Trouble in Paradise!!

 第12話 (2)
「主上?」
あれから三度ほど呼んでいるのだが、帝は小難しそうな表情を浮かべながら、時折眉をひそめたりしつつ考え事をしている。

急に真っ向からストレートな問いかけをされて、さすがに最初は驚いてしまった。
だが、ここは正確な事を伝えなくてはならないと思い、さっきから姿勢を正しているのだが…反応がなかなか返って来ないため、言い出すタイミングが掴めない。
「主上、如何なされましたか?」
「……あ?な、何だ?」
少し強めの友雅の声がして、やっと帝は我に返った。
「失礼ですが、何かご容態に問題でも?」
「いや、そういうことはないが…」
「ならば良いのですが。先程から、何度かお名前を御呼びしていたのですが、お気づきになられないようでしたので、如何なさったのかと。」
「ああ、すまん…少し、考え事が過ぎていたらしいな」
若干気まずそうに頭を掻きながら、帝はひとつ咳払いをした。

全く、考え過ぎも良いところだ。正気に戻って、改めて気付いた。
我ながら、想像を誇張しすぎる気がある。
神子が懐妊など…そんなこと、まだ事実と決まったわけではないというのに、何をそんなに慌てふためいて混乱しているんだ、自分は。
例え神子と友雅が男女の契りを結んでも、すぐにそういう結果が生まれるという保証も無く(逆に、生まれないという保証もないが)……正確なことは、まだ何も分からないのだ。
深読みすると、ろくな事が無い。
無駄な心労が増えるだけなのだ…と分かってはいるのだが、生憎これは自分の性分と言って良いのかもしれない。

「主上、先程主上が問われた件ですが。」
友雅は背筋を正し、こちらを真っすぐに見る。
そう、彼はこれから本当の事を告げようとしている。もう悩むのは、それを聞いてからで良いのだ。
既成事実があろうがなかろうが、その場になれば何とか答えは出せそうな気が…する(おそらく)。
帝は、友雅の口がゆっくり開くのを、じっと見た。
そこから、どんな言葉が出て来るのか…気付くと少しだけ身を乗り出していた。

「そのような覚えは、一切ございません。」
ためらいのない、しっかりとした声が響く。それは間違いなく、友雅の声だった。


「…隠したところで、済んだことならどうにもならんぞ。咎めたところで、変わるものでもなし。」
少々意地の悪い帝の言い方にも、友雅の返事は揺らぐ事は無かった。
「嘘偽りなく、そのような関係は一度たりとも結んではおりません。」
「まことか?」
「このような事態と併せ、私が絡んでいては、疑われて当然と自覚しておりますが…申し上げた事は事実でございます。」
いつも通りにかすかな笑みを含んで、彼は帝にそう答えた。
「自覚は出来ているようだな。神子はともかく、そなたが一番の不安の種だったのだよ。」
溜息のあと、帝は友雅を見た。
少なくとも、その表情はさっきよりもずっと穏やかで、いつもの帝らしい面持ちをしていた。

「昨夜、神子といろいろ話をして…まだそなた達が深い関係に達していないことは分かっていた。だが、神子はどうあれ…」
「私が心の熱に流されて、神子殿を手に入れてしまうかとお思いで?」
「そなたなら、それくらい容易いことだと思ったがな」
笑い声を絡めつつ話す帝の言葉に、友雅もまた苦笑いを浮かべた。
随分とこれまでは、無謀な事ばかりして来てしまったから、そんな風に思われても仕方がない。
しかし、新しい何かにめぐり逢った時に、変化というものは訪れる。
「神子殿は、これまでに出会った女人とは全く違いますので。」
「龍神の…神子であるから、か」
「勿論それもありますが…それよりも、私個人としての意味で、という事です。」



初夏の風が、御簾を留める飾り紐を揺らしている。
庭先から昼御座の中を通って、再び外へと流れて行く時、ふと残る青い草の匂いも清々しい。
帝に言われて、友雅は彼の傍らへと移動し、再び一対一で話をすることになった。
距離感が狭まったせいで、これまでよりも親密な話題に触れることが出来る。
少しだけ、肩の力を抜く事も許された。

「恥ずかしながら、主上がお思いになっておられる通り、これまでの私は他人との付き合いの中で、過去も未来も考えず…ただ現実のその場の事だけを見つづけておりました。」
友雅はこう切り出して、今まであまり口にする事の無かった話を、初めて帝の前で打ち明ける事を決めた。
それはすべて、自分の中に起こった変化のこと。
その変化を与えた、類い稀な出会いの中にいた、彼女のこと。

「一寸先、何があるか分からぬ世の中。そのように悟りを開いたようなことを考え、その時の楽しさに身を預ければ良いと。ですが、その考えを覆した唯一の女人こそが、神子殿でございました。」
時空のひずみから生まれた、めぐり逢い。
自分が知らない、別の世界で生まれ育った彼女の心が紡ぐ感情。それら全てが、考えた事も無い新しい何かを持っていた。
普通なら思い付かないことが、彼女のそばにいると生まれて来る。そして、それに触れられる。
彼女とともに新しいものを発見し、その傍らではしゃぐ姿に胸がときめき始めたのは…いつ頃だっただろう。

「その場で消化する楽しみではなく、次はどのような楽しみが待っているのか…という期待感、神子殿だけが、私にそんな気持ちを芽生えさせて下さったのです。」
「次に逢える時が楽しみになった…と」
「今日のあとは、明日。明日の次は明後日…と続くように、次の日が楽しみに思える。そうすると……更に逢いたくなる。共に過ごせる時間が増えれば増えるほど、その気持ちは強くなるもので。」
………だから、一緒にいたいと思った。
彼女と共に新しい何かに触れ、新しい彼女の表情を一番最初に見つけたくて。

「いつ、そんな風に神子を意識し始めた?」
「さあ…今となっては、いつだったのか。若者のような激しい恋の時期は過ぎましたからね。気付いた時には…私の中で彼女は神子という立場より、一人の姫君と同格になっておりました。」
珍しく友雅は、少しはにかむように笑った。
無邪気な笑顔も、素直な感情も、次にどんな表情するのか分からないから、見逃したくなくて離れられなくなる。
そばにいる時間が増えれば、その分彼女の細やかな仕草までもが目に映って。
すると、意外なことにも気付き始める。

「最初は、若くて幼い娘かと思っていたのが……」
確かにそれは今でも、彼女の中に存在している。だが、ふと見せる表情の中に潜む大人の面持ち。
見過ごしてしまう程の、瞬く間の姿。開きかける蕾が描く、未来の形。
その一瞬に、"少女"の中に"女"を見つける。
「おかしなもので、一度それに気付いてしまうと、そういうようにしか捕らえられなくなるというか…」
頭から離れられなくなる、意識。彼女が"女"であること。
そして、それを理解したあとに思うのは、自分が"男"であること。

男が女に恋い焦がれてしまうのは、当然の摂理。
そばにいたいのは、離れたくないのは、彼女が自分にとって"女"であるからだ。
最初は成り行き程度に考えていた八葉の立場だったのに、今になって彼女を命を懸けてでも護りたいと思うようになったのは、彼女が"女"で自分が"男"であることに気付かされたからだ。。
何もかもが、そんな理由で片がつく。
一度灯ってしまった恋の炎には、嘘を付けない。
「意識した時には、もう彼女は目の前にいる。距離を置いていれば冷静に考えられる事でも、近付いてしまえば…必要以上に意識してしまうもの。そうなってしまえば、戻る道など忘れてしまっていて、そのまま深みにはまって抜けられなくなってしまう。突発的に落ちる恋よりも、厄介な恋ですね。」
「なるほど…な。」
一言一言を噛み締めるように、ゆっくりと話す友雅の声に耳を傾けながら、帝は彼の表情をずっと眺めていた。

……友雅とは、結構もう長い付き合いとなるが、こういう風に自ら恋の話をするのは初めてのような気がする。
とにかく、華やかな話題には事欠かない男ではあったが、あけすけに語ることはなかった。
聞き出そうとする輩は多かったが、上手いことそれを交わして触れようとはしない。隠すというわけでもなく、だからと言って真剣な様子もない。
ひとつの噂が一周する頃には、新しい噂が生まれている、というくらい。
だから、彼が恋をするというのは、どんなものなのだろうか…と、そういう意味で興味があった。

「ふふ…こういう友雅を見ているのも、なかなか楽しいよ。」
腕を組んだ帝が、微笑ましくこちらを見ている。
「そうか。友雅が恋をすると、こういう事になるのだなぁ。」
「お戯れも、どうぞお手柔らかに。」
友雅は、そう切り返す。それを帝は、笑顔で受け止める。
並んで歩くことなどあり得ない。
二人の立場は永遠に変わることはないけれど、こうして私的な話を交わしている時だけは、少しだけ緊張を解いても良い。
それは間違いなく、信頼というものがお互いの中にあるからだ。

「しかし、神子の力は凄いものだな。鬼や怪しを払い除け、龍神や四神を操るということだけでも驚かされるが、何より…そなたをここまで盲目にさせる事が、素直に凄いと感服してしまうよ。」
「確かに…主上のおっしゃる通りかもしれませんね。自分でも不思議なほどに、今は彼女しか輝いて見えない。」
日差しがきらきらと水面を輝かせる色も、藍色の夜空に瞬く満天の星屑さえも、果ては雨上がりのしずくの輝きも、彼女の眩しさとは比べものにならない。

自分自身が、彼女を求めている。
未来の自分が、彼女と共にあることを望んでいる。
これからのことを、これからの二人のことを-------------考えている。


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Megumi,Ka

suga