Trouble in Paradise!!

 第16話 (2)
さて--------仁王門の方で、詩紋が心を悩ませている一方で、こちらでも心を悩ませている男がいる。
というか、悩むというよりも葛藤、という方が正しいか。

「っ…ど、どうしたんですかっ…?」
唇を奪われるくらいは、いつもよく有ることに変わりないけれど、何となく普通の友雅とは少し違った感じがした。
甘やかに見つめる瞳ではなく、やけに真っすぐで…強い光が輝いて。だけど、艶やかさはそのままで。
何だか……胸の鼓動が……大きく揺れる。

「神子殿……」
「…は、はい…?」
上目遣いに見上げると、再び友雅の腕に力が込められる。密着した身体が重なり合って、心音が伝わってしまうのではないかとハラハラする。
首筋から耳元へと吐息が触れて、そのたびにびくっと身体が震えた。
なのに、顔を押し当てた衣からの残り香に気付いて、深みのある、それでいて雅やかな香りに浸ると、ふわりとた感覚と共に意識が少し虚ろげになる。
そんなあかねに、囁くような声が聞こえた。

「好きだ…よ……」
「え、ええっ!?」
びっくりして顔を上げ、慌てて身体を離そうとしたけれど、友雅の力はそれを許さない。
それどころか、もう一度彼女の頬を撫でながら、瞳に映る姿が確認出来るほどに顔を近づける。
「本当にね…本気で君のことが好きなんだよ……」
「ちょ、ちょっと…どうしたんですか!?」
抱きしめられたまま、真っ赤になって身体が硬直して。でも体内では、全身が脈打つくらいに熱くなっている。

一瞬、身体が少しだけ宙に浮いた。
友雅はあかねを軽く持ち上げて、壁にもたれた自分の身体の上へと抱き起こす。
……まるで、彼に抱っこされているみたいだ。
少し友雅を見下ろす形になる。
そして友雅は、顔を上げてあかねを見る。

「からかって言っているんじゃない。本気で…真剣に、私は君のことが好きでたまらないんだよ」
どうしよう…。そんな事を言われたら、もう何も出来なくなる。
身体の奥底から痺れが広がって、動けない。
何度でも、その言葉を聞いていたいのに、目の前が朦朧として来て……。
それくらい甘美な言葉を、彼が自分に囁いてくれていると考えるだけで…目が眩みそうだ。
「だから、何もかも…過去もみんな忘れてくれないかな?今はもう、君のこと以外は考えられないくらいなんだよ。」
背中を押されるようにして、身体を胸の中に閉じ込められて…再び声を出すのを塞ぐがの如く、熱い彼の唇が息を止める。
逆らえない気持ちが、明らかに自分の中に存在しているから、求められる想いを受け止めざるを得ない。

「…っ…と…もま…っ…」
名前も最後まで呼べない。
言おうとする途中で、遠慮なく彼の唇はあかねの言葉を遮る。
"私も好きだ"って言いたいのに…言わせてくれない。
いつもと違うキス。甘いキスではなくて…激しくて、燃え尽きてしまいそうな….。
今なら、燃え尽きてしまっても、幸せかもしれない…なんて思うのはいけないことだろうか。

唇を、あかねの頬からうなじへ下ろした。白い首筋の皮膚の下で、脈を打っているのが分かる。
伏せたまつ毛と、花の色にも似た唇が震えて…ほんの数秒前まで触れていたのに、再び奪いたくなる衝動に駆られてしまう。
腕の中で小さくしがみつく彼女が、愛しくて。狂いそうなほど愛しくて。
心が騒ぎ始めている。誰にも渡したくない。自分だけのものにしたい。
そしてずっと、この腕に抱きしめていたい………と。
彼女が、自分の過去のことなど考える隙もないほどに、愛して、愛して……しまいたい。

『これから続く日々のすべてを費やして、この気持ちが本当であることを分からせてみせる。』

そう伝えたくて、すうっと彼女の首から顎へのラインを唇でなぞる。
ひくっ…と震えるあかねの身動きに、心拍数が波打ち始めて……気付くと、彼女を見下ろしていた。
少しおどおどした瞳を上から眺め、出来るだけ優しく彼女の両手首を押さえる。
ゆっくりと、彼女の身体を覆うように身体を沈めて……………その首筋のぬくもりを頬で感じた、その時だった。


----------------くれぐれも早まったことはせぬように!!


はっとして、友雅は我に返った。
頭の中に響いたのは、帝の懇願するようにも見えた、あの真剣な表情。そして、説得するかのように力の入った言葉。
絶対に早まってはならぬと、強く言い放った帝の姿が、まるで地獄の閻魔大王のような姿で蘇る。
そして、それと同時に自分の身体の下にいる、あかねの姿に改めて気付く。
「…………」
お互いに相手の顔を見上げ、または見下ろしながら、沈黙が流れる。
言葉が見つからない。こういう時…何と言ったら良いんだろう。
二人はそれぞれに困惑する。


まずは、友雅の場合はというと…自分の理性のなさに驚いている。
こんな状況は慣れていると思っていたのに、咄嗟に我を忘れたのなんて始めてだ。
いつでもそこはかとなく、雰囲気というものが分かるから事を進められるのだが、気付いたらこんなことになっていたなんて、今まで経験がない。

一体、どうしてこうなったんだ?と思い返してみる。
確か……彼女が、過去に付き合いのあった女性のことが気になる、と言ったときからだ。
"好きな人が好きだった人のことが気になる"と、そう恥ずかしそうにつぶやいて…そのとたんに胸の奥がどきっとして。
"好きな人が好きだった人"…か。
彼女は無意識かもしれないが、それは"好きな人"が友雅だと遠回しに言っているのと同じことだ。そう思ったら、たまらなく愛しくなってしまって……そこまでは覚えている。
……で、気付いたら、これか?この状況か?
帝の、あの言葉が思い出せなかったら、どうなっていたんだ?
場所も弁えず、そのまま本能だけで走り出してしまっていたんじゃないだろうか。
…元々偉そうに言える立場ではないけれど、ここまで我を失ってしまうなんて。
そんな自分が存在していたことが、今でも信じられない。
焦ることはしない、と帝には大見得を切ったのに、この状況じゃすべて無意味じゃないか。
それもこれも、こんなになるまで……心が彼女に奪われているという証なんだろうけれど、それにしても…こんなに箍を外してしまうとは。
我ながら情けないやら、恥ずかしいやら。
こんなに恋に溺れるなんて…決して悪い気はしないが、初めての事に少し戸惑う。

そして、あかねの場合はと言うと…いつもとは違う、友雅の行動にドキドキしている。
抱きしめられ方も、キスの仕方もこれまでとは違って、どこか激しさを感じられるからだ。
そう、それは……あの嵯峨野で過ごした夜。彼の腕枕で眠った一夜。
多分ふざけて身体を重ねて来た時の…彼の体重とぬくもりと、目眩が起こりそうなキス。あの時みたい。
だけど、今はそれよりもずっと…。

もしかしたら…今度は本気かと思うくらい艶かしくて、容赦なく距離を狭めながら心に触れてくる。
"今までの過去を忘れてくれ"だなんて…そんなこと、もう考える余裕なんて残っていない。
何もかも、どうでも良くなった。だから……倒された時にも嫌がらなかった。
好きな人に、何度も"好きだ"と囁かれて、そして抱きしめられては…平常心なんて保てるわけがない。
神子でも八葉でも構わない。好きな人には変わりない。
一緒にいること、離れないでいること、離さないでいてくれることが何よりも幸せ-------。

と、そんな至福の感覚を覚えていたら、急に彼が身体を起こした。
そして、言葉もなく少し呆然として自分を見下ろしている。

……えっ…?私、何か変なこと…しちゃった…の?
こんなシチュエーションは初めてだから、どうしたらいいのか分からなくて、ただじっと彼に身を任せていただけ。
もしかして、他に何かしなくちゃいけないことがあったのだろうか…。
友雅にとっては日常茶飯事のことでも、あかねにとっては本格的な初めての恋。
何から何まで初めてのことばかり。自分の想いにも戸惑うくらい。彼に会うたび、
こんなに好きになってたんだ、と何度も気付くほど。

だからどうしていいのか…分からないのだ。
こういう時に、何て言えば良いのか、も。



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Megumi,Ka

suga