと晃李は昼間の内裏で耳にした話を思い出した。
「そう言えば…同僚がどこぞで耳にした噂ではありますが、少将殿の婚儀が近々だという話を……」
「少将様のご結婚が!?」
「ええ。どうやら今日、主上の御前に上がられたのは、そのお話をされる為だったと、少将殿が左近衛府に立ち寄られておっしゃっていたと。」
話を聞いていた瑠璃姫は、怪訝そうな顔をする。

「朝比名様、もう一つお聞きしたいのですが…少将様が、他の女性にも寵愛を捧げていらっしゃるという話、お耳に入っては来ておりません?」
「他の女性……?」
その話に関しては、過去に遡らなくてはならない。
そして、過去に戻れば……今度は思い当たる噂が多すぎて、どれを話せば良いか分からない。
だが、少なくともここ最近で、新しい話は聞こえなかった。むしろ、友雅の話で耳に入るのは、彼と姫君の話ばかりだ。

あれこれ考えていると、瑠璃姫は予想もしないことを晃李に打ち明けた。
「実は、当家の使用人が…少将様が町で、若い娘と…その…密会されてらしたのを見たと申しまして」
「若い娘?それは、どのような娘か聞かれましたか?」
「髪が短く水干姿で、年は…十五・六くらいかと申しておりましたが。」
年齢に関しては、彼の姫君と同じ位だろう。
しかし、いくら質素な生活をしていたとは言っても、水干では出歩かないはず。
絹糸のようにしなやかで、長い髪もしていたし。
「更に話を聞きましたところ、実はその娘と会っているのを見掛けたのは、今回が初めてではございませんの」
「え?では…以前にも二人が会っているのを見たと?」
これほどに京中の噂になっているのに、別の女性と外を出歩いているというのか?
昔の彼なら別だが、現在の友雅を思うと…とても考えつかないが、証言者がいるということは目撃者がいるという事実。

「その話を最初に聞いたときは、その相手こそ少将様のお相手かと思ったのですが…朝比名様は、お相手にお会いしてらっしゃるのでしょう?」
「ええ、まあ…先日の宴の席で。」
「どうでしょう?短い髪で水干なんて…姫様のお姿ではございませんでしょう?」
もちろん、そんな姿は有り得ない。
あの夜の彼女は、見た目にも仕立ての良さが分かるほどの、美しい袿を身に纏って友雅に寄り添っていた。
そんな彼女の肩を彼は抱き、離れがたさを強く感じていたのに。
「そうなると、やはり他にもお相手がいらっしゃるということでしょう…?」
本当にそうなのか?
堂々と彼女への想いを口にするほど、恋い焦がれる姿を見せつけたのに。
その彼女の他に、相手がいるなんて。
しかも、その姫君と同じくらいなんて。何を考えているんだろう…彼は。

「もしも、何かお噂が入られたら、是非お聞かせ下さいませ。」
「ああ、もちろん…その時は。」

せっかくの嵯峨の夕べだというのに、その夜は晃季もすっきりした気分では過ごせず、朝靄の景色通りの不透明な目覚めのまま、瑠璃姫の元を後にした。

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平常心を装っていたけれど、実は結構気が気ではなかった。
詩紋は、決して話の分からない相手ではないが、真面目だからこそ融通が利かない場合もある。
きちんと説得すれば可能性はあるけれど、果たして夕べの説明で、どこまで本気であることを伝えられたか…。

「朝早く、失礼するよ。もう、神子殿はお目覚めかな?」
いつものように、友雅は土御門家を訪れた。詩紋がどんな答えを出すか、気になってじっとしていられなくて。
「今日もお早いお迎え、感謝致しますわ。」
友雅を入口で出迎えた藤姫は、何故かあかねの部屋へ着いては来なかった。
普段の朝は、まず先に彼女のお許しがもらえなければ、あかねの部屋に立ち入ることも出来ないというのに、今日は『どうぞお部屋に』と、やけに遠慮深い。
…まあ、二人だけで会えるに越した事はないのだけれど、少し妙な気分ではある。

そう思いながらも、友雅はあかねの部屋に足を踏み入れた。
部屋の中には、一昨日彼女に捧げた芍薬の花が、未だに咲き誇っていた。
「贈った立場だけれど、こうして飾られているのは壮観だね。」
彼の声がすると、あかねはすぐにこちらを振り向いた。
「あ、おはようございます、友雅さん」
「おはよう。花の中に埋もれている君を見られるなんて、やっぱり朝早く出向いて正解だったよ。」
彼女の前に跪き、その唇にキスをする。
誰もいないというのは、こういうことに遠慮しなくて済むから気楽で良い。



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Megumi,Ka

suga