Trouble in Paradise!!

 第15話 (2)
「お付き合いが途切れたとは言え、お嬢様は貴方のお噂を耳にして、少々気を滅入らせていらっしゃるようですの。素敵なお相手がいらっしゃる貴方には、分からないお気持ちかも知れませんけれど。」
彼女の言葉は、明らかに皮肉だった。

会話を聞いている限りで推測できるのは、おそらくこの女性はそれなりの家柄の侍女か女房で、その家の娘に付いているのだろう。
そして、多分その娘と友雅は……過去に付き合いがあったに違いない。
娘のところへ通わなくなったと思ったら、実は婚約する相手を見付けていたなんて……精一杯、遠回しに嫌みを伝えようとしたに違いない。
だが、そういうことには、無関心なのが友雅だ。
無関心というのか、それとも同じような場数を踏んでいるから、今更気にすることもないのか…。

「気分が優れないのならば、彼女も素敵な相手を見付けるのが最善なのではないかな?浮き足だった男なんて忘れてね。きっと、彼女ならば言い寄る相手は多いはずだけどね。」
「……相変わらず、交わすのがお上手ですこと。」
どこまでも皮肉を込めて彼女は言葉を返すが、友雅は一切感情を伝えることはしなかった。

「では、これで失礼致しますわ。いずれどこかで、貴方の奥方様にもお会いできると良いですわね。」
去り際、眉一つ歪めずに彼女はそう言って、模範的な微笑みを最後に姿を消した。


「…悪い偶然だったな。あまり、君のいるところでは会いたくはなかった人だ。」
消えていく後ろ姿を眺めながら、友雅はそうつぶやいた。
以前、何度か通った女性の屋敷にいた、侍女の一人だ。いつも屋敷の戸を開けてくれたのが、彼女だったから顔は良く知っている。
だから、屋敷に寄りつかなくなったことも知っている。
特別に深い仲だったわけではない。と言うよりも、他の女性と大差ない付き合いだったと思う。少なくとも、自分は…だが。
それも既に過去の話。もう二年近く昔のことだ。
今更昔話を、こうして蒸し返されるとは思ってもみなかった。
しかも…あかねのいる場所で会うとは、タイミングが悪すぎるのではないか。

「覚えてもいないくらい、昔の話だよ。君に出会うずっと前の、戯れ言みたいな一時の夢みたいなものさ」
「そう、ですね。うん…分かってます。」
芍薬を手にしたまま、あかねはそう答えた。

「いや、分かっていないな。」
「……え?」
急に友雅は、彼女の手の中にあった花を取り上げた。
そして、空になったその手を握ると、やや強引にも思えるような力で人混みをかき分けて行く。
「な、何ですか?どうしたんですか?」
慌てるあかねの言葉に返事をすることもなく、かと言って彼女を振り向く様子も見せず、黙って友雅は進んでいく。
行き場所は分からないが、あかねの手は離さない、とその力が物語っていた。



大通りから離れて、連れて来られた場所は静かな寺院だった。
あまり人気がないのは、古びて質素な造りの門構えのせいかもしれない。
だが、初夏の緑が鮮やかで、岩にこびり付く苔の色や、若竹の小さな笹の葉、湧き出る石清水の音も、雑踏が聞こえないから涼しげに感じる。
「何だか、誰もいないような感じのお寺…。でも、すごく綺麗な緑がいっぱいあるお庭ですね。」
「そういう話をするために、ここに連れてきたわけじゃないよ。」
わざと彼から目を逸らし、どうでも良いことに目を向けたのだが、それはあっさりと友雅に見抜かれた。
雨と風で色あせた高欄の段に、腰を下ろした友雅は彼女の手を取ると、自分の方へと引き寄せる。

「今朝、どうしてあんな風に誤魔化すような表情をしていたんだい?」
「誤魔化す…?って、別に私、何もしてないですよ?」
「だったら、鏡でもどこかから借りてきてあげようか。今の自分の顔を、よく見てみると良い。少なくとも、いつもの神子殿とは雲泥の差だ。」
友雅の指先が、あかねの頬に触れた。
「ずっと心の奥にある何かを隠して、作り笑いをしているつもりかい?そんな君を見ていなくてはいけない、私の気持ちも察してもらいたいね」
「何でもない……ですよ、ホントに。」
ぎこちなく笑って、出来るだけ明るく答えようとした。
でも、そんなことを彼が見逃すわけがなくて----------顎を捕まれて、目を逸らせないほど顔を凝視される。
「理由が分かるまで、引き下がらないよ?一晩でも二晩でも、判明するまで帰さないからね?それでも良いのかい?」
本気だから、と友雅は念を押した。

「もしかして、昨日のことがご機嫌斜めの原因かい?」
あかねを抱き寄せて、彼女を見上げる。少しだけ、潤みがちな瞳が友雅を見る。
「あとのことは神子殿に聞くように、なんて言って逃げたから、それで怒ってるのかと。」
「そんなこと…怒ってなんかいないですよ…。でも…ちょっとだけ、いじわる!って思ったけど」
正直に答えると友雅は少し笑って、そのあとに一言"ごめん"と付け加えた。
「じゃあ、そんなに笑顔を曇らせている理由は何?」
少し雰囲気が和らいだと思ったのに、友雅の問い掛けひとつが、再びあかねの心を硬直させる。

理由。気分が重い理由は、何と言えば良いんだろう。
強いて言うなら………。

「友雅さんが…モテるからですよ…」
これでもあかねとしては、真剣に考えて言った答えだったのだが、言われた本人はというと「???」という印象だった。
「とんでもなくモテて、女の人の注目ばっかり集めて……」
思わず友雅は、頭を掻いた。自覚はそれほどしていないだけに、改まって彼女から言われると複雑な気分になる。
確かに他人と比べれば、異性との付き合いは少し豊富かもしれないけれど…好かれているかと言うと、それこそしっくりこない言葉だ。
「そんな男だとは、思えないんだけれどねえ?」
「友雅さんがモテてないって言ったら、誰がモテてるって言うんですかっ」
少し小言めいた口調で、あかねが言った。

「別に、友雅さんのせいじゃないって分かってますけどっ…でもっ…元を正せば、友雅さんがそんなにモテるのが一番いけないんですよっ」
何だが八つ当たりみたいにも聞こえるけれど、言い出したら止まらなくなってしまった。
堰を切ったように、彼に抱いていた言葉がぽんぽんと飛び出してくる。

「そりゃ、友雅さんは顔は良いし、外見だってカッコいいし、背は高いし、優しいし、声だって良いし、歌だって詠めるし、楽器だって上手いし、主上にも信頼されてるし、地位だってあるし、それなりに強いから頼りになるけれどっ……だからモテるのは仕方がないって思うけどっ……」
「……神子殿、誉めてくれるのは有り難いんだけれども…せめて、その表情だけは遠慮してもらいたいんだがねえ…」
息つぎもせずに、思ったことを一気に言い切ったにも関わらず、潤んだ彼女の瞳からは今にも涙がこぼれそうで。
友雅自身、そこまで言われる様な覚えはない…と思っている。だからと言って、それだけ賞賛を彼女から羅列されるのは、悪い気はしないけれども……。
「友雅さんの責任じゃないけどっ、モテるからいけないんですよっ!そのたび…」
声が詰まったあと、あかねの小さな拳が友雅の胸を叩く。
二回、三回、四回叩いて、額を当てて…それっきり、彼女は黙った。

「大切なところを、まだ聞いていないよ。私に問題があるのなら、遠慮せずに言ってくれないと。」
「…友雅さんが悪いんじゃないですっ…」
とは言っても、さっきから"モテるのが悪い"とか連呼されているし。どう考えても、友雅自身に問題が有ると言われているようなものなのだが…。
「少し落ち着いて、思っていることを全部吐き出した方が良いよ。私は別に、何か言われたところで傷つくような繊細な男じゃないからね。」
敢えて言うのなら……
「神子殿の笑顔を曇らせた理由が、私にあるとしたのなら…それを自覚出来ない自分の愚かさに傷ついていると言った感じかな、」
しっとりと濡れたまつ毛に指を添えて、すうっと雫を優しくそっと払い除けて、あかねの頬を暖めるように撫でる。

「話してごらん。私に原因があるならば、それが原因で君が涙を浮かべるのなら、今直ぐにでも改心してみせるよ?」
包むように、優しく友雅の両腕が背中に伸びた。
あかねの身体を気遣うように、静かに触れてゆっくり力を込めて抱きしめる。
いつものように、心を注入するような艶かしい抱擁と違って……。
"繊細な男じゃない"とか言いながら、あかねの心情に合わせてくれる。
次第に心が和らいできて、ほんのりと暖かくなっていく。

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「なるほどね。本当に、天真は気持ちが良いくらい直球な性格をしているね。」
「そんな暢気なこと言って…。友雅さんのこと言われてるんですよ?そこまで言われても、気にしないんですか?」
生憎と、言われても仕方がないような過去を背負っているため、反論することも出来ないのが正直な感想だ。
今更悔やんでみても、過去など変えようがないし。あとは、これまでの汚名挽回を目指すしかないのが現状。
しかし、友雅自身は良いとしても、彼女はそうはいかないらしい。

「私は…気にしちゃいますよ…」
かぼそいあかねの声が、友雅の琴線を揺らした。



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Megumi,Ka

suga