Trouble in Paradise!!

 第14話 (1)
彼女の名前と同じように、空が茜色に染まる頃。二人は土御門家へ戻って来た。
「休みの日に、遠くまで連れて行ってしまって悪かったね。」
「そんなことないですよ。お屋敷の中にいても、混乱してたところだったから…」
とはいえ、混乱の種はまだ土御門家にくすぶっている。
中に入れば、おそらく天真たちがあかねの帰りを待ち兼ねているはず。
理由はもちろん、友雅の結婚についての真偽を、彼女が問いただす事が出来たのかを聞きたいがためだ。

はあ…と大きな溜息をつくあかねの背中を、軽く友雅が叩く。
「さ、中に入ろう。あとは、噂の張本人が責任を持って受け持つよ。」
彼に背中を押されながら、重い足取りであかねは屋敷への門を潜った。


「よぉ。結構ゆっくり出歩いてたんだな。」
入口で待ち構えていたのは、天真と詩紋、そして藤姫のいつもの3人だ。
「ん…ちょっと色々と話してたから。」
「宇治川沿いにある、古い私の別荘に連れて行ったんだよ。あそこなら、ゆっくりと邪魔も入らずに話が出来ると思ったのでね。」
友雅の言葉に、ぴくりと天真の眉が動いた。
"決まった相手がいるくせに、あかねまでそんなところに連れ出して、いったいどういうつもりだ"とか、そんなことを言いたいような表情だ。
「いずれは立て替えようと思っているのだけど、そのためには若い女性の趣味をお伺いしようかと。丁度、神子殿なら良い年頃だしね。絢爛豪奢な趣味よりも、過ごしやすい穏やかな感覚を持っているんじゃないかとね。」
と言っても、それがあかね自身に重なる事だとは、まだ気付かれてはいなそうだ。

「友雅殿、本日はおつかれさまでした。これから夕餉のお支度を致しますが、ご一緒に如何です?」
藤姫がそう言ったが、生憎と今夜は宿直の当番がある。
八葉の立場を出せば抜けることも可能だが、あまり不真面目な態度をしていては、帝にも呼び出されかねない。
「残念だけどね。次の機会にするよ。また誘ってもらえると嬉しいね」
と、答えていると…先に屋敷の中に上がったあかねが、天真に廊下の隅に連れて行かれて,何やらコソコソと話しかけられている。
やれやれ、そろそろ自分が出て行く時がきたようだ。

「天真、神子殿に尋ねるよりも、真実を聞くにはこれ以上いないくらいの相手が、ここにいるんじゃないのかい?」
背後から友雅の声を受けて、ぎくっとした天真が肩を上下させた。同時に、隣にいるあかねもまた、びくっと小さな肩を震わせた。
そして、ほぼ同時にゆっくりと振り向く。
「……な、何を話していたか、おまえ…知ってんのかよ?」
「何となくはね。随分と、あちこちに噂が広がってしまっているようだし。天真たちの耳に入っても,別に珍しくはないだろう。せっかくなのだから、目の前にいる本人に聞いてごらん。」

一瞬たじろぎつつ、天真は息を飲む。
こちらが困惑しているにも関わらず、友雅の方は動じる様子などまったく無い。
その堂々とした態度がやけに、威圧感を覚えさせる。
だが……友雅が言う通り、本人が聞いても良いと言っているのなら、一番正確なのは彼に答えを尋ねることである。
「じゃ、じゃあ…聞かせてもらおーじゃねーか。お、おまえ…結婚するってあちこちで噂になってるけど、ホントのトコはどうなんだよ!?」
緊迫した空気の中で、あかねは友雅が何て答えるのか気になって、違う意味でハラハラしどおしだ。

「そのつもりでいるけれど、それがどうかしたのかい?」
迷いもない友雅の声が、はっきりと空気の中に響いた。
「……マジ?本気?」
「嘘を言っても始まらないだろうに。こんなに広まってしまった以上、隠しても仕方ないよ。」
唖然としている天真たちの他に、気付くと柱の向こうから数人の侍女までもが、顔を覗かせてこちらを伺っていた。
そして今の彼女たちの表情は…完全に硬直状態である。
「どこぞから略奪したわけでもないし、こちらも未だに独り身だ。別に、彼女を娶ったと言っても、問題などないはずだけれどね。」
誰もが驚きで声を上げられない中で、あかね一人はリアクションを抑えるのに必死だった。

…そんなにはっきり、答えちゃって…あとからちゃんと収拾つくんですかっ!?
今すぐにでも,大声でそう叫びたい気持ちだった。

「あの…お噂では、主上の遠縁の姫様がお相手と伺いましたが、それも……」
藤姫もまた、少し戸惑いが抜けないでいたが、友雅に確認の問いかけをする。
そして、彼は当然のように答えを返す。
「縁というものは、どこに忍んでいるか分からないものだね。出会ったときから、一目で恋に落ちてしまったよ。」
そんな台詞を言いながら、時折あかねに視線を向けて、意味深に微笑むからどきどきしてしまう。
「そ、そんな美人なわけ…か?そのお姫さんってのは」
「そうだねえ…華やかで艶やかな方とは言えないけれど、可愛らしくて素敵な姫君だよ。気取らずに素直で……そう、まるで神子殿みたいな感じだね」
今度は自分に矛先を投げられて、どきどきするどころか、しゃっくりまで出そうになった。

…ごまかすために、適当な作り事で言っているだけだってば。
絶対そうだってば。そうに違いないんだってば。
別に、私のことを言っているわけじゃないんだってば。分かってるってばっ!………でも………。
ちょっとくらいは、自分に対しても言ってくれたら良いな、なんて都合良く思ってしまうのは、恋する乙女の困ったトコロ。

「まあ、彼女に関しての事は、神子殿に聞いてもらっても良いんだけどね」
「えっ!?」
そのとき、あかねは驚いて、数センチは飛び上がったと思う。
「神子殿は、嵯峨野で彼女に会ったことがあるよね?だから、どんな姫君なのかは神子殿が教えてくれるかもしれないよ」
「えええええっ!?」
こっちが大パニック状態に陥って、思考回路も突然のショックに追いつけなくて、あちこちが混乱してショートしかかっているっていうのに。
どうしていきなりそんなことを、ぽんと放り投げてくるんだ!?
いったい何を考えて、そんなことを言っているんだろう。
しかも、みんなこちらに視線が集中しているじゃないか。
こんな時に、マトモに答えられる冷静な感情なんて、あかねが持っていないことは百も承知のくせに。

……友雅さんのイジワル…!何考えて、そんなこと私に押し付けるのよっ…!
精一杯表情で伝えようと睨んでみるけれど、彼の方はいつも通りに、艶やかに微笑んでいるだけだ。


「そういうわけで、理解してもらえたなら、これで失礼するよ?」
友雅は、まだ唖然として声も出ない彼らの姿を、少し滑稽に思いつつ玄関を出ようと振り返った。
が、すぐに何か気付いたようで、立ち止まってもう一度こちらを向く。
「そうそう、天真に言っておきたいんだけれどね。」
急に自分の名前を呼ばれて、天真は慌ててあかねから視線を外した。
「期待を裏切るようで悪いけれど、私が彼女と結婚する理由は、彼女が私の子を身籠ったわけではないからね」
にっこりと微笑んで答える友雅と正反対に、言い出した張本人であるはずの天真は、少し顔が赤くなった。
絶対に友雅が早々に手を出して、"出来ちゃった"から結婚する羽目になったと思っていたが……。それも、かなり確信していたのだが…。

「これでも、純粋な恋を楽しんでいるのだよ。それに、まだ若々しい姫君だから、手を出したくても出せない雰囲気でねえ…。」
「とっ…とっ、とっ…友雅さんっ!!」
天真以上に真っ赤な顔をして、どもりながらあかねが友雅を見た。
しかし、全くそんなことはおかまい無しで。
「いずれは頃合いを見て、と思うのだけど…私も八葉の役目があるし。男としてはねえ、結構厳しい我慢を強いられているんだけれど。」
「とっ、友雅さんっ!何言ってんですかぁーーっ!!!」
茹ですぎてしまったタコとか、熟し過ぎて弾ける寸前の真っ赤なトマトとか、屋台の真っ赤なりんご飴とか、パトカーのサイレンランプとか、例えようはいろいろあるけれど、つまりもう、肌色なんて面影もないほどの紅潮といえばわかりやすい。
今のあかねは、そんな状況である。それに加えて、心理状態もまた大混乱が続いて…何が何だかわからない。
「落ち着けよ。つーか…おまえ、何そんなにパニクってんの…」
呆れるように天真が言われるあかねを、友雅はと言うと笑いながら眺めている。

「いずれすべてが終わって…私も八葉の荷が下りたときには、天真たちにも紹介してあげるよ。私の最愛の姫君をね。きっと、驚くと思うよ?」
間違いなく、みんな驚いて彼女を見るだろう。
すぐそばでパニックに陥っている彼女が、その姿を現したとしたら。
「では、あとは神子殿にお任せするよ。それじゃあね。」
「ちょっ…ちょっと友雅さぁーんっ!!!」
叫びに似たあかねの声を背中で聞きながら、沸き上がる笑いをこらえつつ、友雅は土御門家を出た。

空には、すでに明るい星がひとつ輝いている。

…ちょっと意地が悪いな、と自分でも思うけれど…いつまで経っても気付いてもらえないのは困るんだよ。
ここはひとつ、自分と投影して答えを探してくれると嬉しいんだがね。
あかね姫が…君が、これから私と過ごして行く意味を、目を逸らさずに考えてもらわないと。
私が望む答えを出してくれる事を、祈らずにはいられない想いを、そろそろ分かってくれると良いんだけどね……。


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Megumi,Ka

suga