Trouble in Paradise!!

 第19話 (2)
しばらくして、友雅は再び詩紋の待つ部屋へと戻って来た。
何やら急な用事を立てたらしいが、詳しい事は何も言わない。
もうすぐ、夕暮れも近くなる。
だが、向かい合った詩紋と友雅の様子は、相変わらず。むしろ、詩紋の方が気を張っているのだが。

「詩紋、よかったら今夜は、ここで夕餉でも取って行かないか?」
急に友雅は、詩紋にそんな誘いの言葉をかけた。
「最近は、君の好きそうな甘いものも、常備するようにしているんだよ。」
その意味は、まるで甘いものが好きな誰かのために、用意していると言っているようなもの。
彼が言う、その誰かは…彼の元に嫁ぐ姫君なのか。
それとも…あかねのことなのか。

夕暮れの色を染めた風が、しっとりと夜の匂いを合わせて流れてくる。
小鳥のさえずりも消え、静かに時間は過ぎていく。
「もう少し、詩紋とは話を続けなくてはいけないようだから…ね。今夜は、ゆっくりしていくと良い。」
「そ、そんな余裕は僕にはないです!友雅さんから、本当のことを聞ければ、それだけで…!」
「だから、さっきも言っただろう。姫君だけに愛を誓うところを、詩紋だけに見せてあげる、ってね」
……まさか。
もしや彼は、その姫君をここに呼ぶつもりなのか?
彼の寵愛を全て注がれた、噂の渦中にある彼女を詩紋に会わせようと…?
だが、何故自分にだけ、そんなことをするんだろうか。
確かに散々、友雅にあれこれと突っかかってしまったけれど、だからと言ってこの場で彼女を紹介するなんて、早急な気がする。
いずれは皆に紹介する、と言っていたし、そのつもりで気構えはあったのだろうが………。

と、そんな疑問を抱きつつも、詩紋の中では期待感というか、ちょっとしたわくわくした気もあった。
初めて見る、その姫君がどんな人なのか。
ずっと気になっていたので、振って沸いた機会に胸が躍る。


「殿……」
戸の陰から、侍女が小さく友雅を呼ぶ声がした。
「神子様が…今、お着きになりました。」
「分かったよ。じゃあ、丁重にこちらまでお連れするようにね。」
二人の会話は、詩紋の耳には聞こえなかった。
そしてすぐに侍女は立ち去ると、何もなかったかのように、再び友雅は静かに沈黙を保った。

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「あのー、詩紋くんが来てるんですよね?」
招き入れてくれた侍女に、あかねは尋ねた。
何度となく彼の屋敷を訪れているうちに、すっかり顔なじみになってしまった。
この京で、真実の二人を知る、数少ない人物の一人だ。
「ええ、何やら殿にお話があるとのことで。今もお話の最中でございます。」
何を話しているんだろう…。友雅と詩紋の接点なんて、あまり思い浮かばないのだけれど。
「何の話をしてるのか、分かりませんか?」
「さあ…。お話に耳を峙てるのは失礼ですので…」
そりゃそうですよねえ、とあかねは彼女の後を歩きながらつぶやいた。

振り向かずに、背後にいる彼女の様子を伺いながら歩く。
……本当に、打ち明けるおつもりなのかしら。お二人のことを知ったら、さぞ詩紋殿は驚かれるでしょうに…。
そろそろご予定を進めようと、先日からお話されてはいたけれど…急すぎるのではないかしら。
一抹の不安を抱きながら、侍女はあかねを連れて部屋の前までやってきた。


足音が近付いてくる。友雅も、そして詩紋もその音に気付いた。
侍女のような、忍ばせるすり足の音ではなくて、しっかりとして…それでいて軽やかな足音。
「誰か…お客さん…ですか…」
詩紋が尋ねると、友雅は目を伏せて静かに微笑んだ。
「いらしたようだね。」
伏せた目を、ゆっくりと開ける。
それと同時に顔を上げ、彼は戸の向こうを振り向いた。

「こ、こんばんわ…友雅さん…。あ、詩紋くん…」
顔を出したあかねを、二人の視線が捕らえた。
「あかねちゃん……!どうしてここに……」
まさか、この場に現れると思っても見なかった彼女の登場に、詩紋は一瞬目を見開いた。
何故、彼女がここに来たのか?もしや…友雅とここで会う約束をしていたとか?
もう夕方だというのに、二人で会うなんて…それこそまさに恋人同士のようじゃないか。
…恋人…同士…。
頭に浮かんだフレーズを、詩紋はどきどきしながら確認しつつ、少し動揺する。

恋人だなんて!友雅さんにはお姫様がいるのに…そんなことは…!
それに、友雅からはっきり告げられたわけではないけれど、彼の口調では…もしかしたらその姫君がやって来るかもしれないのに。
ああ、それなら、もしかしたらあかねが呼ばれたのは、彼女の話し相手になるために…とか?
だけど、それじゃあかねが可哀想じゃないのか。
好きな男性の結婚相手と、仲良くしろと言われても…。顔では平静を装ったところで、現実は残酷だ。
友雅の考えていることは、詩紋には全く理解できないことばかりだった。

が、詩紋が混乱しているにも関わらず、友雅はそれに対して全く無関心だった。
無関心というより、彼は重要な決心を胸に抱いていたからだ。

友雅は、ゆっくりと立ち上がる。
その動きを、詩紋とあかねの目が追った。
彼は、あかねの方へと近付いていき、それを詩紋は視線で追い掛けた。

彼女の手を、友雅が取り上げる。
そして、甘い瞳で彼女を見下ろし、その手のひらに口付けをした。
手慣れた仕草、身体に馴染んだ動き。似合いすぎる、その身のこなし。
だが、彼女を見つめ囁いた彼の台詞は、詩紋には考えつくはずもない言葉だった。


------「待っていたよ。私の…愛する姫君」
そう言って彼は、もう一度あかねの指先にキスをした。


……何だ?この状況は……。
顔を染めるあかねと、そんな彼女をこの上ない程の甘美な視線で見つめる友雅。
この二人は、この関係は…神子と八葉の関係とは思えない。
そう、さっきも思い浮かんだ、あの言葉が再びよみがえる。
まさに、これこそ…。

いやいや、こんなのは…いつもの友雅の冗談に決まっている。
これまでだって、何度もあかねに執拗に絡んでは、パニックに捕らわれる彼女をからかって遊んでいた。
今回も、そんな悪い冗談の延長線上にあることだ。そうに違いない。
でも……だったら、どうしてあかねはじたばたしないんだろう。
友雅の仕草にまどろむように、彼の振る舞いをそのままじっと受け止めて……何も言わずに。
それもまた、彼に惹かれている故なのだろうか……。

詩紋がぼんやりと考えていると、目の前の光景は瞬く間に変化した。
彼はあかねの身体を引き寄せ、両手で抱きしめて頬を寄せる。
それは、親愛の情を超えた眼差し。これまで見たことのない、彼の姿。
彼女を見つめ、そのまま目を離さずに、友雅は詩紋に言った。

「詩紋…彼女が、君が一目見てみたいと思っていた、私の姫君だよ。」



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Megumi,Ka

suga