Trouble in Paradise!!

 第13話 (1)
帝への謁見が済み、友雅は清涼殿を後にした。
その間、相変わらず各方面から声を掛けられたが、適当に当たり障りなく返事をしてやり過ごした。
紫宸殿前の橘と桜も、ますます緑を鮮やかに輝かせている。初夏の景色だ。

「さて…これからどうしようかねえ」
ここまで来たのだから、左近衛府に向かうのが道理というものではある。
しかし、せっかく八葉としての特別待遇で、堂々と自由に動き回れる立場。
やはり土御門へ、彼女の顔を見に出掛けようか。だが、昨日の今日では、あまりに狭間の時間が少なすぎるだろうか。
とは言え、今の自分にとっての中心は彼女だ。まず、第一に彼女のことが最優先。意識しなくても、自然にそういう考えが働くようになっている。
……これじゃあ、主上に面白がられても仕方がないな。
自分が第三者であるならば、さぞかし見物だろうと自虐的に苦笑した。


宛てもなく歩いていると、立ち話をしている輩の中に、見慣れた姿を見つけた。
皆、ほぼ同年代だろう。役職や官位が違うとしても、やはり同じ年頃の若者同士では話も弾むのか。
「こんなところで雑談とは、真面目な君としては珍しいのではないかな?」
「友雅殿…!」
急に鷹通が、驚いたようにこちらを振り返った。
背後から声を掛けたから、いささかびっくりさせてしまったかと思ったのだが、そういう表情でもなさそうだ。
「噂をすれば…ですね」
丁寧な口調の声が聞こえて、友雅はその後ろに視線を投げた。
そこにいたのは……晃李だ。

あまり、顔を合わせたくはなかったな、と思った。
彼の妙に落ち着いた雰囲気と、表面上は穏やかな物腰が友雅にはどうも苦手だった。何か、別の事を考えていそうな、利発そうな瞳も気にかかる。
悪意ならば刃を向けることも出来るが、そうでもなさそうなのが厄介だ。
「将来有望な若者が揃って、噂話かい?鷹通まで顔を突っ込むとは、随分と盛り上がる話題なのだろうね?」
「友雅殿、貴方のお噂です」
こちらの様子とは違って、硬質な口調で鷹通は答えた。

不味いな。いよいよ…鷹通の耳にも入ってしまったか。
しらばっくれるつもりで、髪を掻きあげながら視線を逸らした。
だが、生真面目な彼から逃げることは出来ない。
「随分とお噂が広がっております。どこまでが真実なのですか?」
「真実と言われてもねえ…。特に、嘘を付いた様な記憶はないのだけど」
「ならば、間違いないのですか?貴方が、とある姫君と婚儀を交わす約束をされているというお話は。」
迷いのない真っすぐな瞳で、こちらを見ている鷹通の背後で、黙って様子を眺めている晃李を、友雅は一瞬だけ見た。
相変わらず乱れのない構えで、友雅が何と答えるかを期待しているようだ。
「そうだねえ…。まあ、そのつもりではいることは確かだよ。ただ、いつになるかは分からないけれどね。」
友雅が答えると、それを待っていたかのように晃李が口を挟んだ。
「少将殿が直々にそう申されておるのですから、嘘や偽りではございませんでしょう?」
にこやかに彼は微笑んで、鷹通に声をかける。
鷹通に噂を吹き込んだのは、彼か。一体どんな理由で、噂を広めているのか。

「本当に…?」
信じられない、というような驚きの表情の鷹通に、肩を叩いて晃李は言う。
「ええ、そりゃあもう…先日の嵯峨野でお見かけした限りでは、お二人とも随分なご執心で。私のような若輩者は、顔を赤らめてしまうほどでした。」
かなり五割増な表現にも聞こえるが、あの宴の席であかねと直接向き合って話した彼には、そういう風に映ったのだろうか。
わざと誇張していたところもある。調子に乗ってしまった部分もあるけれど。
「友雅殿がご結婚…しかも、主上の遠縁の姫君とは…」
鷹通はこめかみにしわを寄せ、気難しい顔をしている。

それにしても、既にそこまで噂は筒抜けか。
まあ、清涼殿でも周知の事実だし、虚構とは言えど、退屈な日常の噂の種には充分すぎる。
晃李が、こちらを見て言う。
「可憐で愛らしい姫君で、私も羨ましい限りです。あかね姫も、少将殿に迎え入れられるとなれば、主上との距離も近くなるというもの。これからはさぞ、お幸せな日々を過ごされる事でしょうね。」
「あか……ね姫?」
ぴくり、と鷹通の目が瞬きをした。
「あかね姫、と申されるのですか」
「そうだよ。神子殿と同じ名前だね。つくづく、私には縁のある名前のようだよ。まあ、珍しい名前でもないけれど。」
さらり、と平然と友雅は答えた。

確かに…女人の名で"茜"というのは、特に目新しいものではない。
鷹通の血筋にも、そういう名を持つ者が何人かいるし、仕事で目を通す戸籍の文書にも、あかねという娘の名は数多く見受けられる。
少し、過敏に反応してしまったか。
まさか、いくらなんでも友雅が、神子であるあかねに手を付けるなんてことは……ない(と思う)。
「まだお若い姫君ですが、お綺麗な方ですよ。絹糸の様な、細く長い髪が優美な御方で。」
晃李があかねの事をそう表現すると、鷹通は少しホッとした。
友雅と比べたら随分あかねは若いけれど…髪は短いし。
やはり別人か…あたりまえだ。
その一方で友雅の方は、意外に髢は気付かれないものだな、と違う意味でホッとしていた。

「ともかく、噂は否定しないよ。今までの私とは切り離して、考えてもらいたいね。」
適当に話を端折って、友雅は鷹通に言った。
「おめでたいお話は結構です。将来をお約束した姫君が気がかりなのは、大変よく分かりますが…」
「はいはい、十分に分かってるよ。大切な姫君のためにも、気を緩めないと約束するよ。」
それこそが、最愛の彼女を守ることなのだから、わずかでも手を抜けるわけがない。
そう言えれば、きっと鷹通にも本心を理解してもらえるだろうが、まだ時期尚早であるから、ここは少し曖昧にしておくところ。

「その気になれば、右に出る者はいない友雅殿のお力に、神子殿も期待を掛けておられるのですから。」
晃李に聞こえないよう、小声で耳うちしながら彼が真面目に言えば言うほど、つい吹き出してしまいそうになる。
「分かったよ。八葉の一人として、神子殿の期待を裏切ったりはしないから、安心して良いよ。」
もちろん、八葉として、だけではないけれど。


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帝に招かれての一夜の宴は、楽しむと同時に慣れない空気に包まれて、あかねにとっては気疲れもあっただろう。
今日は一日、外出せずに屋敷で過ごした方が良い、と藤姫は気遣いの言葉を掛けてくれた。
特に疲れた感じはないけれど、たまにはのんびり過ごすのも良いかな、と思った。ここ最近、藤姫とゆっくり過ごすこともなかったし。
「そういえば、詩紋くんも出掛けてないよね。久しぶりに、一緒に厨房にお邪魔しちゃおうかな。」
間に合わせの食材を使って、詩紋と共に見様見真似で作る菓子は、藤姫達にとっては初めて見るものばかり。
いつも、その菓子の話題で賑やかな時が過ぎる。

……友雅さんと二人だけで出掛けるのも嬉しいけど、たまにはみんなでわいわいするのも良いよね。
あかねはそう思うと、西の対にある詩紋の部屋へと向かった。



「神子様方は、今日はどのようなものをお作りになって頂けるのでしょう?」
「私共の見たこともないものを作って下さるので、いつも本当にわくわくしてしまいますわね」
藤姫は母屋にあるあかねの部屋で、侍女達と共に雑談に耽っていた。
天気の良い昼下がりは、心地良い初夏の風を運ぶ。小鳥のさえずりも、木漏れ日で輝く池の水音も清々しい。

1時間ほど前から、あかねは詩紋とともに厨房に閉じこもっている。時々、侍女たちの声が漏れてきて、楽しそうな雰囲気が目に見えるようだ。
彼女たちが調理を終えるまで、藤姫は庭に咲く切り花を生ける。
夏の近い緑の葉は、生き生きと色濃くて美しい。

そんなのどかな雰囲気を、かき分ける様な音が廊下から響いて来た。
どかどかどか……床板を渡り歩く足音。
しかも、それが二人分。
「おいおいちょっと藤姫!友雅の話、知ってるか!?」
戸をがらりと開けたとたん、天真が大声を上げた。
「アイツが結婚するって、ホントの話かよ!?」
そしてその後ろから、イノリがまた大声を出して入って来た。



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Megumi,Ka

suga