Trouble in Paradise!!

 第14話 (3)
落ち着くための休日だったのに、いつも以上に疲れた気がする。
夕餉を終え、屋敷の外回りに出掛ける頼久以外は、皆それぞれに自分たちの部屋へと向かった。
初夏の夜は星が綺麗だ。
銀色の粉を散らしたような、細かい輝きが漆黒の空を彩る。

「僕ね、ちょっと楽しみにしてるんだ」
庭に張り出した廊下を歩きつつ、詩紋が隣で笑いながら言った。
「友雅さんの奥さんになるお姫様に会える時のこと。だって、友雅さんがそんなにまで好きな相手なんでしょ?どういうお姫様なのかなあ…」
詩紋はわくわくしながら、そんな風に言うけれど…。
"目の前にいるよ"と、あかねは心の中で言ってみる。
そんなに期待されてもちょっと困る。

「お姫様も、これまでひとりぼっちで住んでたんでしょ?これからは友雅さんと一緒なんだもんね。きっと幸せになれるよね。」
まるで自分のことみたいに、素直に彼は喜びを表情で表した。
しかし、あかねの方は返事に困って、はぁ…とつい溜息をつく。

「あかねちゃん…もしかして、やっぱり…」
詩紋を追い越していることにも気付かずに、ぼーっとしながら歩いていると、背後で立ち止まっている彼があかねを呼び止めた。
振り返ると、夜風の中で飴細工のような金色の髪が揺れている。
「やっぱりその…友雅さんのこと…好きだったの?」
「ええっ!?」
急にピンポイントを突っ込まれて、あかねは詩紋が逆に驚くほどびっくりした。
どうして急にまた、そんなことを…と困惑していると、詩紋は視線をわざとあかねから逸らして、手持ち無沙汰に指先を弄ぶ。
「だって…なんか友雅さんの結婚の事とか、相手のお姫様のことを聞くと、ちょっと動揺して見えるよ…?」
「そ、そういうわけじゃ…別に…」
「本当は、あまり面白くないんじゃない?好きな人が結婚する話とか、結婚する相手の話とかって…。だから、そんなに動揺してるの?」

いや、確かに動揺しているのは間違いないのだけど、理由が違うのだ。
いやいや、友雅のことが好きだ、というのも間違いないけれど……。
いやいやいや、でも…詩紋の言っている理由は全く違う事で…………何が正しくて何が間違いなのか、ますます混乱してきた。
恋をしているだけなのに、このパニックは異常すぎじゃないのか。

「別に私は反対とかしてないって!」
慌ててあかねは、詩紋の誤解を否定した。
「ホントに、ホントに祝福してるの!友雅さんも相手のお姫様も、幸せになって欲しいなあって!」
あまりムキになっても、逆に怪しまれるか…?詩紋の目は、ちょっとだけ戸惑っている。
戸惑うのは、こちらの方なのだが。
「ホントに…何も変なこと考えたりしてないよ…。二人とも、幸せになってもらいたいなって、ホントに思ってる。」
その言葉は皮肉にも、どこかしら自分に言い聞かせているような気分にさせる。
二人とも幸せに……。

………ん?

二人が幸せになって欲しい、それは…つまり、結婚すれば良いってこと…!?
でも、その二人って…自分たちのことじゃないのっ!!

もしかして知らず知らずのうちに、友雅と一緒になれればいいなんて思ってた!?
本当に虚構の二人みたいに、彼に見初められて、娶ってもらえたら良いだなんて…そんなこと、無意識のうちに思ってたっ!?
でも、完全否定できるか?と尋ねられたら、本音は…NOで。
わずかな数パーセントの確率でも、期待を払拭出来なくて。
夢みたいなことを、と思い直してみるけれど……やっぱりちょっとだけ、夢見てしまうのが、恋。
触れられない相手なら割り切れる。
だけど彼は…抱きしめてくれるから、尚更に夢を想い描いてしまう。
でも、結婚だなんて、そんなあまりにも飛びすぎな気が。

「残念だけど、諦めるしかないよね…」
「え?」
自分の中でパニックを抑えられないあかねを、詩紋が寂しそうな眼差しで見る。
「だって、友雅さん…本当にお姫様のこと好きみたいだもん…。」
あれ?もしかして、哀れまれてる!?
友雅に失恋したと思われて…可哀想だと思われている…って…それこそ全然違うっていうのにっ!
「何か、お姫様のことを話してる友雅さん、普通と違うもんね…。あれじゃ…諦めるしかないよね…」
「ちょ、ちょっと詩紋くん?あのね、えーと…ねえ?…」
フォローをしたいのだが、何て言えば良いのか。
こんな大混乱さえなければ、可哀想どころか幸せで仕方がないのに。
好きな人に受け止めてもらえて、一緒に過ごす時間の至福感も身に染みて分かるほど、幸せなのに。

「あかねちゃん…僕、分かってるから。誰にも言わないから、僕の前では無理しなくていいよ」
「詩紋くん、ちょっとあの…」
「失恋って辛いものだもん。話し相手ならいくらでもしてあげるから、遠慮しないでね」
「あの……し、詩紋くんっ?」
そう言って、詩紋はあかねの肩を軽く叩くと、控えめに微笑んでみせると、逃げるように足早にその場を後にした。

……ちょっとー…誤解だってばー…!!
一人廊下に取り残されて、大きな溜息を着いた。

どっぷり疲れが襲って来て、高欄に腰を下ろす。
松明に照らされる、夜の池を眺めてみた。

もう何が何だか。最初はどんなだったのかも、記憶が朧げだ。
耳に入る話が、その都度変化する。さっき聞いた話が、別の場所ではまた違った展開になっていたりと、追いつくことが出来ない。
誰が吹聴しているのか。その犯人は誰なのか。誰を追求すれば良いのか…。
でも、結局は自分と友雅の事実が、小さくとも発端になっているんだろう。
「好きなのに、何でこんなに疲れちゃうんだろ…もう、やんなっちゃうなぁ…」
想いを通じ合っている仲であることさえ、ろくに打ち明けていないのに、今度はそんな…結婚だなんて。

確かにすべてが終わったら、自分は神子の命を解かれる。それと同時に八葉もまた、任務を終える。
そうしたら、ただの個人に戻って、お互いを抑制するものは何もなくなるわけで。
"実は付き合っていました"と、カミングアウトしたとして、じゃあ、その後はどうするの?と尋ねられたら…さて、どうなんだ?
偽りとは言え、帝の厚意で突如生まれた二人の噂は完成形へと近付きつつあるし。
でも、カミングアウトしたら、今までの虚構も打ち明けなければ…。

"龍神の神子である私は、地の白虎である橘友雅少将と恋仲でした。"
そう言って、打ち明ける日がいつか来るのだろうか。

いつのまにか、好きになっていたんです。気付いたら、好きだったんです。
片思いだと思っていたのだけど、彼は手を引いてくれたんです。
だから、その手を握り返したんです……嬉しくて。
それから、私の恋は成立しました。
…と、そんな風に。

一緒にいると幸せで。時々でしかないけれど、二人きりで出掛けられるときは、いつも以上に嬉しくて仕方なくて。
離れたくなくて、寄り添って歩いて。彼の瞳に自分が映るのが嬉しくて。
二人でいる時だけは、神子の重荷を下ろせるんです。彼の前だけでは安らげるし、心がときめくのです。

好きなんです。いつも…出来ればいつも、ずっと一緒にいられたら、いいなあって思うんです。
純粋に、そんなことを思っているんです。それが、私の幸せな時間なんです。
だから……幸せになりたいなあ…って、ほんの少しの希望を抱かずにはいられないんです。

本当は……本音は……本心は、彼と生きて行けたらいいな、って…きっと思っているのかもしれません。
それが至福だと、もう実感しているから。


夜空に、すうっと尾を引いて流れ星が通り過ぎて行く。
願いごとを3回唱えられるとしたら……やっぱり、彼とずっと一緒にいられるように、ってお願いしてしまうかも。
心労激しい恋だけど、パニックに陥ってばかりの、落ち着かない恋だけれど…。
でも、やっぱり好きだから、そんな願いごとしか浮かばない。



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Megumi,Ka

suga