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Trouble in Paradise!!
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| 第17話 (2) |
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川沿いに立ち尽くす詩紋は、複雑な想いと共に水の流れを眺めていた。
目の前には初夏らしい、鮮やかかつ深い緑に彩られた山並みが広がるというのに、気分は重苦しいままである。
行き交う牛車の音が、右往左往している。もうすぐ、問題の二人を乗せた車が戻ってくるだろう。
それから10分ほど過ぎて、彼の前に見慣れた車が停まった。
「詩紋くん、お疲れ様。お手伝いはどうだった?」
車に乗り込んだとたん、あかねがそう話しかけて来た。
しかし、詩紋にはその声よりも先に、まるで花園に迷い込んだかのような光景に、思わず圧倒されそうになった。
牛車の中は、決して広いものではない。なのに、大輪の芍薬の花が数十本。
一輪でも華やかだというのに、それらはあかねが膝に抱えるほどに、車内を占拠している。
「ど、どうしたの…?こんなにいっぱいのお花…」
びっくりした顔の詩紋に、友雅が答えた。
「神子殿への贈り物だよ。」
その声に、はっとして詩紋は彼を見た。
友雅は…あかねの隣に腰を下ろしている。それはいつもの光景と、何ら変わりのないもの。
だが、今の詩紋にはその姿が、まるで恋人同士が寄りそうかのような、特別な密着度に思えて仕方がない。
そんな詩紋の心理も気付かずに、友雅は平然とした口調で話をする。
「可愛らしい花も良いが、たまにはこんな風に華やかな花も、神子殿には似合うのではないかと思ってね。」
「だからって、まさかホントに全部買い占めるなんて、思ってなかったですよ!」
籠に入っていた芍薬は、およそ50本ほどあっただろう。紅色、淡いピンク、乳白色と色とりどり。
それを全部、と言った時には冗談だろうと思ったけれど、友雅はそれを受け取ってあかねにくれた。
「こんなに持って帰ったら、藤姫びっくりしますよ?どこに飾ったらいいか、悩んじゃいそう。」
「神子殿の部屋に飾ってもらうと良い。花畑の中で寝起きするようで、気分良く休めるんじゃないかな。」
甘い花の香りに包まれて、鮮やかな花の色に囲まれて、楽園みたいな空気が出来上がりそうな。
「ねえ、そういえば詩紋くんの方は?何を作って来たの?」
「え?あ…あ、えーと……ね、葛餅みたいなものっていうか、ういろうみたいな感じのものかな。」
困惑している詩紋とは正反対に、あかねは何もなかったかのように、明るく話しかけてくる。
だが、それと同時に彼女の隣にいる友雅の姿が、一緒に目に映ってしまうため、尚更心がどきどきしてしまう。
「帰ったら、作り方教えてね?」
朗らかにあかねは微笑む。
しかし、その笑顔の理由はもしかしたら…友雅の心に触れることが出来たからなのだろうか。
ゆっくりと牛車は、洛中へと山道を降りて行く。
嵐山の夕暮れが始まっていた。
+++++
50本ほどの芍薬は、まさに圧巻という言葉が相応しい。
何か祝い事でもあったのか?と思うほどに、あかねの部屋は華やかな空気に包まれていた。
「ホント…お花畑にいるような感じ。」
右を見ても左を見ても、花が目に入らないところはない。
部屋から望む庭の風景も美しいが、これだけの芍薬の存在感には叶わない。
夢を見ているような、そんな景色。
夢……うん、まだ夢みてるみたいな、そんな感じがする…。
今日のことを思い出して、あかねは熱くなる胸を抱きしめる。
耳に残る友雅の声。
"私だけのものになって欲しい…って、そう言ったつもりだったんだけれど
「ひゃ、ひゃ、ひゃあ〜っ!!!」
思わず顔を覆った手のひらが、とてつもなく熱く感じる。
思い出しただけでも、赤面が止まらなくなりそうだ。
夢見たいなことだったけれど…でも、あの言葉は確かに彼が言ってくれた言葉。
自分だけに、自分のためにくれた言葉。
「や、や、やだなあ…。いつまで経っても忘れらんない…よ…」
きっと一生、忘れられるはずがない。
自分は、まだ十六歳だ。
十六なんて言ったら、向こうの世界だったら高校一年で青春真っ盛りで、テストに追われたりしながら、恋に憧れる年頃。
それなのに…こんな別世界に転がり込んでしまって。しかもそこで出会った人に恋をして…。よりにもよって、相手は身分違いも甚だしいくらいの人で。
その恋が成就したことだけでも、信じられないくらいの展開だったというのに…。
まさか彼から……プロポーズされるなんて、一体誰が想像できたことか!
確かに、十六だから結婚は出来る年齢だけど……って、こっちの世界じゃそういうのは関係ないが。
でも、それでもまさか、この年で結婚を申し込まれることになるなんて…。
しかも相手は………恋した、その人に。
「きゃあーっ!やだやだやだやだあーー!」
…いや、嫌ではないのだけれど、全然。
ただ、嬉しさと驚きがこんがらがって、狂喜乱舞状態なのだ。
「……もー…幸せすぎて、おかしくなっちゃいそう……」
床にぱたんと身体を倒して、あかねは独り言をつぶやいた。
まだまだ、神子としての役目は残っているし、京の町もアクラムたちのことも油断はならない。
だけど、そのすき間から流れてきた幸せに、知らぬ振りなど出来やしない。
「あの……あかねちゃん?まだ、起きてる?」
戸の向こうから声がして、あかねは慌てて起き上がった。声の主は、詩紋だ。
「あ、詩紋くん?お、起きてるよ?何か用事?」
「……えっと…あの…うん、ちょっと話したいことがあって…。良いかなあ、中に入って」
「うん、良いよ。どうぞ入って。」
取り敢えずあかねは、一人でドタバタして乱れた髪を、手櫛で整えながら詩紋がやって来るのを待った。
+++++
このままでは、一晩中眠れそうになかった。
昼間見かけた映像が、単なる見間違いであれば良いのだけれど、その確率はあまりに低すぎる。
信じられないが、詩紋が見たものは彼だけが証人ではなく、あの場にいた小優もまた証人なのだ。
彼女は、あの男性を友雅と言った。
詩紋が、見た途端に思ったその人の名前だった。
だが、その彼に抱きしめられていた女性は………。
「詩紋くん?話って何?」
それこそが、目の前にいるあかねなのだ。
夕べの様子とは正反対とも言える、明るい表情で彼女はこちらを見ている。
友雅に、叶わない恋心を抱いてうつむいていた姿は、面影すらも残っていない。
……そんなに、好きなの…友雅さんのこと…。
会っただけで気分が明るくなるくらいに。
それが例え、別の女性と結ばれる相手であっても……?
「ねえ、詩紋くん…どうしたの?何か、深刻な相談?」
はっきりと尋ねたい。そこまで、友雅のことが好きなのかどうかを。
傷づくかもしれないと分かっていても、それでも諦めきれないのか、と。
恋する切なさは、痛いほどよく分かる。
だけど、でも…自分だけのものにならない恋の相手に、しがみついてしまうほどにその想いは強いのだろうか。
更に痛みが増すかもしれない、恋だとしても……。
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