Trouble in Paradise!!

 第15話 (3)
「女の人がみんな、友雅さんのこと振り返るのは仕方ないですよっ。だって友雅さんはっ、顔は良いし、外見だってカッコイイし、背は高いし……」
「いや…神子殿、もうそれはいいから。そんなに何度も言われるほどの男じゃないんだし。」
二度も三度も繰り返し、こちらが照れるほどの単語を並べられても、恐縮するどころか、かえって動揺しそうだ。
彼女が本心で言っているのが分かるから、少しだけ胸がときめいたりもするが。

友雅に肩を抱かれて、少しもたれるように身体を預ける。
足下に広がる、緑色の苔を眺めながら静けさの中に二人は身を置いた。
「仕方ないって思っても…やっぱりちょっと…気にしちゃいます…」
「今の私と、以前の私は違うって思えない?君以外の女性とも、付き合うんじゃないか、とか思ってるかい?」
「…信じてないわけじゃないです。ないけど、でも…」
こうして、自分と向き合ってくれている友雅を、疑っているわけじゃない。
ただ、過去の彼の事を言われると…そういう現実があったんだ、と再び思い出してしまって、胸がチクリと傷む。
天真が時々、遠慮なく口にする言葉の中にも、さっき会った女性と交わした会話の中でも、隠せない彼の過去の姿を見つけてしまう。
どうしようもないと分かっているのに、気にしてしまう自分も情けなくて。

「そうだね。疑われても仕方がないかもしれないね。そうだよ、そんな…ろくでもない男だったんだよ、私は。」
あかねの肩を抱いたまま、友雅はそう言ってから、一つ溜息をついて目を伏せた。
「さっき、神子殿が言った言葉なんて、当てはめられる様な男じゃない。外面だけ装って、後先の事を考えずに適当な日々を過ごしていた、馬鹿な男だよ。」
「そういうわけじゃ…ないですよ。そういう意味で言ったんじゃ…」
「いや、神子殿が正しい。疑って当然だ。いくら改心したと言っても、信用なんてしてもらえるわけがない。」
「違いますよっ、そうじゃないですよっ、そういう事言ってないですっ」
友雅の衣の袖を掴んで、必死に訴えかけるような瞳で彼を見る。
疑ってなんかない。信じてる。信じているから…だからこそ胸が痛む。
「過去の話は…あまり聞きたくないだけです…。我侭だって分かってますけど…」
ぎゅっと友雅の腕にしがみつき、うつむいて一旦唇を噛み締めて、そっと胸に寄り添う。

「気にしても仕方ない事は分かってても…やっぱり…気にしちゃう…」
「昔のことでも?」
「友雅さんの自身のことじゃないですよ。その…どんな人とお付き合いしてたんだろうなって…」
「もう、付き合いのない相手の事も、気になる?人の好みなんて、過去と現在では変わるものだとしても?」
「……だって…」
あかねは友雅の胸に、顔をうずめた。
「好きな人が好きだった人って…気になっちゃうし…」

相手は、どんな人だったんだろうか。どんな人に、彼は惹かれたんだろうか。
それは彼の好みを知ることでもあるし、それを知ることが出来れば…自分もそんな風になろうという理想を抱ける。
例え全く違うタイプであっても、彼が好きになった人に少しでも近づければ…もっと好きになってもらえるかな、とか…そんなことを考えたり。
だけど、その半面で…自分が叶わないような相手だったとしたら、我が身を振り返って自己嫌悪になるかもしれない。
知りたいと思いながら、知りたくないとも思う……どっちが良いのか自分でも分からなくて…どうしたらいいんだろう…。


「神子殿」
友雅が呼ぶ声がして、あかねはゆっくりと顔を上げる。
だが、お互いの視線が合うよりも前に、目の前が真っ暗になった。
言葉も話せなくなった。
呼吸も………塞がれた。
背中に宛てがわれた手で支えられ、求めてくる唇の感情をそのまま受け止める。
目の前が見えないから、再び瞳を閉じた。重なるぬくもりだけが、熱を帯びる。

……困ったな。本気で、胸がしめつけられたよ…。
彼女の言葉に反応したとたんに、心の奥がきゅうっときしむような音を立てて、たまらなくなった。

振り返っても仕方ないと、分かっていながらも昔のことを気にして。
好きな人が好きだった人が気になる…なんて言われたら、鼓動が早まってしまう。
今や、彼女の事しか考えられないほど惹かれているというのに、終わりを告げた過去に触れては胸を痛めている彼女が、いじらしくて愛しくて。
どうしたら、その痛みを忘れさせることが出来るだろう。
もう誰一人として、彼女以外は心を許せないことを分かってもらうには、どんな手段が必要なのだろうか。
過去などに振り向く余裕も与えずに、目の前にいる現在の自分が彼女だけを求めていることを……理解させる方法は?

そんな答えは、咄嗟には思い付かなかった。
ゲージを振り切った彼女への愛しさが、自発的に友雅を動かす。
それも…ただ彼女を強く抱きしめて、触れることを許された唯一のぬくもりを奪うことに過ぎなかったが。

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瓜、茄子、葱、大根、牛蒡に筍。
「今日は随分と買い物が多いじゃないか。また、お貴族様のお屋敷で宴でも開かれるのかい?」
「いや、最近ちょっとおめでたい様子があるもので、もてなしにいろいろ必要なものが絶えなくてねえ」
いつも野菜を売りに出している男に、小優はそう答えた。

ここ最近、屋敷の三の姫のところへ通う者がいるらしい。素性は分からないが、なかなかの家柄を持つ若君だと聞く。
三の姫もそろそろ適齢期。この機会を逃すまいと、家の者はあれやこれやで引き止めるために悪戦苦闘中なのだ。
「これからも、ちょくちょく買い物が増えると思うよ。だから、どんどん良いものを並べておくれ」
籠いっぱいに野菜を詰めると、小優は支払いを済ませてその場を後にした。

「しかし、ちょっと買い過ぎたかなあ。」
背負っている籠の中は、これでもかという程すき間なく野菜が詰まっている。
葉ものならそれほどではないが、筍や根菜などは結構重さがあるので、意外に重量がかさむことを忘れていた。
だからといって、ここで荷物を置いて帰るわけにもいかない。屋敷まではそう遠くない距離だが、少しずつ休み休みながら戻る事にした。

籠をおろし、少し汗ばんだ額を拭っていると、目の前に頭巾をかぶった少年が立っていた。
「あのー…半分持ってあげましょうか?」
「えっ!そんな滅相もない!見ず知らずの人に、そんなこと頼めるほど図々しくはないですよ!」
慌てて小優は彼の申し出を断ったが、物腰の柔らかい彼の口調は、自然にそれを受け止めたくなるような雰囲気があった。
「ううん、気にしないで。僕もお使いを頼まれてたんだけれど、まだ時間があるし。だから遠慮なんかいらないですよ。」
明るく彼がそう言うから、何となく甘えてしまいたくなった。
頭巾の陰を落としているが、綺麗な瞳の輝きを持つ少年は、小優の籠を半分手に取って先に歩き出した。


話をしながら、しばらく大通りの裏手を歩いていた。
「じゃあ、お屋敷の厨房で料理とか手伝ったりしてるんだ…すごいなあ」
「そんな…珍しいことでもないですよ。誰でもやってるような、普通のことで」
「でも、お姫様やご主人様に差し出す料理なんでしょう?それを任せられるなんて、きっと料理が上手なんですね。」
親し気に話しかけて、屈託のない笑顔を向ける。その雰囲気が人当たりよくて、ついつい会話も弾んでしまった。

「あ、こっちのお寺の裏庭を突っ切ると近道なんですよ」
古びた仁王門の前を通り過ぎようとしたとき、小優が立ち止まって彼を呼び止めた。
「えっ…勝手に中とか行き来しちゃっていいの?」
「良いんですよ。もうここは無人なんです。本山のお坊さんが月一でやって来るくらいで、あとはもう放置されてるようなもんだから。」
先を行く小優の後を着いて行くと、意外に綺麗な庭が広がっていて、緑の香りが気持ちが良かった。
仁王門以上に古びて色褪せた講堂と、その奥にある裏門をくぐれば屋敷も近い。
小優はいつものように、そこへ向かおうとした…のだが。

「…………!」
慌てて彼女はそこから離れて、来た道を戻ろうとして振り返ったが、既に目の前にやって来ていた少年に真正面からぶつかった。
「どうしたんですか?」
「あ、いや…やっぱちょっと、裏門は…マズイかも」
「え?でも近道なんでしょう?この先を抜ければ………」
彼は、小優が立ち止まって戻って来た場所へ向かい、講堂の裏手を覗き込んだ。
しかし、そのとたん…………。
「ひゃ…っ……!?」
思わず声を出しそうになったが、何とか息を飲み込んで声を殺せた。
な、な、な……何だ、この映像は……!
夢か?幻か?見間違いか?他人のそら似か?
そら似にしても、二人揃ってということはないだろう。どちらかが似ているならともかく…二人ともそっくりだなんてあり得っこない。

ということは……今、講堂の裏手で抱き合ってキスをしている二人は……!!!

急にぐいっと手を掴まれた詩紋は、小優に半ば強引に引きずられるようにして、慌ててその場を立ち去った。



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Megumi,Ka

suga