Trouble in Paradise!!

 第17話 (3)
「ねえ、詩紋くん…ちょっとおかしいよ?もしかして出掛けた時に…また誰かに酷いこと言われた?」
「えっ?ううん、そんなことないよ…」
髪の毛は衣で覆って隠していたし、目の色も少しつばを下ろすようにしていたから、あまり目立つことはなかったと思う。
それに、最近はイノリたちと外を歩くことも多くなって、顔見知りが増えたので妙な目で見られる機会は少なくなった。
「じゃあ、どうしたの?話しがあるってことは、深刻なことなんでしょう?」
深刻も深刻。
友達が、不確かな恋の狭間にいることを、素直に喜んではいられない。

「あの…ね、あかねちゃん……」
顔を上げると、明るい表情の彼女がいる。
その後ろに広がる、数十本の芍薬の花たちは、まるで結婚式場に彩られたお祝いの花束みたいだ。

……結婚……。
二つの文字が、詩紋の頭に浮かぶ。
友雅さん、本当はどっちの人が好きなんだろう……。
帝の遠縁の姫君か?それとも…あかねなのか?どちらの比重が重いのか?

「あ、あのっ…芍薬って…すごい綺麗な花だよねっ!!」
咄嗟に、詩紋は話の矛先を逸らしてしまった。
あかねは、急にそんなことを言い出した詩紋に、最初は首をかしげて疑問を抱いたようだったが、彼が見ている花の方を振り返った。
「うん…ホントに、何か豪華な感じの花だよね。一輪でも十分綺麗なのに、友雅さんてば全部買うとか言っちゃって…びっくりしちゃった。」
そう話す彼女の顔は、ほのかに幸せそうな雰囲気が見える。
「立てば芍薬、座れば牡丹…って言うけど、私なんかよりずーっと友雅さんの方が、こういう華やかな花って似合いそうな気がするんだけどな。」
男の人なのにね…とあかねは笑う。
翳りのない、澄んだ笑顔だ。

友雅さんは、あかねちゃんへの贈り物だよって、そう言っていたけれど…。
それって、どういうつもりの贈り物だったんだろう。
気まぐれくらいで、こんなにたくさんの花を贈るなんてこと…あり得ないよね…。
だとしたら、やっぱり友雅さんはそれなりにあかねちゃんのことを、好きだっていうことなのかな…。
そうじゃなければ、あ、あんなことしたりは…し、しないよねえ……?
………二人の秘密の光景が脳裏に浮かんで、少しドキドキしてくる。
でも、それなら、お姫さまのことは……。

「あれ?」
あかねの姿をぼんやりと見ていた詩紋は、ふと彼女の襟元に、妙な痣があるのを見付けた。
肩に掛かる髪がふわりと揺れて、ゆるく合わせた寝着から覗く首。
鎖骨の近くにある、小さな赤い痕。
「あかねちゃん…虫に刺されたの?」
「えっ?どこ?」
彼女は気付いていないようで、詩紋はその場所を指さした。
「首っていうか、襟ぐりっていうのかな。鎖骨の辺りだけど…ちょっと痣になってるよ?」
と、詩紋が言ったとたん、あかねの顔がかーっと一瞬のうちに赤くなった。
そして、慌てて襟元を押さえて痣をきゅっと隠す。
「あ、あのね…うんっ!そ、そう!ちょっとその…今日ねっ、藪の方に入った時に虫が凄くって…た、多分その時に刺されたんじゃないかなっ!」
明らかな動揺を隠せずに、あかねは無理矢理饒舌でアピールした。

虫に刺されるにしても、手足なら分かるが…そんな襟元なんて刺されるだろうか?
いつも水干で、襟はきっちりと隠しているし。表に出ることはないと思うんだが。

え?ちょっと待って……!?
詩紋は目を見開いて、あかねの様子をもう一度しっかり確認する。
顔を赤くして襟元を隠して……少し恥ずかしそうに、視線を逸らして。
うっすらと漂う、芍薬の香り。
背後に、友雅から捧げられた花をかざして………。

------------って、まさかっ!?
経験は皆無に等しいにしても、知識というのはそれなりに身に付いていくもの。
詩紋の中に蓄積された、思春期に学んでいくオトナの知識。
それらから思い付くことと言ったら……。

まさか!まさか…あかねちゃん…友雅さんと既に……そんな関係になってるんじゃ!?
そういえば、最近よく二人で出掛けることが多いし。
以前は八葉二人と三人組での外出が殆どだったけれど、友雅さんが誘いに来るときは、最近は殆ど二人だけだ。
それって…!それって、二人だけでって言うことは…っ!!
邪魔するものはいないし、二人きりならどこにでも行けるし、何をしたって……良いわけだし。
ま、まさかホントにあかねちゃん……って!
詩紋の思考がエスカレートしていることにも気付かずに、あかねは恥ずかしそうに襟を握りしめている。

「あ、あのっ…い、いいや…もう遅いから!」
急に詩紋が立ち上がって、その場から立ち去ろうと背を向けた。
「詩紋くん!?ちょっと…急用じゃなかったの?」
「う、うん…あ、あとで良いよ!い、急ぐ話じゃないんだ!だから、また今度改めてねっ!」
まるで詩紋は逃げるかのように、慌てて部屋を出ていった。

一人残されたあかねは、風のように姿を消した詩紋の残像を思い描きながら、鎖骨の痣にそっと指を添えてみる。
……もしかして…バレちゃった…かな…。
でも、私たちのことは詩紋くんは知らないんだから…友雅さんにつながるようなことは考えるはずはないよね…?
一抹の不安もあるけれど、詩紋が二人のことを知らなければ、問題はないはずだと確信している。
ただし、あかね自身もまた、二人の逢瀬を詩紋が見ていたことには気付いていないのだが。

+++++

「それじゃ、行って来るね!」
あかねは天真と頼久と共に、京の町へと出掛けていった。
今日もまた、一日中天気は良さそうだ。
梅雨が近いはずなのに、雨が少ないのは少し不安でもあるけれど、外出には晴れている方が都合がいい。

「神子様、お元気そうで何よりですわね。」
あかねたちを見送ったあと、隣にいた詩紋に語りかけるように藤姫が言った。
藤姫は、あかねの気持ちを知っている。詩紋が以前、こっそりと彼女に打ち明けたからだ。
あかねは、友雅に片想いをしているのだ。だから、きっと彼の結婚の話はあまり嬉しくないのではないか……。
それを聞いた藤姫は、出来るだけその話を避け、更に友雅の話に触れないようにと気を遣っていたのだが、昨日と今日の彼女を見ている限りでは、そんな憂いは見当たらない。
「あれだけのお花を頂いて…お心も癒されたのでしょうか…」
好きな人から花を捧げられたなら、それが片想いであっても嬉しいに違いない。
藤姫にとって、あかねが嬉しそうな姿を見るのは、自分もまた嬉しさを覚える。

「藤姫…今日、ちょっと出掛けても良いかなぁ…?」
詩紋が、急にそんなことを言い出した。
「ええ…それは別に構いませんけれども。どちらにお出かけになられますの?」
「えっと、ね…友雅さんのところに…。ちょっと聞きたいことがあって…」
いきなりそんなことを言い出した詩紋を、藤姫は不思議そうに見たが、詳しいことは言えなかった。

結局あれから、朝まで眠れなかったのだ。何が真実なのか、いくら考えても謎は深まるばかりで…。
それに加え、妙に邪な方向のことまで思い浮かんでしまって、どうにもまとまりが付かない。
こうなったら、直談判しかない。
あかねには言い出せなかったが、この際友雅に直接聞くしか方法はないだろう。
一体彼は、どちらの女性を本当に好きなのか。あかねと、どういうつもりで付き合っているのか。
真実を突き止めるため、詩紋は奇襲攻撃を企てることを決意した。


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Megumi,Ka

suga