Trouble in Paradise!!

 第19話 (3)
唖然として二人の姿を見ていた詩紋だったが、慌てるように笑い声を上げた。
「あ…あははは……はは…は…。と、友雅さん…じょ、冗談もや、やり過ぎですよっ…!そ、そんな…こと…」
乾いた笑いと、引きつった表情で詩紋は二人を見た。
乱れる鼓動と同じリズムで、呼吸も乱れて声をどもらせる。
いつもの冗談…そう、冗談だってば!冗談に決まってるってば!
ひくひくと顔の神経を歪ませて、さらっと笑って交わそうとしたのに、何故か上手く行かない。

「ふっ…そう簡単には信じてもらえないだろうな…。何せ、龍神の神子と八葉がお互いに、恋に落ちるなんて予想もしない事だろう。」
そうつぶやいて静かに微笑むと、もう一度あかねの背中に手を回し、ゆっくりと自分のそばに抱き寄せた。
彼女は少しうろたえているようだが、嫌がる表情は見せない。
時折彼の顔色を伺っては、それに友雅は笑顔で返す。

「でも、これが現実なんだよ、詩紋。神子と八葉であれ…所詮は男と女だ。それを思えば、恋が生まれても不思議ではない…と、君も思わないかい?」
「と、と、と、友雅さんっ…!?何するんですかあっ!!」
戸惑うあかねの顎をそっと持ち上げ、友雅は顔をぐっと近づけてくる。
彼の唇は、紅色の唇を求めて接近していく。
わずか1センチほどの距離。
息までもが触れる至近距離で、友雅はぴたりと動きを止めた。
「もう一度、ここで誓うよ。君に…これからの私の日々をすべて捧げると、ね…」
彼の囁くような言葉のあとで、互いの唇の間に存在した距離は消えた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってえーーーーーーーーっ!!!」
詩紋の叫ぶような声が、部屋中に響いた。
両手で頭を抱え、視線がぐるぐると定まらなくなって、更に目の前には星やら花やら…何やらわけの分からないものが飛び始めた。
「お、落ち着いてっ!二人とも落ち着いてえっ!!お、落ち着いてちゃんと説明してよぉーっ!!」
「…まずは、君が落ち着いてからだよ、詩紋」
友雅は笑いながら、答えた。
彼の腕の中では、恥ずかしそうにうつむくあかねが、しっかりと抱きかかえられている。

+++++

気付くと、外はすっかり夜の帳が降りていた。
侍女が燈台に明かりを灯しにやって来て、その際に三人分の食事の支度を整えた、と言い残して立ち去った。
結局、このまま友雅の屋敷で夕餉を取る事になってしまいそうな気配。
何せ…未だに話が終わらないし。
もう二時間ほど過ぎているのに、あまりにそれは大掛かりな事ばかりで、さらっと聞いておしまい、とは行かない。

「というわけで、宴の席で主上が気を利かせて下さってね。少し無理矢理ではあるけれど、神子殿は主上の遠縁の姫君…ということになったんだよ。」
ようやく話は、丹波の姫君の誕生秘話までやって来た。
あかねの素性は、あまり公には出来ないし、だからと言って友雅が連れて歩いていれば、否応でも興味は集中するだろう。
ならば、ほとぼりが覚めるまでの場つなぎで…と、あかねが自分の遠縁の娘だと、帝が公言にした事から始まったらしい。
「じゃ…主上は…本当の事を知ってて…?」
「二人だけの秘密、というのも魅力的なのだけれど、なかなかそれでは手が回らないしね。折角の御厚意だから、甘えさせて頂いているんだよ。」
とは言いつつ、これまで噂が広がってしまった以上は、もう弁解も何も出来なくなったこともある。

「ごめん…ね…詩紋くん…」
あかねは友雅に寄り添いながら、気まずそうな顔をして小さな声を出した。
「嘘ついたりとか…騙したりとか…そういうつもりは全然なかったの…。でも、言い出せなくって……」
規則があったわけじゃないけれど、恋をしてはいけない相手だと思っていた。
恋をするために、神子に選ばれたわけではないから。
八葉は、そんな対象として存在しているものではないから…と言い聞かせて。
でも、初めて本気で恋に落ちて、改めて分かることがある。
理屈では分かっていても、頭では理解出来ていても、想いは消す事が出来ないということに。
ましてや、相手が手を差し伸べてくれたとしたら……振り払えない。
その手を求めてしまう………嬉しくて。

「それに関しては、私も同罪だな。こういうことは、どちらかに非が有るものじゃないしね。神子殿が私に想いを寄せてくれたことが罪になるなら、私が彼女を愛していることも罪になるだろう。でも、一緒に咎められるのなら…私は別に辛くはないよ。」
夕闇の中で、燈台の明かりが静かに燃え続ける。それは、まるで恋の炎のようだ。
友雅はあかねの手を、そっと握りしめた。
「でもね…詩紋、誰に何度咎められようが、もう戻れないんだよ。芽生えてしまった想いを消すことは出来ない。咎められて…それは許されないことかもしれないと分かっていても、私は彼女の手を振り払う事は出来ないんだ。それは…私が求めていたものだったから…ね。」
思わず、あかねは友雅の顔を見上げた。
驚いたように自分を見る彼女を、優しい笑顔で彼は包みこむ。

びっくりした……。
今の今まで、自分が考えていたことと全く同じ内容を、彼が口にしたから。
彼も同じように、思ってくれている?自分を……本当に好きでいてくれている?同じように思っているって…自惚れても良い?
だとしたら……本当に嬉しい。
ごく自然に、あかねは彼の手を強く握り返した。

「他にも話せばいろいろあるけれど…大体の概要はこんなところだね。どうかな、詩紋?」
「えっ…?ど、どうって…何が…ですか?」
急にこちらに話を振られたので、詩紋は思わず驚きを隠せなかった。
「君は、私たちの味方になってくれるかい?それとも、やっぱりさっきみたいに…私をもう一度咎めるかい?」
「えっ!詩紋くん…友雅さんに何を言ったのっ!?」
今度はあかねが、何事かと身を乗り出して来た。
詩紋が友雅に話がある、と聞いた時点で、妙だなと思ったのだけれど…。
一体、どんなことを話にやって来たんだろう?

「詩紋にね、散々お説教をされたんだよ」
笑いながら話す友雅に、あかねはびっくりして二人の顔を交互して何度も見た。
「姫君と結婚するつもりならば、君とは付き合うなって怒られたよ。そんな、どっち付かずな気持ちで君に関わるな!ってね。普段の詩紋とは比べ物にならないくらい、それはそれは恐ろしくてねえ…」
「別に僕はっ、そこまで怒ったりしたわけじゃ……!」
と言いかけてみて、確かにそれくらい言い放ったかもしれないな、と詩紋は自分を振り返った。
今は事情が飲み込めたけれど、あの時は本当に…あかねにそんな扱いで近付く友雅が許せなかったから、ついムキになってしまって…。

「詩紋くん、友雅さんだけが悪いんじゃないよ…。私だって黙ってたのは悪かったんだもの…。だから…友雅さんだけ責めないで…。」
すべてオープンにしなくても、こっそり話してみれば良かったんだ。
そうすれば、詩紋だってこんなに、自分のことで慌てふためくことなどなかったのだから。
「ありがとう…いろいろ心配してくれて…。でも、本当に…友雅さんだけの責任じゃないから…もう、何も言わないで…」
少しうつむいて、徐に爪を噛むあかねの小さな肩を、友雅は背後から静かに抱きしめる。まるで、生まれたてのか弱い赤子を、優しく、愛しく守るように。
「そんなに悲観しなくて良い。詩紋の立場から思ってみれば、大切な友人が騙されてるかと思ったら、いてもたってもいられなかったんだろう。それだけ、本気で心配してくれているんだからね。」
「でも……」
あかねの頭を軽く抱えて、自分の胸に寄せて優しく撫でる。
その指先の仕草ひとつひとつから、彼女への愛しさが伝わって来るようだ。

本当に………いや、本当の友雅の姿は、最初に感じていたものと間違っていなかった…?
巡り会えた、たった一人の姫君に愛を誓うと、そう言った彼の姿はあの時と同じ。顔も名も知らぬ、その姫君の事を語る彼の姿と、寸分違わず重なりあう。
彼にとっての、最愛の女性。それは、この世に二人といない人。
神子でもなくて、帝の遠縁の姫君でもない。
その想いを注がれるのは、ただ一人しかいない。
異世界から舞い降りた、目の前にいる彼女だけ……なのか。


「ここまで話しても、まだ詩紋には信用してもらえない…かな」
友雅の声に、はっと我に返って目を見開いた。
彼の意識がこちらに向いたのを確認すると、友雅の指先はあかねの頬に触れて行く。
「どうしようか。もう少し、視覚で訴えなくてはならないかな?」
「うっ…うひぇあ〜っ!!」
素っ頓狂な声がしたかと思うと、あかねが真っ赤になってじたばたと暴れている。
そして友雅はというと……こちらに背を向けているのだが、その姿はまるで吸血鬼が女性の首筋に噛み付いているような、そんな感じだ。
「ひゃああ〜っ!!やっ…やだ〜っ!!や、や、やめてぇ〜っ!!やめてくださーいっ!!」
時折歯を食いしばるような顔をしながら、それでいて友雅にぎゅっとしがみついて。それでも一向に彼は離れようとはしない。
「きゃあ〜っ!!」

「殿!姫様が困っておられますよ!お戯れは限度を超えぬよう!」
詩紋たちの分の水菓子を持って来た侍女が、友雅の悪戯に耐えかねて、思わず一喝した。
ようやく彼はあかねから離れ、彼女の額にキスをする。
息も絶え絶えに呼吸を整えながら、あかねは乱れた襟元を整えた。
「あっ…あっ…あかねっ…ちゃっ…!!!」
今度は詩紋の顔色が、かあっと赤く上昇した。
彼の指差した、彼女の首筋にあるのは……噛み付いた痕ではなくて、別の痕。
「いやあーっ!まだ昨日の痕が消えてないのにーっ!!」
「良いじゃないか。もう、君は私だけのものなのだから。」
パニックに陥って暴れるあかねと、そんな彼女を愛しげに抱きしめる友雅と。
二人の姿を、呆れるように見ている侍女。

そして………部屋の中に鈍い音が響いて。
彼らが目を移したそこにあったのは、床にひれ伏すように倒れている詩紋だった。



***********

Megumi,Ka

suga