Trouble in Paradise!!

 第18話 (3)
「えっと…僕が八葉だっていうのは、友雅さんから聞いて知ってたんですか?」
「ええ、左様でございます。生憎こちらの世界では、疎まれるお姿をされていますが、お若いながらも聡明で、観察力や洞察力に優れた殿方とお聞きしておりましたので。」
にっこりと微笑みながら話す侍女の言葉に、詩紋は少し照れくさくなった。
友雅が、自分をそんな風に見ていたなんて…。
自覚している自分とは、あまりにかけ離れていて他人の話を聞いているようだ。
でも、少しでも本気でそう思ってくれていたら、嬉しいな、と素直にも思う。

「では、今しばらくごゆっくり……」
と、立ち去ろうとした彼女を、慌てて詩紋は呼び止めた。
そういう話を聞きたかったわけじゃない。問題は、もっと深刻なこと。
自分のことではなくて、彼女と…彼のこと。
「あの…じゃあ、八葉のことも知っているとしたら、龍神の……神子…のことも、何か聞いていますか?」
「もちろんでございます。何せ、幾度か殿がお連れになられておりますし。」
「えっ……!?」
"やっぱり!"という驚きと、単純に"そんなことが!"という驚きが、詩紋の頭を直撃した。
「と、友雅さんが…連れて来た…んですかっ?」
「ええ。先日も嵯峨野の宴のあと、こちらで朝餉を楽しまれて行かれました。その前にも、お二人でお出かけになられている際に、何度かこちらにお立ち寄りになっております。」

これはもしかして、友雅の屋敷では当然のことなんだろうか。
あかねが友雅に連れられて、ここで過ごしていることは珍しいことではなく、ごく当たり前の日常的なことに過ぎないのか?
詩紋自身、二人のことを知ったのは、昨日が初めてだったというのに。

「あのっ…あのですねっ、友雅さんが結婚するっていう話は、もちろん聞いていますよね!?」
直接友雅が言わなくても、あれだけ京中の噂になっているくらいなら、嫌でも耳に入って来るはず。
主のことならば、尚更に聞き耳も立つだろうし。
「あ、ええ…まあ、それは…一応。あまり大事にはされなくないと、殿がおっしゃるものですから…公には口にしてはおりませんが。」
とか言ったって、十分大事になっているだろうに。
殿上人だけではなく、市井の人々でさえも一度は耳にしているくらい。
彼女たちが口にしなくても、噂を広める者はいくらでもいる。
「その…友雅さんの奥さんになるお姫様とかも、ここに来たりするんですよね?」
詩紋が尋ねると、彼女は一瞬困ったような顔をした。

……どうしたんだろ?と詩紋もまた疑問がよぎる。
何だか戸惑っているような…答えを迷っているような…何故?
不思議に思う詩紋に、彼女は慌てるように返事をした。
「ええと…姫様は、こちらにはいらしておりませんわ。」
「えっ!?だって…友雅さんの奥さんになる人でしょう!?いずれは、ここに住むことになるんでしょう?」
「はあ…まあ、そうなのでございますけれども……」

その時、もう一人の侍女が部屋に入って来た。
彼女は詩紋の視線から、逃げるようにして廊下にいる侍女のところへ行くと、何やら小声で話をしている。
「詩紋様、今しがた、殿がお帰りになられました。こちらにお通し致しますので、少々お待ち下さいませ。」
そう言って一度振り返ると、彼女たちはそそくさをその場を後にした。
まさにそれこそ、"逃げるように"という例えが相応しかった。

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友雅が帰宅すると、あまり見覚えのない沓が入口に置いてあった。
来客か?と首を傾げる彼に、出迎えた侍女がすぐに来客の名を伝えた。
「殿、詩紋殿が…お待ちでいらっしゃいますの。」
「詩紋が?一人で来ているのかい?」
「はあ、何やら、殿にお尋ねしたいことがあるとのことで。」
妙なこともあるものだな…と、友雅は首を傾げた。詩紋と話すことなど、特に思い当たらないのだが。
取り敢えず、これでも同じ八葉の身。同じ立場でしか話せない、そんなこともあるのかもしれない。

友雅は、詩紋が待っている部屋へ向かおうとしたが、それを侍女が呼び止めた。
「殿…差し出がましいことではございますが、少々お耳を拝借頂けませんか?」
彼女の目に困惑の色が見えたので、友雅は立ち止まって話を聞くことにした。


そんな友雅を待っている詩紋は、時間が経つにつれて、どんどん機嫌が傾きはじめていた。
鮮やかな初夏の緑も、涼し気な水面の反射光も目に入らない。
……奥さんになるお姫様をお屋敷に連れて来ないで、あかねちゃんを連れて来てるって、一体どういうことなの!?
ふつふつと、詩紋の沸騰点は次第に上昇して行く。
……普通だったら、お姫様を連れてくるんじゃないの!?あかねちゃんは…関係ないじゃない!
あかねちゃんだって、友雅さんのこと好きだから、誘われたら断れないはずなのに。もし、それを分かっていて誘っているんだったら…一体どっちが、友雅さんの大切な人なの!?
どっち着かずで結婚するなんて、絶対におかしいよ!そんなの、お姫様にだって失礼だし可哀想だよ!
あかねちゃんだって…可哀想だよ!
それなのに、友雅さんばっかり気楽にしてて…絶対にそんなのおかしいってば!!
絶対にそんなの、許せないんだからーっ!!!


「…待たせたね、詩紋。君が来ると知っていたら、もう少し車を急がせても良かったのだけれど…。」
友雅は、庭に面した南の部屋へとやって来た。
そこに詩紋はいる。自分を待ち構えている…というのは、侍女から聞いた話。
どうやら、あかねのことで話があるようだとかで、ずっと待っていたらしい。
しかし、彼女に例の姫君のことを聞いたり、あかねをここに連れて来ているか、ということを尋ねたり、と…いささか質問が妙だと言う。
もしかして、自分たちのことがバレたか?
とは思っても、バレるような手落ちはしていないはずだし。
気転を利かせて、侍女たちはやんわりと誤摩化してくれたようだが……ふと、そこにいる詩紋の険しい表情を見ると、やはり油断せず気を引き締めて向かわねばなるまい、という気にさせられる。

「で、一体何を私に聞きたいんだい?もしかして、君も私の結婚の話を詮索したい輩の一人かな?」
「……そうですっ!」
詩紋でも、こんな厳しい態度で人を見ることもあるのか、と変なところで友雅は感心してしまった。
普段はその素直さが、かえって自分を傷付けてしまうのではないかと思うほど、繊細というか優し気な大人しい少年なのだが。
そんな彼が、自分に対して食って掛かるほどの問題がある、という威嚇みたいなものか。

「それで?どんな話を聞きたいんだい?私と姫君の馴れ初めの話かい?それとも、ようやく正式に決まった結婚の話かな?」
「……正式に決まった…んですか…」
「ああ、ようやくね。急な申し出に姫君も戸惑っていたのだけれど、やっと彼女から良い返事をもらえてね。今朝、主上にもそれを伝えたところだ。」
それを聞くと、詩紋の表情は更に険しくなった。
そして、彼は身を乗り出したかと思うと、小さな拳でドン!と友雅の目の前で床を叩いた。
「だったらどうしてっ!どうして…あかねちゃんとお付き合いなんかしてるんですかっ!?」
「お付き合いって…それは、私は八葉だから、神子殿との付き合いを切るわけにはいかないし…」
「そういう意味じゃないです!お、お姫様と結婚するのに…何であかねちゃんとまでお付き合いしてるのか、その意味が分かりませんっ!!」

かなり機嫌が悪そうな詩紋を目の前にして、友雅は今の状況をゆっくり判断しようとしていた。
…詩紋が言った意味。それは、友雅があかねと付き合っている、というのを前提に話している。それなのに、何故他の女性と結婚するのか…と。
つまり、彼は…友雅が他の女性と結婚をすることが決まっていながら、あかねと付き合っているのは何故だ?と言っている。

いや、逆にこちらの方が詩紋に尋ねたい。
何故彼は、あかねと自分がそのような関係にあることに、そこまで確信を持って言っているのか。
何故、確信が持てるのか。それを、何故知ったのか。
それとも、単なるかまをかけているだけのことか?そんな策略的なことを、素直な詩紋がするようには見えないのだが。

「私が神子殿と、ただならない関係にある、と?」
友雅が言った言葉に、彼は少し頬を染めて目をうろたえた。
「どこでそんな、妙な噂を聞いたんだい?私には、唯一愛せる姫君がいると言っただろうに。あの時、君もそれを聞いていただろう?真剣に言ったつもりなのだけれど、詩紋には伝わっていなかったのかな。」
「……だ、だって…!僕はっ、この目でちゃんとっ…!」
この目で?。友雅は、澄んだ色をした詩紋の目を見る。
「この目でちゃんと…どうしたんだい?何かを見た、というのかい?」

詩紋はすうっと息を吸い込むと、両手をついて友雅を思いきり厳しい目(のつもり)で睨んだ。
「き、昨日、友雅さんとあかねちゃんが…だ、抱き合ってるところを、僕はちゃんとこの目で見たんですからっ!!」


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Megumi,Ka

suga