Trouble in Paradise!!

 第12話 (1)
嵯峨野で迎えた朝は、心地良い涼しさを感じられたが、ここではそうは行かないようだ。
明らかに、季節は初夏。それに加えて連日の晴天ともなれば、朝早くの時刻でも日差しの強さを思い知らされる。

友雅は左近衛府には立ち寄らずに、そのまま清涼殿へと向かった。
帝から直々の呼び出しである。暗黙の了解で仕事は後回しだ。
とはいえ…今回ばかりは少し足取りが重い。呼び出された用件がおおよそ分かるだけに、何とも微妙な心境である。
「まあ、正直に説明するしかないだろうがね…」
そんな事を考えながら、友雅は宣耀殿の前に近付いていた。


「ええ、それはもう仲睦まじい限りで、見ているこちらが当てられてしまうほどだったと、そう申されておりましたわ。」
部屋の生け垣近くに咲いている、唐葵の鮮やかな色が目に眩しい。
御簾の向こうから漏れてくる、聞き覚えのある声は宣耀殿の女房たちだろう。過去に歌詠みに付き合った者が、何人がいたはずだと記憶している。
「特別な方にしか、お披露目されないとか。それほど、人に目にはさらしたくないというお気持ちが強いのでございますわね。」
「それにしても…まさか友雅殿のお相手選びに、主上がお力添えをなさるなんて、思ってもみないことでしたわ。」
…どうやらここも、噂の吹きだまりが出来ているようだ。
帝のおわす内裏の中であるから、ひとつのほころびがあれば簡単に伝達されてしまうのだろうが。
だからと言って、それが真実に辿り着いているかというと、全く違うのだから妙なものだ。

宣耀殿から紫宸殿を抜けて、清涼殿へと向かう道では内大臣に声を掛けられた。
「やあ、少将殿。兼ねてから耳にしていた例の噂は、真の事であったのですな。」
「生憎とそういうものには興味がないもので。一体、どのようなものなのです?」
一応しらを切ってみるが、彼の表情は満面の笑みだ。
「とぼけても、すっかり皆もお見通しですぞ。丹波の姫君を娶られる話、既に私の耳にも届いておる。しかもかなりご執心の様子で、嵯峨野でもかなりなものだったと、今しがた大納言殿より聞かされたばかり。」
どこまで拡大解釈されているか知らないが、自信満々で彼はそう答える。
覚えにあることもないことも、構わず噂は一人歩きしていく。
既に彼等の耳に入っている二人は、共寝など何ら珍しくもない関係に進展しているのかもしれない。

「さて、姫君の輿入れの予定は、もうお決まりですかな?」
「……さあ?そもそも、はっきりと決まったわけではないもので。少なくとも、夏以降になるのではないでしょうかね。」
すべてが終わったら。答えを出すのは、そのあとだ。
だから今は、一日でも早くすべてが無事に終わることが気がかりだ。

+++++

「主上、橘少将殿が御前に上がられます。」
やっと来たか。
友雅が姿を現す前に、帝はひとつ溜息をついた。
彼の事であるから、何故自分が呼び出しをかけたのかという理由は、気付いているだろう。
少なくとも、この清涼殿に車での道すがら、どこかでそれを聞きつけるに違いない。殿上人たちは老若男女問わず、噂好きが多いのだ。

しかし、その噂を招いた張本人は彼である。今回は甘やかさず、少々強く言っておかねばなるまい。
帝は周りの者を払わせ、外で待つ友雅を昼御座へと呼び寄せた。

「早朝より、失礼致します。」
薄緋の袍姿をした友雅は、帝の前に出てその場にひれ伏す。
だが、いつまで経っても帝は何一つ言わない。側近とも言えるほどの関係とは言え、さすがに彼の声がなければ、顔を上げる事も出来ない。
うつむいたまま、目に見えぬ帝の様子を想像してみる。
余程機嫌を損ねてしまったか…と思った次の瞬間に、やっと彼の声が友雅に向けて投げかけられた。

「友雅、私がそなたを呼び寄せた理由、分かっているだろうな?」
「……大凡の事は、それとなく察しております。」
「そうだろうな。ここまで噂が広まってしまえば、否応でもそなた自身の耳にも入ってくるであろうしな。」
ゆっくりを顔を上げてみると…やはり機嫌はあまり良くなさそうだ。
普段から感情に波を起こさない、比較的穏やかな性格をしている帝ではあるが、今日はそんないつもの柔和な表情ではない。

業を煮やした面持ちで、持て余していた扇をぱたんと畳む。
その先をすっと伸ばして、帝は友雅を差した。
「今回は、率直に尋ねるぞ。そなた、昨夜は神子と一夜を共にしたな?」
「仰せの通りでございます。」
「個別に部屋を与えたはずだが、それなのに神子の部屋で朝を迎えたと。」
「間違いございません。」
迷いも無く、きっぱりと答えおって…。
何かあってからでは困るから、とあれほど念を押していたにもかかわらず、それを無視したというのにごまかす気もないらしい。

別に、関係を結ぶなと言っているわけではなくて、時期を考えろという意味で何度も口を酸っぱくして言った助言は、何の意味も無かったという事か。
権威を振りかざしたくはないが、仮にも帝である自分の言葉を払うとは。
いくら懐刀とは言えど、この状況はあまり面白くない。

「ですが主上、恐れながら説明させて頂きますと、これには回避できぬ理由があっての事でございます。」
不機嫌そうに口を噤んでいた帝に、友雅が顔を上げた。
「理由?何だ…申してみるがいい」
男と女の一夜に、どんな意味がある。そんなもの……ただ一つしかないだろうが。
ごまかす理由で、ようやく思い付いたのだろうか?
取り敢えず、その話に耳を傾けてやるか、と帝は促した。



「……部屋の戸が開かなくなった、というのか?それで、神子の部屋から出られなくなったと?」
「色々と試してみましたが、開く気配がなく。出るに出られなくなり、仕方なく神子殿の部屋で朝を待つ事となった次第です。」
友雅は昨夜の事を、正直に帝に説明をした。
はっきり言って、信用してもらえるかどうかは微妙ではあるが、下手な小細工を仕掛けた嘘を言ったところで、それがバレたとしたら更に問題は大きくなる。
さりげなく目で伺う帝の表情は……やはり半信半疑、という感じだ。

「しかし、明け方に神子の支度のためにやってきた侍女たちは、問題なく戸を開けて部屋に入ったという話だぞ?何故、そなたが出ようとしたときに限って、戸が開かなくなるというのだ?」
「さあ、それに関しては何とも申し上げられませんが…事実ですので、これ以上のことは何も申し上げられません。」
原因が分かっていれば、寂しく独り寝で朝を迎えたはずなのだから。


果たして、友雅の言葉は真実なのだろうか?
他人が開けられるのに、彼だけが開けられない戸なんてものが、存在するなんて…素直には信じ難い。
もしや、友雅になついた怪しでもいて、彼らへの恋の手助けでもしたとか?
それはいくら何でも、突拍子も無い想像に過ぎないか。
「まあ良い。それで、だ。」
実のところ、問題は友雅が彼女の部屋で一晩過ごしたという、その事ではない。
そこで何があったかという事だ。
答えは○か×か、白か黒か、それしかない。
低俗な詮索であることは百も承知。しかし、ここまで来て黙ってはいられない。


「ええい、もうはっきり言おう!そなた、昨夜…神子と相見たのかっ!?」

---------言った。言ってしまった。
一国の主が、配下の色恋沙汰に深く突っ込みを入れるなど、下世話なことだと充分理解はしているが……気になって仕方が無いのだ。
二人の関係を知る者は、当の本人達以外には自分しかいないのだし、それに一応彼女を自分の身内(かなり遠いが)と指定した手前。
そういう深い間柄も知っておかなくてはいけないのが義務(だと思う)。

…もしも、本当に一夜のうちに二人が、深い仲になっていたとしたら。
激しい想いを抱いた二人は、堰を切った感情を止める術などなく、そのまま関係は深くなるばかりで…。
そしていずれ二人の間に……となったら、どうしようか?
鬼が怨霊を操り、京の町を穢す行為が続く中、その彼らに立ち向かう龍神の神子が、あろうことか八葉の子を身籠って戦うことになる…と?

ちょっと待て、いくらなんでもそれは無理だ!。
身体に子を宿した娘に、そんな危険な真似などさせられるわけがない!
だが、彼女の代わりになれる者はいない。八葉でさえも、神子がいなくては無用の長物。
友雅がそばにいれば…いや、だがそれでも彼女の安全は保証できない。
そのような中で最悪の結果など…考えたくもない。

例え彼女が神子ではなくても、母となる資格を得た女人には、全て健やかな将来を与えてやりたい。この国の主として、常にそう思う。
殿上人でも庶民であっても、穏やかでそれなりの未来を過ごして行けるように、そう国を養って行くのが自分の努め。
彼女もまた、そうやって生きて行かなくてならない。
危険な目に遭わせるなど……言語道断。
とは言え、ならばどうすれば京を護る事が出来るのだろうか。

友雅に問いかけたことなどすっかり忘れ、帝は自分の中で誇張された現状と未来のことを思いながら、頭を抱えて繰り返し考えていた。


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Megumi,Ka

suga