Trouble in Paradise!!

 第11話 (3)
嵯峨野にて、帝が頭を悩ませている頃---------ここは、四条。絶えることのない緑で彩られた屋敷の中。

「神子殿は、朝は小食なのかな?」
用意された朝餉の膳を前にして、あかねの箸があまり進まないのを見て、友雅が尋ねた。
客人を招くなんて滅多にないから、それほど豪勢な蓄えなど揃っていないと言いつつ、柔らかく煮た青菜入りの粥と、干した雉の肉と鮭楚割が添えられている。
「土御門家とは比べ物にならないくらい質素で、口に合わないかもしれないね」
「ううん、そういうわけじゃないですよ。ただ、ちょっと…何か、不思議な感じだなあって思って。」
あかねは答えたあと、朝日が差し込む庭に目を移した。

花の時期が終わり、屋敷を包む橘の木々は緑を増す。雀がさえずりながら、池と枝の間を飛び回っている。
「……これまでずーっと、土御門家で寝起きしていたから、他の場所でこうして朝ご飯食べてるのが、ちょっと新鮮っていうか。」
藤姫や天真、そして詩紋。時々頼久を交えて朝と夜の食事をして、朝一番に見るのは日本画のような華やかさを持つ、色とりどりの美しい庭の景色。
だけど今日は、そんないつもの景色とは全く違った場所で朝を迎えて、そして…目の前にいるのは、彼。

「その新鮮な感覚を、日常化してみたいとは思わない?。」
「そんな…緊張しちゃって落ち着きませんよ。」
土御門家だって、あかねにとっては他人の家だ。
緊張しないわけではないけれど、それでも自分がくつろげる居場所があることで、おそらくこの京で唯一気を緩められる空間。
だから、別の場所に居ると更に緊張してしまう。
「華やかな草花も少ないし、殺風景でつまらないかな?私の屋敷は。」
「そんなことないです。だって、こないだ詩紋くんと来た時は、庭中が真っ白な橘の花が満開で、すごく綺麗だったし。」
「唯一、そのわずかな時期だけだよ、うちの庭が賑やかに見えるのはね。だから、それを見逃したとしたら…あとはずっと冴えない風景が続くばかりだ。」
甘い香りにたなびく、小さな花びらが舞う季節。初夏の一瞬。

「他にも色々植えればいいじゃないですか。勿体ないですよ?」
あかねの生まれ育った現代なんて、庭付き一戸建てを夢見る人は後を絶たないというのに。例えそんな場所を手に入れても、庭なんて名ばかりの小さなスペースというのが殆ど。
屋敷の広さと変わらない庭面積なんて…都市部では憧れるだけのものなのに。
「神子殿がお望みなら、そうしようか」
「いや、別に私は強制したわけじゃないですよ?ただ、私の世界じゃこんな広いお庭なんて、普通じゃ考えられないから…って思って。」
友雅はゆっくりと立ち上がると、半間分下りていた御簾を取り払った。
部屋の中から、鮮やかな緑の庭が一望出来る。
「桜でも椿でも、牡丹や石楠花…山吹。何なら、土御門家から藤を一株ほど頂いて、挿し木しても構わないよ。好きなだけ、神子殿が満足するまで彩ればいい。」
「他人のお屋敷の庭を、勝手にいじったり出来ませんよ、いくらなんでも。」
笑いながら友雅を見上げるあかねを、振り向いて見下ろし彼は苦笑いの様な表情をする。

「やれやれ…神子殿よりもずっと、"あかね姫"の方が話が早いな。」
「え、どういう意味ですか?」
「神子殿は、もう少し勘が鋭ければ良いのにね、と思ったんだよ。」
ぴく、とあかねの耳が少しだけ、ぎこちなく動いた様な。
「それ、鈍感って言ってるんですかっ?」
怒ったようにあかねは尋ねたが、友雅は何も答えずに微笑みを返すだけ。
でも、それが質問を肯定しているのだと知って、ぷいっと顔を逸らした。

これまで何度も、そんな素振りを見せているのだが、一向にスルーされてばかりだ。
本当に気付かないのか、それとも冗談だと思われているのか。
いろいろな事が有り過ぎて、真剣に取り合ってはもらえていないのかもしれない。これもまた、単なる偽装工作の上での戯言だと。
芝居めいた台詞も、朝比名達の前で言った言葉も、すべて本心であるからこそ生まれた言葉なのに。
あかね姫を見初め、周囲など遠慮することもなく心を通わせられる、偽りの自分。
誇張されつつ広がった噂では、既に彼女を娶ることになったとか。

-------偽りの中とはいえど、そこにいるのは自分たちだ。それなのに、彼らが少しだけ羨ましくも有るなんて、全く妙な話だな、と友雅は笑った。

「笑いましたね?やっぱり鈍感だと思ってたんでしょう?」
いつのまにか目の前にいたあかねが、怒ったようにこちらを見ていた。
「…少なくとも、鋭いとは言い難いかな」
そのおかげで、未だにこちらはやきもきしているのだ。彼女はそんなこと、気付いていないだろうけれど。
「どーせ鈍いですよ。それくらい自覚してます。」
自覚していると言いつつ、指摘されて不機嫌そうなのが彼女の素直なところだ。
「そういうところも気に入っているんだから、そんなに拗ねなくても良いよ。」
彼女の両手を取って、そのままゆっくりと引き寄せて、抱きかかえながら姿勢を倒す。広がる青空と小鳥のさえずりを背にして、あかねが見下ろしている。

いつか…いや、近いうちにきっと、ごまかしのきかないような言葉で伝えてみせる。
偽りの自分たちが、いずれ我が身と一体になるために。
そう思いながらあかねの顎に手を掛けて、彼女の唇を奪った。

+++++

「神子様、おかえりなさいませ!」
結局土御門家にあかねを届けたのは、太陽が真上に差し掛かった時刻だった。
二人を乗せた牛車が到着し、先に屋敷へ戻っていた頼久が迎えに出る。
入口を上がると、待ちかねていたように藤姫が入口で出迎えた。
「友雅殿も、昨夜は神子様にお着き頂きまして、ご苦労様でした。」
「いや、私も神子殿のおかげで、久しぶりに楽しい宴を過ごさせて頂いたよ。」
普段ならば楽の演奏の他、あとは常に帝の傍らから離れられない。
時折席を立った際、どこぞの女官達と他愛ない時間を過ごす程度。宮廷の宴は結構堅苦しいものだ。
今回は帝の護衛を外されただけでも、気が軽い。それに加えて、あかねと二人の時間を過ごせたのも幸運。
あちらこちらから投げかけられる、物好きたちの目は少々邪魔ではあったが、終わってしまえば済んだこと。これも一種のサプライズと思って、楽しい過去の記憶として仕舞い込んでしまおう。

「では、私は失礼するよ。また、このような機会があれば、是非私に付き添わせて頂きたいものだね。」
友雅は入口でそう言うと、上がらずにそのまま土御門家を後にした。


昨日の今日であるし、もうこんな時間だ。今日は左近衛府への出仕は、休んでも文句は言われないだろう。
とにかく、昨夜の宴では気を揉むことが多すぎて、さすがの友雅も気苦労が絶えなかった。
あかねに手枕を貸しながら、少しの時間を眠りに費やすことは出来たけれど、それでもやはり疲れが少し抜けない。
昨夜のあとでは一人で床に着くのはつまらないけれど、取り敢えず屋敷に戻って今日は休もう。

しかし、そうはいかない問題が待ちかまえていた。

屋敷に戻ったとたん、侍女の一人が慌てて入口まで駆けつけてきた。
「殿!お戻りになられましたか!今し方、主上のお使いの方が文をお届けに参りました!」
「……主上から?もう嵯峨野から、お戻りになられたのかい?」
彼女から文を受け取り、友雅はその場で開いてみた。
中に書かれているのは……。

「急にどうしたっていうんだろうねえ…」
明日、早いうちに昇殿するように、ということだけ書かれている。
それ以外、詳しい事は明記されていない。よほど早急だったようだが…。
何か問題でも起こったのだろうか。
思い当たることは、もしかすると……あかねの部屋で一晩を過ごしたことか?
だが、それに関しては回避しようのない、突発的なトラブル故のことであるし。
それは、説明しなくてはならないだろう。

「ともかく、明日は早く上がった方が良さそうだな…」
どんなことが待ち受けているか分からないが、今日は大人しくこのまま休んでおく方が良さそうだ。

+++++

再び所変わって、ここは再び嵯峨野。
若い公達が数人、風に揺れる若竹の道を歩きながら話をしていた。
顔ぶれは、 権少進の桑本氏、律学博士の秋山氏、そして明法博士の朝比名晃李の3人。皆官位はそれほど高くないが、父が高位のために宴に呼ばれた者達である。
もちろん、普段より親しい付き合いのある面々同士。

「それにしても、上手く事が運びましたね。」
「屋敷の侍女たちは、朝からお二人の噂で持ち切りですよ。話し好きな彼女たちのおかげで、随分と話題は飛び火しているようです。」
「私が少将殿と話をしている時、秋山殿が池に投げた小石の波は、実に良い機でございました。」
満足そうに晃李が言うと、秋山は隣にいた桑本の方を扇で叩きながら言う。
「いやいや、そのあとの桑本殿が姫君の部屋の戸に仕掛け下さった、木片があってこそではございませんか。」
それぞれの役目を労いながら、三人は自分たちの策略の成功を喜んだ。

「昨夜、お二人がどのような夜をお過ごしになったのかは、正確にはわかりませんが…少なくとも惹かれあった男女の一夜、疑う者などおりませんでしょう。」
「直に侍女の数人が、光景を目にしている事実もある。少将殿が身を固めるつもりであるのは、十分周囲には広まったはず。」
「これで…我々も一安心でございますかな?」

若い彼等にとっては、これからどんな風に噂が転がっていくか、それもまた楽しみでもある。


***********

Megumi,Ka

suga