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Trouble in Paradise!!
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| 第20話 (2) |
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「ごめんね、あかねちゃん。僕…勝手に友雅さんに会いに行って、ちょっと失礼なこと言っちゃった…」
ふわふわした金色の髪を掻きながら、詩紋は少し気まずそうな顔をして、あかねから視線を逸らした。
「僕、てっきりその…結婚する人がいるのに、あかねちゃんと二股掛けてるんじゃないかって、そう思っちゃって…」
「ううん、仕方ないよね。だって、まさか私がそのお姫様と同一人物だなんて、思ってもみなかったでしょ?」
苦笑いしながら、あかねはそう答える。
懸命に隠していたのだから、当然。
二人の関係だって、誰にも知られないようにと、お互いに気を付けて想いを紡ぎ合ってきた。
それは思いがけなく、架空の人物になりすます…という展開にまで発展してしまったけれど。
「"丹波の山里に住む、主上の遠縁の姫君"なんですって、私。もの凄く遠いけれど、主上の身内なのよ?信じられないよね?」
笑いながらあかねは言うが、嘘・偽りの、何の縁もない自分の肩書きは、何度考えてもしっくりこない。
現代だったら…遠縁とは言ったって、とんでもない身の上になる。
冗談でも言えるようなものではない。
「でも、ホントに遠ーい続柄だから、きらびやかな生活とは無縁で、町や村の人たちみたいに、気ままに暮らしている…ってことになってるんだって。そう言ってくれたから、少しは気が楽かな。だってね、本当にお姫様だなんて言われたら、それこそおしとやかで上品にしてないといけないでしょ。」
日常の身のこなしから、常に気品が漂うように。幾重もの袿の重さも気にせず、当然のように雅やかな立ち振る舞いで。
……そんなこと、どうやっても無理だ。
「こないだの宴にお招きしてもらった時もね、本当に緊張しちゃって。周りはみんな貴族の人達でしょ?変なことしちゃったらどうしようって、もうずっとハラハラしてて大変だったの。」
ずっと友雅が付き添ってくれて、大丈夫だからと盾になってくれていたけれど、それでも不安はいっぱいだった。
自分が神子であることが、知られないようにするための緊張と、二人の関係が広まらないようにするための緊張。
その他もろもろ…不安材料がいっぱいの夜だった。
「主上とお会いするときも緊張したけど、友雅さんが話を通してくれてたから、その点はちょっとホッと出来たの。人の目につかないようにって、個室を用意してくれていてね。それも、管弦とかの舞台に近いところの部屋で、友雅さんたちの演奏が間近で聞こえてね……」
さっきまで、少し後ろめたそうだったあかねが、今は生き生きと話をしている。
ハプニング続出の宴だったらしいのに、それを話す彼女はとても楽しそうで、表情も明るい。
「あかねちゃん……ホントに、友雅さんのこと好きなんだね…」
「えっ…?」
自分の顔を眺めながら、にっこりと微笑んでいる詩紋の目に、あかねはどきっとして言葉を止めた。
「だって、友雅さんと一緒にいたときの事を話してるあかねちゃん、すごく楽しそうだもん」
「そ、そう見えた…?」
「うん。さっき友雅さんのお屋敷で、いろいろな事を聞いたけど…宴の時って大騒動が起きて大変だったんでしょ?でも、それなのに楽しそうに話すんだもの。」
詩紋に言われて、そんな顔をしていたんだろうか…と顔をぺちっと叩いてみた。
友雅の相手を一目見ようと、あちらこちらの貴族達が押し寄せて来たり。
若い侍女たちが覗き込もうとしたり。
何故だか扉が開かなくなって、やむを得ず彼と一夜を過ごすことになってしまったり…と、終始落ち着くことのなかった嵯峨野の夜。
「友雅さんがいてくれたから…でしょ?ずっと、一緒にいてくれたんでしょ?」
「うん。頼久さんは外で待っていてくれてたし、永泉さんは中にいてくれたけど、主上とお話していることが多かったから、あまり私のところには来なかったし。友雅さんは…主上から私に着いているようにって、最初から言われてたから。」
「でも、一緒にいられたから、そんな風に話すくらい楽しいって思ったんでしょ?」
その詩紋の言葉が、先程自分が言った言葉と重なっていくのを、あかねは感じた。
……そう、一緒にいたかった。最初は、ただそれだけだった。
なのに、逢うたび求める時間が長くなる。
一時間だけでも一緒に、と思ったのがどんどん欲が増えて。
遂には、一日だけじゃ寂しくなって、もっと一緒にいたくなって。
最後には…離れられなくなる。
「僕、その…良いと思うよ。」
あかねが顔を上げると、詩紋は少し照れたように頬を掻く。
「…あかねちゃんがね、傷つくのは嫌だと思って、友雅さんに食って掛かっちゃったんだけど…。でも、そんなにあかねちゃんが幸せなら、僕は…良いと思うよ。」
「詩紋くん…」
ゆっくりと進む牛車の中で、二人の会話は続いている。
ぺろっと舌を出した無邪気な笑顔で、詩紋はあかねを真っ直ぐ見た。
「僕は、まだそういう…真剣っていうか、そういう恋愛経験ってないから、正直よく分かんないんだけど。だけど、友雅さんと一緒にいるあかねちゃんは、楽しそうだし幸せそうだし。それにね、友雅さんだって…あかねちゃんの隣にいる時、雰囲気がすごく柔らかく感じるんだよ。」
しらっとしているようで、絶対に隙を見せない。
彼の心の鍵は頑丈で、ちょっとしたことじゃびくともしない。
だから、本気か嘘かも見抜くことは出来ないし、真実さえも感じ取れない。
でも、あかねの後ろに立つ時の彼は……ほんの少しだけ鍵が緩む。
そのすき間から、見たこともない滑らかな空気が溢れて始めて、それらが彼女を包むように漂う…ような、そんな気がしている。
「それって…友雅さんがあかねちゃんを、本当に好きだって言うことだよね…」
「な、何それ、急に…」
頬を赤く染めて、照れるように笑う彼女から、幸せが満ちあふれている。
それはきっと、彼の空気に包まれているせいだろう。
「たいしたことは出来ないかもしれないけど、僕…出来るだけ協力するよ。もし、何か手伝えることがあったら言って。」
髪の毛の色のように、輝くような笑顔で詩紋が言う。
「だって僕は、あかねちゃんに幸せになって欲しいんだもん。それが友雅さんと一緒になることなら、応援するよ?」
決してがっしりした手ではないけれど、あかねの肩に置かれた詩紋の手は、とても頼れる力強い手に思えた。
「……ありがと…詩紋くん。いろいろ迷惑かけて、ごめんね…」
友雅が言っていた言葉が、蘇る。
もしかしたら、詩紋に打ち明ける時期が来ていたのだろう…と。
彼が、自分たちを支えてくれる者であることを、ふとした偶然の出来事で運命は知らせてくれたのかもしれない。
「で、その…あかねちゃん。そういうわけで、聞きたいんだけど…」
一通り落ち着いてから、詩紋が顔を覗き込んできた。何だか妙にもじもじした感じで、口を開きづらいような。
「え?何?何か…気になることでもあった?」
「うん…。っていうかそのー……」
ぽわんと染まる、彼の頬。
そして、そっとあかねに近付いて、小さな声で耳うちをする。
「ホントにあかねちゃんと友雅さんて、その……そーいう関係じゃないの?」
「は、はあっ!?ななな…何を言うの!?あああ、あるわけないじゃない!!」
思わず声が震えるやら、踊るやら。
せっかく小声で話していたのに、あかねの返事は興奮も手伝って普通より大きく、それに気付いた従者が慌てて車を停めた。
「い、如何なされましたか!?」
「すいませんっ!な、何でもありませんー!!」
覗き込んだ従者に覚られないよう、二人は懸命に平静を装ってみせたが…じたばたしながら、顔色を紅潮させている姿を見て、何でもないと思うはずがない。
「少し車を停めて、休まれますか?」
「い、良いです!もう遅いんで…早くお屋敷まで進めて下さい!」
二人が声を揃えて何度も言うので、さすがに従者もそれ以上問い詰めることも出来ず、再びゆっくりと車は進み始めた。
「急にどうして、そんなこと聞くのっ?!」
今度は声を潜めて、あかねが詩紋に耳打ちをする。
「だってその…さっき友雅さんが…"もう君は私だけのもの"って言ってたから…。それに、あの…昨日見たあれも…友雅さんが…なんでしょ…?」
「それは…っ!と、友雅さんの悪戯っ!!さ、さっきも見てたでしょ!?じょ、冗談でやってただけだってば!!」
咄嗟にあかねは、首筋を手のひらで隠した。
悪戯にしてはちょっとやり過ぎ。冗談も行き過ぎると、後々苦労してしまうのに。
…後先も考えずに、そんなことばっかりするんだからっ!
80%くらいは本気で怒って、あと20%くらいはドキドキして頭が真っ白になる。何度も首の辺りをいじっているあかねに、詩紋は落ちていた衣を取り上げて、そっと差し出した。
「でも…さっきの痕は、首だから目につきやすいよ?しばらくは、これを巻いてる方がいいと思うけど。」
「う…ん…。そ、そうだよね。」
淡い縹色の薄衣を広げて、ショールのようにくるりと掛けて結ぶ。
これで首周りは隠れたけれど…初夏が近いこの季節に、こういう格好も不自然なんじゃないだろうか?
とは言っても、このままでは出歩けないし…。
「ちょっと風邪気味とか言って、ごまかせば良いんじゃないかな。」
詩紋が一言アドバイスをくれた。確かに、そうする他に手段はないか。
「僕も、そばにいるときは何とか口裏合わせるよ。」
「…ホントに、何から何までごめんねぇ…詩紋くん〜…」
あかねがぺこりと頭を下げると、詩紋は軽やかな声で笑った。
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