Trouble in Paradise!!

 第13話 (2)
「友雅…殿が、ご結婚…?」
言葉の意味が理解出来ていないようで、血相を変えている天真たちとは裏腹に、藤姫はぽかんとしている。
すると天真は、背後にいるイノリを引っ張り出して来た。
「俺、町でコイツと逢ってさ、コイツの師匠の刀をお貴族さんちに届けるのに着いてったわけよ。そしたらさ……」
「そこの旦那がさ!友雅のヤツが帝の遠縁のお姫様と、近々結婚するらしいって言うんだよ!」
ちなみに、あとからの発言はイノリである。

「それは…まあ随分と突拍子のないお噂ですこと。」
既にパニックに陥っている二人を前に、藤姫たちははいつものように、鈴の様な声で笑った。
「あの友雅殿が、ご結婚なんて。引く手は数多でらっしゃるでしょうけれど、身をお固めになるなど…」
「お相手はその気でも、少将殿ご自身はそういうことには、全くの無関心でいらっしゃいますし。」
藤姫だけではなく、そばに居る侍女たちもまた、同じように笑い声を上げる。
どうやら、まったく信じていないようだ。
…まあ、言った方の天真たちも、友雅のことを思えば信じ難い展開ではあるが。


「お待たせー。詩紋くん特製のヤマモモジャムの完成〜!……って、あれ?どうしたの、天真くんもイノリくんも揃って。」
今日は一日休みにするから、ということで、天真はふらりと出掛けて行った。
1時間程前のことだ。
それなのに、何でイノリを連れて舞い戻って来たんだろう。
「丁度良かった!あかね、おまえ何か聞いてないか!?」
急に矛先が、あかねの方に向けられた。同時に全員の視線も、こちらに集中する。
やけに紅潮した天真たちの様子に、あかねの方も少したじろぎ気味になった。
「おまえ、最近友雅と出掛けること、多いだろ!?何か聞いてないか?アイツから」
「な、何か…って、何?」
友雅がどうかしたのだろうか。
まさか…怪我をしたとか、そういう重大なことではなさそうだけれど。
そんな中で、藤姫がニコニコしながら言った。
「神子様、天真殿とイノリ殿がおっしゃるには、友雅殿が近々ご結婚されるという噂を耳にされた、と申されるのですよ。」

さー…というのは、血の気が引く音だ。
が、その逆で、血の気が上がる音でもある。
下がったり、上昇したり。血液が身体の中で、何度も逆流していく気がした。
盆を持つ手が、妙な汗で思わず滑りそうになる。
「ど、ど、どこでそんな話を!?」
「イノリの師匠のお使いに付き合った先。」
「ど、ど、どんなとこ!?」
「えーと…何だっけ?式部省のお偉い方だって言ったかなあ」
そう言われても、よくわからない。
多分、顔を見たって覚えてはいないだろうけれど、式部省でも上の人なら昇殿可能なわけだし。
ならば、嵯峨野の宴に来ていてもおかしくないだろうし…。
来ていたとしたら、あの騒ぎを耳にしないわけだから、もしかしてそこで…?

「何かー、そのお姫さんってのが帝の遠縁らしくてさ。行幸の時にあいつを連れてったら、そこですっかり惚れ込んじまったんだってよ。」
"女のことになると鋭いヤツだよなー"なんて、天真とイノリは笑いながら言うけれど、あかねとしてはそんな余裕はない。
彼らは知らないだろうが、その話は自分たちのことなのだから。
おそらくバレてはいないと思うけれど、こちらとしてはヒヤヒヤしっぱなしだ。

「相手のお姫さんはまだ若いらしいんだけど、あっちもその気らしくって。あっという間に出来上がっちまって、帝公認ってことになったんだってさ。」
「は、はあ…そ、そ、そうなんだ…」
「何でおまえが、そんな動揺してんの?」
どきっとした。
みんなの視線が再び集中し、慌ててごまかす言葉を思い浮かべようとする。
「え?あ、何て言うかほら!あの友雅さんが、そんな…結婚まで考えるなんて、し、信じられないなあって!」
「まあなー。いろんな女のとこ転々としてるようなヤツだからなー」
…否定は出来ないだけに、そのイノリの言葉は、あかねにとっては少し複雑だ。

それにしても、本当に噂はあっという間に広まってしまうんだなあ…と改めて実感する。
もちろん、それだけ友雅が注目されているということなのだろうけど。
"そんな人なんだよねえ、友雅さんて。"
誰もが彼の視線の矛先を気にして、一瞬でも目を離せなくなるような…そんな人。
何だかそう思うと、とてつもない身分違いの恋をしているんじゃないだろうか、と考えてしまう。
優しいけど、優しくしてくれるけど…でも、それに対して自分は対等なことを彼にしてあげられているんだろうか。
思い付かないところが、やっぱり差がありすぎるのかなあ、と悩みのタネになる。


「ですが、式部省卿様がおっしゃるのでは、本当にそのお噂は真実でらっしゃるのかしら?」
これまでの話を聞いていた藤姫も、さすがに少し真剣に考える方向に意識が向いて来たようだった。
侍女たちも顔を見合わせては、怪訝な表情で何やらひそひそと話している。
「意外にホラ、早まっちゃったんじゃねえの?出来ちゃった結婚っていうか」
「はあ?何だよそれ。天真たちの世界じゃ、そーいう結婚があんのか?」
馴染みのない言葉を聞くと、イノリはすぐに意味を聞き出そうとする。
同じ朱雀である詩紋は…当然その意味を知っているだけに顔が赤くなった。

しかし、天真は結構こういうことにはあけっぴろげな性格だ。
「こっちにもあるだろ、それくらい。つまり、出来ちゃったから結婚ってこと。」
そう言って、両手を自分の腹の上に持って来ると、手前に曲線を描くようにしてゼスチャーをしてみせた。
言葉よりもボディランゲージ、というのは現代でも通用することだが、この京でも同じようだ。あれこれ説明するよりは、形を示せばすぐに理解できる。
ささやかに顔を赤くしたイノリも、一瞬で理解出来たようだ。
「な?友雅のことだし、あり得るだろ?」
「ま、まあ…そーだなあ…手ぇ、早いしなあ……」
照れ隠しで頭を掻きながら、イノリは天真の問いに答えた。

「あかね、今度友雅と出掛ける時があったら、直接聞いてみろよ?」
ふいに天真から声を掛けられて、それまで物思いにふけっていたあかねは、はっとして我に返った。
「…え?何?何の話だっけ…ぼんやりしてて聞いてなかった…ゴメン」
「ったくー。友雅の結婚の話に決まってんだろ。だから、今度一緒に出掛ける時に聞き出して来いっての。」
「何を?」
「結婚の理由。俺らは、絶対にアイツがお姫さんに早々に手を出しちまって、出来ちゃった婚って流れだと思ってんだけど。」
「なんですってぇーーー!?」
思わず、自分でも驚くくらいの大声で反応してしまった。
いったい、いつのまにそんな話に拡大していたのだ!?

「あり得ないでしょ!そんなの!」
「つーか、それ以外あり得ないだろ!あいつがそう簡単に、一人の女に入れ込むと思うかぁ!?」
だから、その言葉を返されると答えに困るから勘弁して欲しい。これでも少しは、胸が痛むのだ。
他人には分かってもらえないだろうけれど。

「今回ばかりは、帝の血筋のお姫さんだろ?いつもみたいに、その場限りじゃ済まされないだろうが。そうなったら、もう責任取って結婚しかないじゃんか。」
「ない!そんなのは絶対にないってば!」
「ってか、何でおまえがそんなにムキになってんだよ!?」
これまた返答に困る突っ込みだ。
あまりに事実とかけ離れた方向の話だから、本人の証言として断言しているのだが…本人とは言えるわけないし。
答えに戸惑っているあかねを、天真は胡散臭そうに覗き込む。

「まさか…おまえ、友雅に惚れてるとか言うんじゃねえよなあ…?」
「そ、それは…別にそういうわけじゃ…」
全然あるのだけど、まさかそうは答えられない。
天真は、畳み掛けるようにあかねに話す。
「おまえね、言っておくけどね、アイツはそーいう男だぞ?自分を大切にしたかったら、必要以上近付かない方が身のためだぜ?」
「天真殿…そこまでおっしゃっては、友雅殿に失礼でございますわよ。」
さすがに言いたいこと言われ放題の友雅が、気の毒に思えて来たらしく、藤姫がさりげなくフォローを入れる。

が、そのフォローを押さえ込んでしまうのが、結局のところ友雅自身だ。
「だってよぉ、藤姫は俺らよりずっとアイツのこと長く知ってんだから、どんなことしてたか分かるだろ?」
「それはそうでございますけれど……」
ここまで言われると、それ以上のフォローが出来ない。まったく、厄介な左近衛府少将殿である。
「ともかく、着かず離れずってことよ。あかね、自分を大切にしろよ?」
妙に大人ぶった態度で、天真は彼女の肩をぽんぽんと叩いた。

はあ……これじゃ、バレた時が厄介なことになっちゃいそうだ。
色々なことで、先が思いやられる恋をしてしまったな、と少し後悔してしまうけれど、それもやっぱり恋は止められない。



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Megumi,Ka

suga