Trouble in Paradise!!

 第18話 (1)
「どうした、友雅?今朝は随分と、機嫌が良さそうに見えるが」
早朝の定例に上がった友雅を見た帝は、まず開口一番にそう言った。
「そのように、主上はお感じになりますか?」
「まあ、何となく…だがな」

友雅はふっと静かに笑い、小さな溜息をついた。
他人にも分かってしまうか…。
さすがに、ようやく手にした彼女の言葉を聞いてから、素面でやり過ごそうにも自然と胸が熱くなる。
広がる幸福感が、平静を妨げている。

帝は少し身を乗り出して、はらりと開いた扇の影でぽそっと告げた。
「神子と…仲良くやっているということか?」
興味津々の顔で、帝は友雅からの答えを待ち兼ねている。
相変わらず好奇心が旺盛な方だ…と思いながらも、友雅たちにとっては最大の恩人。帝の心遣いがなかったら、ここまで辿り着くのは困難だったに違いない。
まあ…それでも十分山あり谷ありの、落ち着きない状況だったことには変わりないのだが。
「私の心を左右するものは、愛する姫君以外におりませんよ」
「そりゃあ、よく分かっているがな。だが、今朝はいつもとは違うぞ?何かあったのか?」
どうしても帝は、その理由を聞き出したいようだ。
もちろん隠すつもりはないが…まあ、一応話だけは伝えておくとするか。

「…実は先日、少々予定外ではありましたが、ようやく神子殿からお答えを頂きまして。」
「ほう!では、ついに神子も…か!」
思わず帝は、更に友雅に近付いた。もっと詳しく事を話せ、という意味だろう…おそらく。
「もう少し時期を見て、と思ったのですが…色々とございまして。流れに任せて伝えてみたところ、希望通りの返事を頂き、ホッとしております。」
「そうかそうか。ならば、今後が楽しみだな。是非、婚儀の際には私にも声を掛けてくれ。これでも、名ばかりだが遠縁の者だしな?」
名ばかりの身内。名ばかりの身分。それらはすべて虚構ではあるけれど、一人の娘を世話するくらいは容易い。
ここまで深入りしてしまったのだから、最後まで最低限の心添えはしよう、と言う帝の言葉は、友雅にとっては心強かった。


御簾をくぐって吹き込んでくる、初夏の風が心地良い。
夏の香も清々しく、日差しの強さを和らげてくれるようだ。
「……しかし、先日まで随分戸惑っていたわりには、今回はすんなり話が進んだな。何かあったのか?」
さて、どうしようか。正直に…言う方がいいだろうか。
とは言え、あれほど帝の前で胸を張ったばかりだと言うのに、このざまでは咎められるどころか、呆れられるのが目に見えている。
だが……。だからと言って、嘘を言うのも心苦しい。
思い切って、主従関係よりも男同士にしか分からぬこと…いうことで、腹を割って打ち明けるしかないか。

「また、理性を失うようでは困るかと思いまして…」
「……待て、友雅。そなた…神子に何をした!?」
予想通り、帝の表情がとたんに豹変した。
「先日、主上の御前にて、あれほど大見得を切ったにも関わらず………」
「待て!待て待て待て!友雅っ!」
思わず帝は、それまでくつろいでいた姿勢を変え、中腰で立ち上がり友雅に詰め寄った。
友雅はというと、ふう……と大きな溜息をひとつ。
少し気怠そうに、頭を抱えて瞳を伏せる。
「つい、理性の糸が音を立てて切れてしまい…本能に捕われて、つい……」
「友雅ぁーーーーーーーーっ!!!」
帝は友雅に詰め寄り、今にもつかみ掛かろうかという勢いだった。
その割に、表情は青ざめたり赤くなったりと、行ったり来たりの大忙しだ。
「そっ…そなたっ!そなたっ…あれほど焦らないと、この私の前で言っておきながらっ…!」
「申し訳ございません。ですが、やはり男というものは、本能の前では無力でございまして…。一度糸が切れてしまうと、それまでの理性を思い出そうにも思い出せず…。我に返ったとき、私は神子殿を……」
「なっ…なっ…何故っそんなーっ!」

やはり、不覚だったか…と、この時帝は本気で悔やんだ。
どうあがいても、どんな恋を経験しようと、そこにいるのは友雅に他ならない。
相手が神子であったとしても、彼にとっては一人の女性。しかも、心底彼が思い焦がれているとあれば、更に気持ちは膨らむ一方はなず。
男と女が惹かれ合うなら、何が起こっても不思議ではない。
理性だって、吹き飛んでしまうことだってあり得るわけで……。

だ、だからと言って…っ!神子はまだそんな気持ちの準備は…!
しかし、好き合っているのであれば…う、受け入れてしまう気はあったのか…?
それともまさか、無理矢理に……。
「無理強いはなーらーんーっ!!!!」


「主上!如何なされましたか!」
あまりに帝が大声で叫んだので、殿上間で待機していた朝臣が飛び込んで来た。
だが、そこにあった光景を見た彼は、咄嗟に状況判断が出来ずに立ち尽くした。
「……橘少将殿…如何なされたのです…」
「いや、私と姫君の婚儀の事で、主上にお話を伺っておりまして。少々私も無理を申してしまい、主上よりお咎めを頂いておりました。」
朝臣が帝の方へ視線を促すと、友雅の肩をつかんでいた帝は、慌てて手を離して冷静を装うとした。
「そ、そうだ、そのような…ものだ。友雅が…あれこれと贅沢を言うものでな…」
「はあ、左様でございますか。」
どうにも不思議そうな顔をしている朝臣に、再び友雅は言葉を重ねる。
「普段は素朴なものを好む我が姫ですが、やはり婚礼の時は華やかに飾って差し上げたいと思ったのですが。やはり、ここは主上のお言葉に沿って、考え直してみようかと思いますよ。」
「…成る程。まあ、それは結構ですな。今から、姫君の晴れのお姿が楽しみでございますな。」
朝臣はにっこりと豊かに微笑むと、静かに昼御座を出て行った。
それと同時に、思い切り大きな溜息が帝の口から吐き出された。
「まったく…何故そなたは、ハラハラさせることしか出来ぬのだっ」
他の事ならば、僅かにも不安を持たずに信頼を置けるというのに、こういう事に関しては一番あやしい。

「主上、無礼を承知で申し上げますが…どうぞ、お心を落ち着かせ下さい。」
「お、落ち着けるかっ!そ、そなたが神子を…っ…」
もしかしたら無理矢理…想いを遂げてしまったかもしれないと言うのに!
あの、可憐で純粋な彼女が友雅の腕の中で-----------。
……想像したら、くらっと目眩がした。

「主上、そういう事ですので、今後繰り返す事がないように、と…私は神子殿に想いを打ち明けたのでございます。」
「え?」
頭を抱えて、今にもふらつきそうになっている帝だったが、顔を上げて友雅を見ると、憎らしいくらいに彼は穏やかに微笑んでいる。
「やはり、確かなものを心に刻んでおきたいと。おそらくそんな想いが、私を惑わせてしまったのかもしれません。今回はどうにか、一歩手前で我に返る事が出来たものですから、このままではならぬと思い…永遠の約束の言葉が欲しいのだ、と伝えました。」

友雅の言葉を、良く整理しながらもう一度考えてみた。
理性の糸が途切れたということは、つまり友雅が本能で行動したということで…?
それでもって、我に返ったということは…ええと?
今、一歩手前で…と言ったか?
ん?そうなると友雅は……。
「そなた、神子と相見てはおらぬのか?」
包み隠さず、直球で帝は友雅に尋ねた。それに対して、友雅は頭を掻きながら苦笑いをする。
「まあ…何とか、主上がおっしゃって下さったおかげで、どうにか踏みとどまる事が出来ましたが。」
帝の方は、その意味が何なのか理解出来ていないようだが、あの時その言葉を思い出さなかったら…と思うと、さすがに危なかったなと思い知らされる。
だが、今こうして未来の約束を交わしているから、ほんの少しだけ"惜しかったな"という気もないでもない。
もちろん、そんなことは帝の御前では、口が裂けても、冗談でも言えないが

「み、未遂だった…のだな?」
「心が乱れて、流されそうになったのは間違いございませんが…。主上の御前で申し上げた事は、守っております。」
その言葉を聞いて、帝はふうっと身体から力が抜けて行くのが分かった。


***********

Megumi,Ka

suga