Trouble in Paradise!!

 第16話 (1)
慌てて仁王門の外までやって来た二人は、息を落ち着かせるために階段にへたりと座り込んだ。

「はぁ…はぁ…す、すいません…まさか人がいるなんて思わなくって…!」
普段なら滅多に立ち入る者などいないので、今日もそうだと思っていたが…。
しかも、完全な取り込み中に遭遇してしまって…思い出しただけでも、また息が乱れそうだ。

あれは…以前、市で見かけた二人。否応でも、記憶に刻まれて忘れられない姿を、見間違えるわけがない。
まだ年は若そうだが、こちらがどきっとするくらい綺麗な瞳をした少女と、これまたぼうっとしてしまうくらい、艶やかさを纏った男と。
確か…屋敷の三の姫達が騒いでいた、最近京を騒がせている噂の張本人……。

「橘少将様………」
ぽつり、と小優はつぶやいた。
自分でも、声に出ているとは思わなかったが、隣にいた詩紋が驚きの表情を浮かべて覗き込む。
「や、やっぱりそうなの!?」
「ど、ど、どうしたんですか!?」
これまた目の前で見ると、太陽の光で変わった色に見える彼の瞳も、また不思議に綺麗でどきどきする。
「やっぱりさっきの人って…友雅さんですよね!?」

え……?この人、橘少将様のお名前を知っている?
しかも"友雅さん"だなんて、妙に親しそうな呼び方をして……。
一体この人は、どういう人なんだ?
詩紋に対しての、小優の疑問が更に深まる。

だが、その詩紋はそれどころではない。
「そうだよ…ね、友雅さん…だよね…やっぱり…そ、そうだよね…」
気が動転していることは、百も承知。
当然じゃないか。先日、自分たちの目の前で結婚宣言を言い放ち、娶ると決めた帝の遠縁の姫君に対しての、驚くくらいの想いを聞かされたばかりだというのに…。
それなのに、そんな話を聞いたばかりだというのに……何故、ここで彼女とあんなことを!!

確かに、そりゃあかねちゃんは…友雅さんの事が好きだったのは知ってる。
でも、だからって…どうしてこんなことになってるの!?
友雅さんだって、お姫様のことが本当に好きで仕方ないって…かなり本気だと思ってたのに!
あかねちゃんだって…そんな友雅さんとお姫さまのことだって、よく知ってるはずなのに…どうして!?
……って、まさか……。
詩紋の脳裏に、嫌なムードの雲が立ちこめ始める。

まさか、あかねちゃんの気持ちを知って、友雅さんが心変わりしたとか……!?
それか…お姫さまのことは置いといて、それとは別にあかねちゃんとも付き合うつもりだとか……!?

あの時、天真の言った言葉が、重くのしかかるように天から落ちてくる。
"あっちこっちの女に手え付けて、遊びまくって、また他の女んとこに出掛けてって…ってさ"
"他に女を作ることだって、ためらいなんかなさそうだぜ?"
そんな…でも、友雅さんが……あかねちゃんを…。
さっきの光景を思い出しては、顔が熱くなる。
互いの背中に絡まる指先。それは、二人がそれぞれを愛おしく思う仕草。
離れたくない、触れあいたいと願う気持ちの形。重ねた唇で、それを確かめ合う。

良いの!?あかねちゃん…それでもいいのっ!?
奥さんがいても……友雅さんが奥さんをもらっても…それでもいいのっ!?
友雅さんは、そんなことを続けたまま、奥さんをもらってもいいの!?
……詩紋の頭の中は、大混乱真っ最中だ。

「あ、ははは…その…お気持ちを通じ合ってらっしゃるお二人だから…ま、まあ…その…場所を弁えずに気持ちが燃え上がることも…し、仕方がないことですよねえっ!!」
とか何とか言いながら、声はまだ上擦ってしまう。
やはり、間近であんな熱っぽい光景を見るのは、ちょっと刺激が強すぎて心臓がドキドキしている。
以前見かけた時も仲睦まじい感じではあったけれど、やはり噂で聞く限り、随分と二人の関係は燃え上がっている様子で。
既に相手は友雅の子を身籠っているとか、そんな話は噂として流れてくるが…あんな調子では嘘とも言い切れない。

「まあ…その、ええ…ご、ご結婚されるお二人ですからねえっ!な、仲が宜しくて、う、羨ましいですよねえっ!!」
「……け、結婚!?あ、あの二人がっ!?」
「えっ…う、噂を聞いた事ありません?橘少将様が…ご結婚されるとの話…」
それは知っているけれど。本人に問い詰めたし、直接本人からの答えも聞いて確認しているけれど。
でも、その相手は…あかねじゃない。

「あの方が…娶られる方という話…。」
「そ、それは違うよ!人違いだよ!友雅さんの奥さんになる人は、主上の遠縁のお姫様で……」
「え?それがあの方ではないのですか!?」
「違うよ!あの女の子は………」
詩紋は、声を止めた。その先は言えない。
"彼女は龍神の神子であるから、友雅の結婚相手ではない"と。
ただ、彼女が友雅に恋心を抱いているのは、間違いないことではあるのだが…。

「私…てっきりあの人が、橘少将様のお相手だと…。お屋敷の三の姫様方も、話したらそう言ってたから…」
丹波の里山近くで、庶民のように質素な暮らしをしていた姫君。
一見は、帝の遠縁とは思えないくらいに、素朴な若い娘風だと聞いていたから、てっきり彼女だと思っていたのに。
「以前見かけたときも、本当に仲良くされていたし…」
「あの二人、これまでにも…一緒に歩いていたりしてたの?」
小優は、詩紋に尋ねられたので、以前二人と出会った時の事を話した。
落としたスモモを拾い集めてくれて…その時の仲の良さったら、市の人々にもひやかされるくらいで。
「そんなに仲良かったの…?」
「はあ…そりゃもう…。相手のお嬢さんの肩を抱いたりして、品物とか買ってやったりして…」
同じ女性として、羨ましいと思ってしまうくらいの仲の良さ。

「でも、あのお嬢さんが、奥さんになるお姫様じゃないってんだったら…一体どんな相手なんだろう」
小優にも、素直にそんな疑問が浮かんで来た。
橘少将様と言えば、これまで随分と浮き名の多かった人らしいし、もしかして、その同一線上の関係?
正妻を娶ったからと言って、側室を持つ事だってあるのだし…となると。
「じゃあ、奥さんとは別に…側室にするつもりの人なのかなあ」
「そ、そんなのダメだよ!お、奥さんがいるのに、そんなっ………!!」
思わず、詩紋は声を上げた。
そういう風習が、当たり前の世界なんだとは理解している。
でも、あかねは……彼女は…自分たちと同じ、現代に生まれ育ったのだ。
そんな風習、許せないはずだ。
現にこの間だって、そんな風に天真が話していたのを、複雑な表情でうつむいていたじゃないか。
妻がいるのに、別の女性を同じように迎え入れるなんて……。

でも、それならどうして、自分から友雅さんを受け入れちゃったの!?
そんな関係は、嫌だって思ってるはずなのに……それでも…それでも良いから、友雅さんのこと忘れられなかったの?

気持ちなんてものは、そう簡単に落ち着けるものではない。頭の中で理解していても、気持ちは追いつかない。
あかねの気持ちは…よく分かる。

だったら……!せめて友雅さんも、無視してくれれば良かったのに!相手にしなければ、あかねちゃんだって…こんなことには!
………やっぱり友雅さん、そういう人なのかな…。
結婚の話を聞いたとき、本当に好きな人に対しては、すごく真摯的なんだと思ったのに…。

あかねの気持ちと、現実の友雅の姿に、詩紋はがくりと首をうなだれた。



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Megumi,Ka

suga