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Trouble in Paradise!!
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| 第20話 (1) |
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抱きかかえるのは、姫君だけにしておきたいのだけれど…と、前置きをしつつも、目の前でぱったりと意識を失って倒れている詩紋を、そのままにしておくわけにはいかない。
あかねと侍女に急かされて、仕方なく友雅は詩紋を抱え上げると、隣の部屋に用意されていた床へと運んだ。
「ちょっと詩紋には、刺激が強すぎたかな」
「当たり前ですよ!だって、そもそも詩紋くんは私たちの事なんて、何も知らないのにあんな…!」
無意識のうちに、首筋を隠すように手が伸びてしまう。
タチの悪い彼の悪戯の痕が、まだ何となく熱いような気がして。
「でも…詩紋くん、急にどうして私と友雅さんが、だなんて思ったんだろ…」
つい数日前まで、感づかれた素振りはなかったのに。
逆に"丹波の姫君"の事を聞かれ、ぎこちなく答えていたあかねの様子を、あろうことか"友雅への片思い"と勘違いされて…深刻に慰められてしまうほどだった。
それが、いったいどうして急に、自分たちが繋がっていると思い付いたのか。
不思議がるあかねの隣で、友雅は淡々と答える。
「他人の目は、どこにあるか分からないってことだよ。詩紋は、昨日の私たちの逢引を、偶然に目撃してしまったらしい。」
「あ、あ、逢引……っ!?」
「ほら、昨日出掛けた寺の裏手で…ね?」
顔を近付けて、友雅が艶っぽく微笑む。
思わずどきっとして、あの時の腕の感触までも鮮明に浮かんで来た。
「まさか、先に降りた詩紋があそこにやってくるなんて、思ってもみなかったよ。そりゃ…あの時の私を見れば、彼が慌てるのも無理はないね。」
友雅自身でさえ、急に壊れた理性の鍵の脆さに、今でも驚いているほどだ。
何も知らない詩紋が、重なり合う自分たちの姿を見れば…混乱するのは当然だろうし、そのうち邪推せざるを得なくなるだろう。
「だけど、ものは考えようだ。その"まさか"というところに出くわしたこと自体、詩紋には打ち明けなくちゃいけない、という時期に来ていたのかもしれないよ。」
「そうなんでしょうか…」
あかねの指先に、するりと友雅の指が絡まってくる。
「味方は多ければ多いほど、心強い。いずれすべてが公になる時が来ても、一人でも協力者が多ければ事は円滑に進むだろう。だから、この機会に詩紋にはきちんと、私たちのことを理解してもらわなければね。」
二人がそんな話をしていることも知らず、詩紋はまだ目覚める気配はない。
彼が夢の中で、どんなことを思い描いているのか分からないけれど、その瞳が開かないうちなら、距離を狭めることも遠慮せずに済む。
「とにかく、あと少しの辛抱だよ。それまでは、お互い現状維持の範囲内で愛し合おう。」
「は、はあ…まあ…」
どこまで深読みして良いのか分からないけれど、何だか…こんなストレートな台詞を彼が言うと、やけに色めいて聞こえるから困る。
重なろうとする唇を、目を閉じて黙って受け止める。
何度繰り返しても、何度抱き合っても、何度見つめ合っても…未だにその都度早まる鼓動。
………それは、恋をしているという、幸せの証。
+++++
「というわけで、あとは…詩紋、よろしく頼むよ?」
用意された夕餉をつつきながら、詩紋はこれでもかというほど事細かく、二人から説得ならぬ説明を受けた。
途中になっていたこれまでの話も、問題を引き起こした昨日のことも、友雅からきちんと説明された(…あかねと二人、赤面しっぱなしだったが)。
「取り敢えず、他の面々にはもうしばらく内密にして貰えると有り難い。これ以上、混乱させる人物を増やしたくはないからね。」
確かに、事の真相を知ったら…、まず、天真は暴れるだろうし、藤姫も卒倒するだろうし、イノリはパニック起こすだろうし…。
そんな八葉を従えては、アクラムたちにあざ笑われるのがオチだ。
「龍神の加護を得て、彼女は命を受けてここにいる。それなのに恋に落ちたのは、確かに私たちの責任かもしれないけれど…。でも、だからと言って彼女が積み重ねた努力を、私は蔑ろにしたくはないからね。そのためにも、すべてが終わるまで八葉は不必要に惑わされてはいけないと思っているんだよ。」
とか言いながら、結局こうして詩紋を巻き込んでいるのだから、あまり説得力はないだろうね、と笑いながら友雅は言った。
…友雅さんが、こんなに全体の事を考えているなんて、思ってもみなかった…。
詩紋は少し驚きながら、そう感じていた。
あかねと恋に落ちていたことは、もう散々説明されて理解出来たけれど、それに対して八葉がどうあるべきかという事まで、考えているなんて思わなかった。
それが、彼の言うように"彼女の努力を蔑ろにしたくないから"という理由であったとしても、あかねを想うが故のことなら…その想いはなんて純粋なんだろう。
…本当に、あかねちゃんのことを友雅さんは…。
車に乗り込んだ二人の姿を、外から眺めている友雅を見る。
「最終的に、彼女の為になる結論は詩紋の判断に任せるけれど…。でも、君が私たちを認めてくれることを、私は少なからず願っているよ。」
そう言った友雅の表情が、あの日心に決めた姫君を語った時の彼と、ぴたりと重なった。
すっかり夜も更けてしまった。
現代なら携帯電話で、遅くなると藤姫に連絡のひとつも出来るけれど、ここではそうもいかない。
詩紋と一緒に戻ると言ってあるから、それほど心配はしていないと思うが。
「遅くまで付き合わせちゃって、ごめんね…詩紋くん。」
「ううん…僕がちょっと倒れたりしちゃったから、それが遅くなった原因だし。」
慌てて詩紋は首を振る。
元々は、友雅に真相を聞くためにやって来たのだ。
展開はあまりに予想外の事で、パニックを起こしてしまったけれど、本人からこれまでの事を説明してもらえたのは、希望が叶ったと言って良い。
「でも、あかねちゃん…達って、本当にその…」
二人きりの車の中で、詩紋がそう切り出したとたんに、あかねは首を隠すためのに友雅がくれた衣を、きゅっと握ってうつむいた。
「話したことは…友雅さんが言ったことは、全部本当のことなの。」
「それじゃ、その…け、結婚する…ってこと…も…だよね?」
彼女は詩紋の問いかけに、顔を赤くして衣で顔を隠して黙り込んだ。
天真が言う通り、友雅の素行がそれほど芳しくないことは、藤姫や鷹通などの話を聞いて知っている。
でも、それに関しては友雅自身も、敢えて知らぬ振りもしていない。
あれだけの人物だし、浮いた噂が流れない方がおかしい。昨日、荷物運びを手伝ってあげた彼女でさえも、彼の事を知っていたくらいだ。
だけど、彼の女性問題なんて、今更騒ぐような珍しいことでもないだろう。
それなのに、ここまで大騒動になっているのは…彼の態度がこれまでと違うから、かもしれない。
「そ、その…け、結婚とかっていう…そういう事まで考えてなかったんだけど」
コトコトと揺れる牛車のリズムみたいに、少し早めの心音を響かせながら、あかねが声を弾ませて話す。
「友雅さんが、そう言ってくれたから……」
「だから、OKしたの?」
こくん、とあかねはうなづいた。
「もっと一緒にいたいなあって、そう想ってただけだったの。それだけで…十分だったんだけど…」
彼は、そうじゃなかった。
一緒にいるだけじゃなくて、"一緒に生きて欲しい"と言ってくれた。
これまでみたいに、ひとときを一緒に過ごして、そして別れて…また次の日、の繰り返しではなくて。
別れずに、ずっとそのまま一緒にいよう、と。
「し、詩紋くんが言いたい事は分かってるのよ!?そりゃね!まだ私は16だし!結婚なんて現実味のある話じゃないよね!」
黙ってあかねの話を聞いている詩紋を、顔を上げて彼女は声に力を込めた。
そして、侍従の残り香が薫る衣を、両手で握りしめる。
「詩紋くんの言いたい事は、ちゃんと分かってる…。まだ、何にも分からない子供だもの。そんな子供が釣り合うわけがないって、それは私も自覚出来てる。」
そんなこと、これまでの経験で充分に分かった。
彼の背後に続いている過去の中に、若すぎる自分とは似ても似つかないような、そんな女性の姿があることも。
だが、その幻影に捕われて立ち尽くす自分の手を取って、前に歩き出そうとしているのは、紛れもなく彼で。
「一緒に…って言われたら…断れないよ…」
唇を噛み締めて、こぼれてしまいそうな想いを飲み込む。
溢れても溢れても、止めどなく沸き上がる想いを抑える事は出来ない。
うなづいたのは、少なからず自分も同じ気持ちがあったから。
彼とずっと一緒にいたい…と、どこかでそんな想いを抱いていたから。
それほどに、好きになっていたから。
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