Trouble in Paradise!!

 第19話 (1)
「他人のそら似じゃないのかい?私なんて、どこにでもいるような男だし。」
…何を言ってるんだか。こんなに目立つ男が、そうそうあちこちにいるわけがないだろうに。
自覚してないのか、それとも冗談で言っているのか。
友雅の本心は全く分からない。
「絶対…人違いなんかじゃ…ないです!僕も…見、見たし…それに、一緒にいた女の人も、それを見て『橘少将様』って、そう言ってました!」
「女性と一緒だったのかい。隅に置けないね、どこで知り合ったのか、そちらのほうを聞きたいものだね?」
「かっ、からかわないで下さいっ!た、ただちょっと荷物運びを手伝ってあげただけですよっ!」
真っ赤になりながら、詩紋は友雅をもう一度睨んだ。

それにしても……一寸先は、何が起こるか分からないものだ。
詩紋と別れた場所から離れていたのに、まさか彼が近くまでやってきていたなんて、考えもしなかったことだ。
しかも、よりにもよって一番自分が暴走していたところを、見られてしまうとは運が悪いというか…。
………果たして誤魔化しきれるか?
物優しげに見えて、詩紋は結構勘が鋭い。
例え今回はやり過ごしても、彼が真実を感づくまでは長くないような気もする。
「あ、あかねちゃんと、遊びで付き合っているんだったら…や、やめてあげてください!!」
強い口調の詩紋は、友雅の前でキッと拳を握りしめている。

「例えば…神子殿が私に、好意を持ってくれているとしても?」
友雅は、そう言って詩紋を見返した。
「そ、そうです!だって…友雅さんは他の人と…お姫様と結婚するんでしょう!?だ他の女の人とお付き合いするなんて、あかねちゃんも傷つくだけです!」
「好意を払い除けるのも、神子殿を傷つけることになるのではないのかな?」
「でもっ…!それでも駄目です!友雅さんは、お姫様だけを、あ、あ、愛するべきですっ!!」
詩紋は、気丈に振る舞いながらも、友雅を直視できずに視線を他へと逸らした。
聞きたかったことは、今はっきり言えた…と思う。あとは、彼から真実を聞き出すのみ。
一体、彼の心はどこにあるのか。それが知りたい。
しかし、もしもあかねのそばにないとしたら…彼女が傷付くのは目に見えている。
そんなあかねを、どうすれば慰めてやれるだろう。
悩みは尽きない。


「私が愛しているのは、姫君だけだよ?」
顔を上げた詩紋の目に映ったのは、穏やかに微笑む友雅の姿だった。
あれほど強く言い放ったのに、全く彼は動じる様子はない。いつも通りの、雅やかな表情だ。
「たった一人だけ…彼女だけだ。そうでもなければ、一人の女性に一生を捧げる決意なんてしないよ。」
木漏れ日を背中に受けながら、彼は庭の景色を眺めながら答えた。
それは決して、嘘や偽りや…冗談を言っているようには見えなかった。
だが、それならなおさら……。

「じゃあ、あかねちゃんとは遊びなんですか!?あ、遊びで…あんな…ことまでするなんて…っ」
「あんなこと?」
友雅が尋ね返した。詩紋は夕べのことを思い出して、かあっと顔を赤らめた。
あかねの鎖骨の近くに刻まれた、小さな赤い痕。そして、寺の裏で見た二人のシーンが重なると……その痕を残した犯人は、容易く想像できる。
唇の…キスの痕。そんな場所に痕を残せるのは、許し合った相手しかいない。
抱きしめ合うことも迷わない、そんな関係が結ばれている相手だけ。
それは……多分、彼だ。

「ぼ、僕は絶対に、そんな風にあかねちゃんと付き合うのは許せません!!」

これは困った。詩紋が、ここまで本気で食って掛かってくるとは、思っても見なかった。
大人しいけれど、元来真面目な性格であるから。それに加えて、友達としてあかねのことを黙って見ていられなくなったのか。
天真だったら…多分ストレートに胸ぐらでも捕まれて、ガンガン怒鳴るはず。
だが、詩紋はきっぱりと地に足を着いた言葉で、着実にこちらを問い詰めてくる。

あかねと姫君と、どっちが好きか……なんて、答えが出せる分けないだろう。
敢えて言うとしたら、二人とも同じくらい好きだ。想いの値が100とするなら、どちらにも100の想いがある。
そしてその二人分の想いを……あかねが一人で受け止める。
真実を知っている者なら、分かってくれるだろうけれど……。

「……分かったよ。じゃあ、私が姫君だけに心を誓うところを、詩紋だけに見せてあげるよ。」
「えっ…?」
突然、友雅が言った言葉に顔をあげた詩紋は、びっくりしたような目で彼を見た。
どういう意味で、そんな事を言いだしたんだろう?
困惑している詩紋をよそに、友雅はゆっくりと腰を上げたかと思うと、静かにその場を立ち去った。



友雅は侍女を呼び立てると、薄紅色の紙に認めた文を彼女に手渡した。
「え?これを…土御門家へお届けに?」
「ああ。おそらく今の時分は、まだ彼女は出掛けているだろうが…戻れば目を通せるだろう。悪いが、頼まれてくれないかな」
中身には、屋敷まで来て欲しい、とだけ書いた。必ず、彼女一人で来て欲しいと断りを付けて。
緑の橘の枝を添えた文を受け取ると、侍女は土御門へ向かう用意を始めた。

ほろこびは、必ずどこかに出来るものだ。そこから、隠れていたものが少しずつ溢れ出す。
そのたびに繕って、何とか誤魔化してきたけれど…限界は近付いている。
いずれは真実を打ち明けなくてはいけない。もしかすると、その第一歩が迫ってきているのかもしれない。
だとしたら……そのほころびの向こうに、一人でも味方がいてくれると有り難い。

彼なら……味方になってくれるかもしれない。
友雅には、漠然とそんな確信が胸の中に芽生えていた。

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「おかえりなさいませ。今日は如何でした?」
「うん、特に変わったところはないみたい。あちこちで市を出している人もいてね、作物とかもいっぱい採れているみたいだし。」
「それは良うございました。」
屋敷に戻ると、いつものように藤姫は笑顔で出迎えてくれた。
そんな彼女から、あかねは一通の文を手渡された。
差出人の名前を聞かなくとも、添えられた枝ですべてが分かる。
そして、彼は必ずこの色の紙で文を送ってくれる。

「友雅さんからだよね?いつ来たの?」
「それが…つい先程でございますの。」
確か、今日は帝に謁見の用があるから、こちらに来られないと昨日言っていたはず。それなのに、急に文を送ってくるなんて、どうしたんだろう。
赤い紐を解いて、中を見る。
達筆な字は…やはり読みにくくて、藤姫に目を通してもらうしかない。

「お帰りになられましたら、友雅殿のお屋敷にいらして下さい、とのことですわ。しかも、神子様お一人で…なんて…」
「え、私1人で?」
何となく、ぽうっと頬が熱くなったような気がしたあかねだが、藤姫の方は複雑な心境だった。
何せ、彼女はあかねが友雅に片想いしている、と思っているのだから。
「じゃあ、今から行ってこようかな…」
あかねは部屋にも戻らず、さっき降りたばかりの牛車が停まる車寄せへ、再び向かおうとした。

「あ、あの…神子様、実は詩紋殿が本日、友雅殿のお屋敷にご用があるとのことで、伺っておりますの。」
「詩紋くんが?どうしたんだろ、友雅さんに用事なんてあったのかな?」
「さあ…。ですので、お帰りはご一緒にどうぞお戻り下さいね。」
友雅さんに用事なんて、詩紋くんがあるとは思えないんだけど…一体どうしたんだろう?
しかも友雅さんまで、わざわざ手紙で屋敷に来い、なんて。何かあったのかな…。


襟の下に隠れた唇の痕など、あかねはすっかり忘れて車へと向かった。



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Megumi,Ka

suga