Trouble in Paradise!!

 第13話 (3)
そろそろ、良い時期だろうか。
随分と賑やかな部屋の外で、その喧噪が落ち着くのを友雅は待っていた。

天真にかなり言われ放題だった自分を、客観的に見てみるとおかしくなった。
噂は飛び火する方向によって、いろいろな花を咲かせてしまうようだ。
ある所では『既に二人は一緒に住んでいる』とか。別のところでは『既に新しく住む屋敷の建築を始めている』とか。
そしてここでは『既に彼女が孕んでいる』…か。
これらが全部事実ではないと知ったら、噂を広めた張本人はどんな気持ちになるんだろうねえ…と思いながら、友雅は部屋の戸を開けた。


「まだ日は上り調子なのに、今日はもう屋敷に戻ってしまったのかい?」
予想通り、一斉に全員の視線がこちらに向いた。表情は人それぞれであるが、一様にみな驚いているようだ。
まあ、さっきまで話題の渦中にいた本人が、突然姿を現したとなれば驚かないはずがない。
「おまえ…いつ、来たの?」
「妙なことを聞くねえ。今着いたばかりだよ。他に立ち話しようとも、皆ここに集まっていては相手がいないだろう。」
そう言われて、少し天真はホッとしたようだ。
さすがに彼も、あれだけ遠慮なく自分のことを言い放題だっただけに、もしや本人に聞かれていたら…と躊躇したのだろう。
ここは、可哀想なのでしらばっくれてやるとしよう。

「それはともかく、今日が休みで良かったよ。」
友雅はそう言ってから、視線をあかねの方へ向けた。
「ちょっと気分転換にでも、出掛けてみないかい?神子殿」
「へっ?こ、これからですか?」
「華やかな宴で、非日常的な時間を楽しむのも良いけれど、少し堅苦しかっただろう。だから、今日はふらっとね…宛てもなく出掛けてみるのもいいかなと思って、誘いに来たのだけど。」

どうしようか…。まだ時間は全然早いし、天気も良いし。出掛けても問題はないと思うけど。
と、あかねが躊躇している視線の向こうで、天真とイノリが何やら身振り手振りでアピールをしている。
おそらく、丁度良いから一緒に出掛けて、真相を聞いて来いとか言うんだろう。
でも、そんなこと聞けないだろうに…と思っていると、今度は藤姫たちがそわそわした目であかねを見ている。
"もしかして、藤姫たちも同じこと考えてるの!?"
こうなったら、出掛けないわけには行かないじゃないか。しかも、何も答えを持たずに帰って来るなんて、出来ないだろうし。

……はあ。ホントに疲れちゃう…。
溜息をついたあかねに、友雅はエスコートをするように、手を伸ばす。
「溜息なんか着くようでは、尚更気分転換をさせてあげなくちゃね。さ、おいで神子殿。」
彼に手を差し出されたら、それをはね除けることなんて、出来ない。


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ふらっと出掛ける…とか言いつつも、連れて来られた先は宇治川を望む、やや高台にある寂れた山荘だった。
放置したまま何年も過ぎているが、昔はこれでも結構良い佇まいだったのだと彼は話した。
そう、ここは友雅の山荘の一つである。修復が必要なほど老朽化してしまったから、身内の者は敬遠して寄りつかなくなったものを譲り受けたのだ、と言う。
「景色の眺めはなかなか良いところだから、いずれは立て直しても良いかな、とは思っているんだけれどね。」
古ぼけて色褪せた簀子に腰を下ろし、友雅は当たり障りのない話をしていた。
隣にいるあかねは…もう何度溜息をついているだろう。
自分の話にはきちんと答えを返してくれるが、どこかするりと抜け落ちてしまっているようで。
おおかた、さっき天真たちが話していたことで、気を揉んでいるに違いない。

「二人きりなのに溜息を付かれると…ちょっと消沈してしまうねえ。そんなに私といると、退屈かい?」
「え、あ…すいません、そんなことは全然ないんですけど…」
そう言いつつ、無意識のうちにあかねは溜息をつく。
「何か、私に言いたいことでもあるんじゃないのかい?君の話なら、いくらでも聞くよ。遠慮せず言ってごらん」
友雅が言うと、彼女はやや戸惑い気味の表情をして、あやふやな態度のまま顔を逸らした。
どうやってさっきの話を言おうか、さぞかし悩んでいるんだろう。
天真は結構突っ込んでいたし、こうして二人で過ごした後に帰宅すれば、皆に問い詰められるのは目に見えている。

「天真たちに、何て説明すればいいのか…悩んでいるんじゃないのかい?」
「えっ…!?」
これまであまり顔を上げなかったのが、その言葉を聞いた途端にあかねは即座に反応した。
友雅は、というと、そんな彼女を目の前にして、笑いを抑えながら言う。
「ごめんごめん。実はさっきの話、外でずっと立ち聞きしてたんだよ。」
「ええっ!?ホントですか!?」
「何やら面白そうな話をしているなあと思ってね。これは、立ち入るよりも外で聞いていた方が、本音が飛び出しそうだなと、耳を峙てていたよ。」
自分のことを言われているのに、全く動じずに、逆にそれを楽しんでしまうんだから…彼のその余裕は呆れ半分で羨ましさも半分だ。

「だったら、少しくらい助言下さいよ〜…もうー…天真くんたちに、何て言えば良いんですか?」
「私は別に何を言われても、気にならない質なんでね。」
気楽にそう笑いながら、彼があかねの身体を引き寄せた。

噂は尾びれを着けて、どんどん予想もつかない方向へ広がって行く。
ただ、普通に恋をしていたいだけなのに、周りはそれを許してはくれない。
それは、自分が神子であることも理由のひとつだが…それよりも、なによりも、この腕の主の存在が大きすぎるからだ。
肩を抱いて、後ろから抱きしめてくれる彼の存在が、人々の目を惹きすぎるから。

「全然身に覚えのないことばっかり、噂になっちゃってるんですよ?それでも良いんですか?」
「いいや、あかね姫に心を奪われているのは、紛れもない真実だからね。さすがに…天真の推測通りの展開はないけど、ね?」
「あっ…あたりまえじゃないですか…!」
さりげなく彼女の腹部を撫でた友雅の手の感触に、思わず声が上擦る。
可能性があるかないかは、本人同士がよく分かっている。
答えは……完璧なほどゼロだ。
「確かに、まあ天真の言い分なら話は早いけれど…こればっかりは身に覚えもないし、肯定するわけにはいかないね。」
「そりゃそうですよっ」
今更、キスで子供が出来るとか、コウノトリとかキャベツの中からとか…なんて話を信じていないし。
そもそも、この時代にキャベツなんかあるのか?ということは置いといて。

「仕方がない。直接私が出て行って、皆に聞こえるように言うしかないかもしれないな」
「友雅さんがですか!?」
抱きすくめられたまま、顔だけを振り向かせて、あかねは友雅を見上げる。
「当たり障りのないように、何とかごまかして説明するよ。こういうのは、本人が言った方が信憑性もあるだろう?」
「まあ、そうですけど…」
「適当に装って、適当に真実を合わせて、納得出来るように話してあげるよ。」
あかねの手を握りしめ、後ろから彼女の頬に唇を寄せて、庭先の楓の木を眺めた。
太陽の光が透けて、若々しい緑の葉が輝いている。

さて、何と言えば理解してくれるだろう。こんなにまで、彼女のことが愛しくてたまらない胸の内を。
しのび逢う時間は、恋心をあっという間に成長させてしまう。
ひと時だって、離れ難いくらいの大きさに。
「私はどんなことを言われても気にしないけど、もし、神子殿が不快に思う様な噂を聞いた時には、すぐに私に言いなさい。その時は、どうにかしてあげるよ。」
自分で手に負えないときは、帝の手も借りて何とか解決しよう。
彼女の表情が曇ることだけは、どうにかして防ぎたい。
「偽物の君でも、ここにいる本当の君でも、私には何ら変わりのない大切な姫君なのだからね。頼るのは、私だけにするんだよ。」
「…はい。」
うなづくように答えたあかねの首を、静かに後ろへと倒す。
上から覗き込むと、そこにはきらきらした瞳がふたつ、友雅を見つめている。
ゆっくり友雅の手が彼女の重心を傾けさせて、横たえる彼女を腕に抱える。
重ねる唇を、彼女は一切拒まない。


「……だから、私だけの……」
一度離した唇の隙間で、友雅の囁く声がする。
それに気付いて、あかねが閉じていた瞼をぱちりと開けた。
「どうしたんですか?」
「…いや、何でもないよ。いずれ、ちゃんと話すよ。」
友雅はためらいを押し込んで、言いかけた言葉を一旦封印した。
そして、気の乱れを誤摩化すように、繰り返し何度も彼女と唇の逢瀬を交わした。


もう少し…時が流れたら、閉じ込めた言葉を紐解こう。


-------------"私だけの君になりなさい"。



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Megumi,Ka

suga