Trouble in Paradise!!

 第18話 (2)
「主上、度重なるご心労をお掛け致しまして、申し訳ございません。」
「まったくだ!何度ハラハラさせれば気が済むのだっ!」
ブツブツ言いながら、帝は友雅を前にして腰を砕いた。
もう、ここまで来たら主従関係など無視。規律に沿った立ち振る舞いなど、構ってなどいられない。
かと言って、さすがに友雅の方は一国の主相手なのだから、そうそうカジュアルな態度を取るわけにもいかない。

「それにしましても…主上には私以上に、神子殿に気を使って頂き、心より感謝致します。」
「…まるで、年の離れた妹を気遣うようだよ。それか…娘を嫁がせるような気でもあるかな。」
最初は、異界からやって来た龍神の神子であった彼女が、いつのまにか八葉である友雅と恋に落ちて。
あれやこれやと世話を焼いているうちに、気付いたらとても近い存在になってしまったような気がする。
「もう、今となっては、本当に身内の姫君のように思えてくるよ。」
さっきまで友雅に愚痴をこぼしていた帝だが、あかねのことを思うと、少し顔が穏やかな笑顔に戻った。
いっそのこと、本当に彼女がそんな娘だったなら、さぞかし楽しい毎日が過ごせるだろうな、とも思う。

しかし、それと同時に………と、目の前の友雅を見た。
「だからこそ!早まって神子を傷付けることは、断じて許さぬからな!?」
大切な身内の娘だったとしたら、今以上に彼に対しては厳しい目で向かわなくてはならないだろう。
そう簡単に、あっさり事を進められたら困る。
例え、二人が望んで結ばれたとしても……だ。まずは、時期を考えねば。

「承知致しました。出来る限り努力を致します。」
「出来るだけ、ではない!必ず!だぞ!?金輪際、神子に無理強いすることは、断じて許さぬからな!」
非礼であることは百も承知だが、ものすごい剣幕で捲し立てている帝を前にして、思わず友雅は声を上げて笑いそうになった。
龍神の神子であるとは言え、帝にとっては赤の他人である彼女だ。
それなのに、まるで我が子のように気を回して。
これこそが、彼が国を司る立場として必要不可欠な"情"だ。
やや、偏りすぎるところもあるが、欠けているよりはずっと良い。

…などと、そんな他愛もない事を考えている友雅の前に、帝が両腕を組んで彼を見下ろしていた。
「もしもそなたが、神子に手を出した時は……」
妙に不敵な笑いを浮かべる帝から、どんな言葉が出てくるかと思ったら…。
「私は彼女の遠い身内として、そなたとの結婚を許さぬぞ?」
「……それはまた、厳しいご冗談を」
「冗談ではないぞ?少なくとも、それくらいの真摯な態度で、神子に接してもらわぬと困るということだ。分かったか?」
「………御意に。」
友雅はその場に頭を垂れたが、その表情の下で必死で笑いを堪えていた。

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その頃、詩紋は四条の友雅の屋敷の前に来ていた。
一旦入口で立ち止まり、どうやって話を切り出そうかと、もう一度考えてみる。

"あかねちゃんとは、どういうつもりで付き合っているんですか?”
"お姫様とは、本当に結婚するんですか?"
だったら……"あかねちゃんとも、付き合い続けるんですか?"、"二股をかけるんですか?"。
そんなことをして、"あかねちゃんを傷付けるんですか?"。

言いたい事は山ほどある。聞きたい事も、たくさんある。
だが、事が事だけに聞き出しにくい。とは言えど、言わなければきっと彼女は、いずれ傷つくはずなのだ。
…そんなあかねちゃん、見たくないよ…!
片思いでさえ、あんなに不安げな顔をしていた彼女から、涙が溢れるなんて考えたくない。

すうっと深呼吸をして、詩紋は前を向いた。
「す、すいません!あの……友雅さんはいますか?」
丁度入口の付近に侍女がいて、尋ねてみる事にした。
「殿は、本日は主上の御前に伺っておりますので、留守にしておりますが。」
「あ、そう…ですか」
最近は頻繁に土御門家に通う友雅だが、帝の懐刀と呼ばれる立場。実際の側近よりも、遥かに信頼を置かれているはず。
加えて、八葉という立場での京の状況を伝える役目もあるだろうから、頻繁に昇殿するのは当然だ。

それにしても、今の今まで躍起になって気合いを入れていたのに、留守となったらやけに拍子抜けになってしまった。
仕方がないけれど、ここはもう一度日を改めて……と、引き下がろうとした詩紋に、侍女が声を掛けた。
「あの…八葉でらっしゃいます、詩紋殿でございましょう?よろしければ、中でお待ちになりますか?」
「えっ?でも……」
まさか自分の名前を知っているとは思わず、詩紋は少しびっくりしたが、彼女の誘いは願ってもないことだった。
「おそらく、早めにお戻りになられるかと思いますので、昼過ぎ頃には。」

昼までは、あと二時間ほどだろうか。それなら…このまま待っていても良いかもしれない。
一旦、踏み出す機会を失ってしまうと、なかなか再挑戦がしにくいこともある。
思い切って、彼女の言葉に甘えて友雅を待とう。
待つ…というか、待ち構えているという言い方の方が、何となくしっくりくる気もするが。



詩紋が屋敷にいるとは思っていない友雅は、散々帝に小言めいたことを言われ続けて、やっと開放されたのは昼を過ぎた頃だった。
「それにしても、主上も手厳しいな…」
順番は弁えろとか、いくら好きでも無理強いはするな、とか。
果ては、理性を守りきれることが一人前の男だ、とか説教される始末。
まずは目の前にある、京の安定が確保出来るのが最優先。
その後は、いくらでも自分が世話をしてやるから、あと少し何とか耐えろ…と、それは同じ男としての意見である。
思い出し笑いをしながら、友雅は屋敷に戻る前に、左近衛府へ顔を出した。

「橘少将殿。今日は主上の御前にお上がりでしたか」
「まあね。いろいろと話す事もあったものでね。」
八葉になる前から同僚であった者にも、例の噂は既に筒抜けである。
「主上とのお話も、姫様の輿入れについてが多くなる時期ではございませんか?」
「…ふっ、そうだね…そろそろ、予定がはっきりと見えて来たというところかな」
これまでは誤摩化すための言葉だったものが、今はしっかりと真実として語る事が出来る。
それがどれほど心を落ち着かせ、それと同時に胸の想いを暖めることが出来るか、やっと分かった。
「是非、祝いの席には呼んでもらいたいものですね。かの少将殿が、それほどまで執心されている姫君…さぞお美しいことでしょう。」
友雅は微笑んだだけで、何も答えなかった。
だが、はっきりと心の中では答えていた。

"美しい…なんて、そんな月並みな言葉で言い表せる人ではないよ"

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土御門家を見慣れているせいか、友雅の屋敷の庭は、意外に質素で華やかさのない雰囲気がした。
「友雅さんはあんなに華やかなのに、お庭は結構…花とか少ないんだな…」
陽当たりの良い簀子で腰を下ろし、広い南庭を詩紋は眺めていた。
天空の雲間から降り注ぐ初夏の日差しが。池の水面をきらきらと輝かせている。

…ここにも、あかねちゃんは来たことがあるのかな…。
二人だけで出掛けるのなら、どこに行こうと他の誰かの賛同が必要なわけじゃない。お互いが了承していれば、どこにだって行ける。
表向きは、京の穢れを確認したり様子見をしたり、ということだが…黙っていればいくらでも誤摩化しがきく。
「どうぞお召し上がり下さいませ。近く、殿もお戻りになられます。」
冷たい麦湯と、スモモや杏。それに、唐菓子までもが差し出された。

それを見て、詩紋は顔を上げる。
「あの…、ちょっと変な事を尋ねても良いですか?」
立ち去ろうとした侍女は、詩紋に呼び止められて、すぐにこちらを振り向いた。
僕の事を八葉と知っているんだったら…神子のあかねちゃんのことも知っているかもしれない。
見ず知らずの人には、あまりあけっぴろげに素性を言えないけれど、友雅さんのお屋敷の人なら……。
詩紋は思い切って、彼女に気になることを尋ねてみることにした。


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Megumi,Ka

suga