Trouble in Paradise!!

 第11話 (2)
明るい朝日が少しずつ昇り始め、池の表面をきらきらと輝かせている。
そろそろ水の中に暮らす、魚たちも目を覚ます頃だろう。

「姫様のお支度が整いましたので、お呼びに参りました。」
外の景色を高欄の隅で眺めていた友雅を、侍女が呼びにやってきた。
意外に早めに支度が済んだようだ。
あかねの部屋に戻ると、彼女はきちんと夕べ通りの袿姿でそこにいた。
「朝早くから悪かったね、ご苦労様。」
二人の侍女に労いの言葉をかけて、友雅はあかねの身体を抱き上げる。
「それじゃ、私達はこれで失礼するよ。」
「え?これからお発ちになられるのですか?」
朝とは言え、まだ夜が明けた、というくらいの時刻。
屋敷の中でも、起きている者など数少ないというのに、これから嵯峨野の山道を下りるというのか。
「人目がないうちにね、退散したいのだよ。夕べは散々なほど、好奇の空気にさらされてしまったものだから。これ以上、私の姫君の気を病ませたくはないんだ。」
どうやら、朝比名たちもここに滞在しているというし、父の綿墨はいざ知らず…息子である晃李の考えは読み取りにくい。
下手にのんびりしていたら、策略にはまってしまいそうだ。そうなったら、また問題は拡大する。
さっさと、この場から立ち去るのが懸命だ。
「主上には、昨夜お話を通してあるよ。まあ、後ほどお目通りの機会があれば、昨夜の御礼をお伝えして頂けるかい?」
「は、はい…承知致しました…」
そう告げた友雅は、あかねとともに部屋を後にした。


車寄には、既に頼久が待機していた。昨夜彼が言った通り、夜のうちに一旦土御門家に帰ったが、朝にはこちらに戻っていたようだ。
先に車へあかねを乗せたあと、屋敷の方を友雅は振り向いてみる。
白い煙は、厨房の方からだろう。朝餉の用意が始まっているに違いない。
それ以外は…変わった様子はない。まだ、朝が早い。
静かで澄んだ空気が流れている。

「頼久、悪いが先に私の屋敷に寄ってもらえないかな」
「友雅殿の…お屋敷ですか。何か、急なご用事でも?」
「いや、そういうわけじゃないのだけれどね。…ああそうだ、せっかくだから頼久も、うちで朝餉を取っていくと良いよ。」
急に、一体何故そんな事を言い出すのか。
友雅の考えていることが、頼久には全く理解できなかった。
土御門家に戻る前に、友雅の屋敷でしばらく待機しろ、という意味なのだろうが、何故そのようなことをしなくてならないか。

「藤姫様が、屋敷で神子殿のお帰りをお待ちです。共に朝餉を、と。」
まあ、そうだろう。何にしても、あかねのことが第一の藤姫だ。
しかし、それも現状による。
詳しいことは説明出来ないのが心苦しいが、念には念を押しておかなくては、何が起こるか分からない。
「悪いね。今日だけは、おおめに見てもらいたいんだよ。ちょっと、昨夜主上とのお話で、いろいろとあるものでね。」
「それは、お車の中では無理なのですか?」
「うーん…神子殿に目を通してもらいたいものが、屋敷にあるんだよ。そのこともあって、立ち寄ってもらいたいんだ。」

……もちろん、これはでまかせに過ぎない。
ただ、取り敢えずあかねが自分の屋敷に戻る、という状況を作りたいだけなのだ。

人の目は、どこにあるか分からない。
もしかしたら、この帰路の道のりを誰かが見ているかもしれない。
戻った先が土御門家では、意味が通じない。
丹波に住んでいるはずのあかねが、土御門家に身を寄せる理由がないからだ。
そうなったら…これまで帝と共に作り上げた、あかねの虚像が水の泡となる。
それはいくらなんでも、まずい。

だからと言って、何もない丹波に行くわけにもいかず…。
そうなると、彼女が身を寄せても自然なのは、友雅の屋敷だけ。
一人で暮している(つもり)の丹波には戻らずに、心を通わせた相手である友雅の屋敷に行くのなら、誰が見ても問題はない状況だろう。

「いっそ、本当にそうなら楽なのだけれどねえ…」
彼の独り言に、不思議そうな顔をしたが、友雅は"こちらの話だよ”と一言だけ答えて車に上がった。

+++++

野鳥のさえずりよりも、賑やかな声が屋敷の中に響いている。
支度を済ませた帝は、宰相中将と共に朝餉の用意を整えられた部屋へと向かっている途中だった。
通り過ぎようとしたそこは、おそらく侍女たちの詰所だったのだろう。
一日中、彼女たちの賑わいは途切れる事がなさそうだ。
そんな彼女たちの話し声を聞き流し、その場を去ろうとした時だった。

「では、少将様は姫様と……?」
「昨夜こちらに参られた時は、確かにお部屋は別だと申されておりましたのに。」
「それは…やはりお心が許なかったのではございません?離れて一夜をお過ごしになるなんて…」

………………。
帝は、足を止めた。
「主上、如何なさいました?」
急に立ち止まった帝の姿に、宰相中将が声を掛ける。
「すまないが、先に部屋へ向かってくれるか。私はあとから行く。」
突然の帝の申し出に、一瞬宰相中将は戸惑った表情を見せたが、朝餉の座は目と鼻の先だ。帝が一人で行き来するにも、何ら問題はないだろう。
宰相中将は言われた通り、先にその場を立ち去った。

そして、周囲に誰もいないことを確認し、帝は侍女たちの部屋の戸に近寄ると、中から聞こえてくる彼女たちの話に耳を峙てた。
今しがた聞こえた話が、どうも気にかかる。
友雅たちは自分がまだ目覚めぬうちに、明け方ここを発ったようだが。
かしましい侍女たちのさえずりは、戸をすり抜けて耳に入って来る。

「片時もお離しになり難いほど、お心を奪われておりますのねぇ」
「あの方の胸に抱かれて眠るなんて…彼の姫様も、それは心地良く安らかにお休みになられたでございましょう。」
「まあ、そうとも限りませんわよ。むしろ……寝不足になってしまうのではございません?」
「ウフフフ…そうですわね。だって、お相手があの少将様でございますもの。」
「はしたないですわよ、そのようなことを思い浮かべていらして。」
「いやですわ、貴女もまんざら嫌いなお話ではないでしょう?。」
「ともかく、少将様と甘美な一夜を過ごすなんて…夢のようですわぁ…」
「それを、彼の姫様は独占されているのですわね…」
「ああ、こうしてお二人の様子を思い出しても、頬が赤らんでしまいますわぁ…」
「さぞかし……ウフフフ…」

侍女たちの声が重なり合う部屋の前で、帝は一瞬くらっと目眩がした。
何とかふらふら頭を抱えつつ、その場を立ち去り部屋へと向かう。


「宰相中将、至急友雅の屋敷に文を届けてくれぬか」
朝餉の席に到着したとたん、帝はそこにいた宰相中将に向かって、そう言った。
「は?火急の用でございますか?」
「詳しい事は言えぬ。とにかく、明日の朝にでも清涼殿へ参るようにと、それだけすぐに伝えてくれ。」
「…は、はい承知致しました。」
宰相中将は慌てて、用意された朝餉に手を付ける前に部屋を飛び出して行った。

一人、御座に腰を下ろした帝は、はあ…と大きな溜息をついた。
何かやらかすのではないかと、少なからず危惧してはいたが…やはりただでは済まなかったか。
これならいっそ、別の対まで部屋を引き離しておけば良かったか。
いや、それでも友雅の事だ。思い立ったら、どうにでも覆すことなど可能だろう。
昨夜あかねと話した時は、そのような関係はまだないと明言していたが…。
「まさかそんな早く…ということは、まさか……なぁ…」
まさか一晩のうちに急展開してしまった、ということは………ないことをひたすら祈りたい、と帝は頭を抱えつつ思った。

「ああ、まったく次から次へと問題の多い二人だな…」
というか、問題の発端はすべて、友雅の行動次第なのだが。


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Megumi,Ka

suga