Trouble in Paradise!!

 第9話 (1)
「ですから、もう大概にして頂けませんかね。いくら宴の今宵、美酒に酔われて浮世の如きひと時を楽しまれているとはいえ、こうも大勢で押し掛けられて応対しているようでは、せっかくの嵯峨野の月をゆっくりと楽しめませんよ。」

部屋の外に寄せ集まる彼等に、少し呆れつつ友雅は言う。
だが、相手はなかなか手強い。そう簡単には引き下がるつもりはないらしい。
現にさっきから、ガンとして立ち去る気配もない。
「しかしな、これだけ風の噂で耳にする張本人が、こちらにいらっしゃると言われると、どうしても好奇心というか興味が治まらないのでなあ?」
「なあ、ひと目だけでも、お目に掛けてご紹介頂けませんかの?橘少将殿が見初められた、唯一人の心の姫君のお姿を、拝ませて頂きたいものよ。」
さあさあ、と言わんばかりに、部屋の外で彼らは中を覗き込もうとしている。

困ったものだ…。
主上の口添えのおかげで、今宵は堂々と二人で過ごすことが出来ると思っていたが、これではいつもより酷いじゃないか。
神子と八葉と立場を偽りながら、何度も二人だけで出掛けた京の町。
喧噪から抜け出す道を覚えて、人知れず丘や野の山を彼女を連れて歩く方がよっぽど自由だった。
……早く、この龍神の加護がなくなってくれればねえ…。
そうしたら、いくらでも見せびらかしてやる。
彼女こそが、自分の選んだ姫君であると。

「そなた等、そんなところで一体何を騒いでおるのだ?」
どうにかして部屋に入る隙を、伺い続けている面々の背後から声がした。それは、誰もが背筋を伸ばす、特別な声。
「主上…!こ、これはまた、このような場所においでになられるとは、如何なされたましたか?」
「それは私が聞きたい。大の男が何人も揃って、女人のいる部屋に押し掛けるとは、いささか無礼とは思わぬか?」
さすがに帝の言葉が掛かると、それまで随分と押しの強かった大納言たちも、あっさりとその場にひれ伏して頭を垂れた。
その合間に、帝は友雅に扇で合図を送る。友雅は、それに軽く会釈をした。
「…ともかく、そなた等は下がられよ。もう夜も更けて来た。嵯峨野の山道は思ったよりも暗く、足場が悪い。屋敷に戻るならば、月明かりが頭上にあるうちに出た方が良いぞ?」
帝の言葉に、友雅もまた我に返った。
もう、そんな時間か。そういえばいつの間にか、あちらこちらの賑わいも落ち着いて来ている。そろそろ、宴も終わりということだ。

しかし…ここでまた一つ、突破しなくてはいけない難関が有る。
この、目の前にいる輩がこれから帰路につくとなると、車寄せには大勢の人々が行き来を始めるわけで。
そこにあかねを連れて行くことは…つまり、大混乱を招くのは目に見えている。
時間をずらして、連れ出すしかないか。
少し、屋敷に着くのは遅くなってしまうけれども、仕方ない。

友雅がそんなことを考えていると、帝の顔がこちらを向いた。
「友雅、姫君の部屋は既に用意してある。連れて行ってやってくれ。」
「……はい?」
何を言っているのだろう。あかねの部屋を用意した、とはどういう意味だ?
急に帝から投げられた言葉に、唖然とした友雅を周囲の者たちも不思議そうに見上げるが、彼とて全く意味不明なのだから、どうする事も出来ない。
「何をぼんやりしている?友雅らしくもない。姫の寝所を用意させたと言ったのだ。そこまで案内してやって欲しいと告げに来たのだよ。」
どうして、そんな話になったんだ?
宴へ招くという文の内容はあったが、屋敷に泊まらせるという話は見当たらなかったが。それとも、今になって急遽決まったことなのだろうか。
ならば…何故そんな展開に?

「ひ、姫君は、今宵はこちらにお泊まりになられるのですか」
驚いた様子で、周りの輩たちが様子を伺う。すると帝は、当然だという顔つきで彼等を見ながら答えた。
「遠縁とは言えど、私の血筋でもある姫君だ。この夜更けに丹波の里へ、一人で帰らせる訳にも行かぬ。明日、改めて友雅に送ってもらうつもりでいたのだが。」
「さ、さようで……」

「ちょ、ちょっと…友雅さん…っ」
ひそめた声が、かすかに几帳の向こうから聞こえる。振り返ると、そっとあかねが顔を出して友雅を呼んでいた。
「あの…どういうことなんですか?私、ここに泊まるなんて話、はじめて聞いたんですけどっ…」
あかねが戸惑うのも当然だ。友雅でさえ、状況が全く把握出来ていない。
果たして帝が、それなりの理由があって決めたことなのか。それとも、取り合えずこの場の空気を整えるための、単なる口先だけのハッタリなのか。
確かに、暗い夜の山道を下るのは、少し危険ではあるけれども……。
「さあね…私にもさっぱりよく分からないよ。でも、主上がおっしゃることだからね。うなづいていれば間違いはないと思うけれど。」
次から次へと事件が転がって来る。落ち着きのない夜だ。

「では、皆はもう下がれ。私は、これから少し姫と話をしたいのでな。」
帝が友雅たちの部屋に入ろうと足を進めると、彼らは慌ててその場から身を避けた。
そして、入口に辿り着いた帝は、そこに立っていた友雅の肩を軽く叩くと、背を向けたまま片手で部屋の戸をぴしゃりと閉めた。

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「というわけでね。今宵はここに泊まって行くと良い。」
ようやく落ち着きを取り戻した部屋で、あかねを目の前にしてその場に腰を下ろした帝は、微笑みながらそう言った。
どうやらさっきの話は、嘘やごまかしの手法の一環ではなく、本当の話だったらしい。
「しかし、主上…急にどうされたのです?そのようなお話は、事前には伺っておりませんでしたが。」
友雅が尋ねると、やや困ったような顔つきをしながら、ひとつ溜息を交えて帝は口を開く。
「仕方あるまい…。想像以上に、神子に対しての皆の興味は大きなようだ。このまま、あの面々と共に帰路に着いたとして、後を着けないとも限らん。」
元々、丹波の里など最初からあるわけないのだし、辿り着いたそこが土御門の屋敷だと知られたら…また最初から偽装工作のやり直しだ。

「取り敢えず今夜は、ここでゆっくり過ごしてもらうとして…明け方になったら周囲の様子を伺った上で、そっと立ち去るようにな。それに関する事は、すべて友雅に任せるよ。」
……?
思わずあかねは、隣にいる友雅の顔を見ると、丁度彼と視線がぶつかった。
「主上。ということは、私も今宵はここに滞在するようにと?」
「そのつもりだ。何にせよ、おまえしか神子の盾になる者はおらぬだろうが。」

"この屋敷に、友雅と、一緒に、泊まる………"
「おっ、おっ、主上っ……そ、そ、そ、そ、それはそのっ……!」
顔の熱が、サーッと頭のてっぺんまで上昇していく音がした。
竹林に覆われた嵯峨野は、初夏と言えども涼しい夜風が漂うはずなのに、あかねの周りだけは熱帯夜のようだ。
別に…一つの部屋で朝まで一緒に、というわけじゃない…のだけろうけれども。
何なんだ、この、自分でも驚くくらいの過剰な反応は。

「それは願っても無い、有り難きお心遣い。心から感謝致します。」
「はぁ!?」
いきなりそんな事を言い出した友雅を、あかねは声を裏返して見上げる。
「例え一夜のわずかな時間と言え、最愛の姫君と共に過ごせることは、至福の一時と言えるものであるかと。」
どうしてこうも、あっさり肯定してしまうんだろう。
こっちはもう、動悸は乱れるわ血流はどくどく鳴り響いているわ、顔は熱いし喉は乾くし…と散々な状況だと言うのに。

「言っておくがな、友雅。そなたと神子の部屋は、別だからな。」
さらりと一言、帝の声が響いた。
「当たり前だろう。いくら好き合う者同士と言えど、そなたたちは京を護る神子と八葉の一員なのだぞ?それを忘れられては困る。」
友雅を窘めるように言った言葉は、生憎と彼の期待をはね除けてしまったようだ。
…そりゃあそうだ。
まさか、こちらからそんな好都合の環境を、提供するわけにはいかない。
「二人だけの部屋で一晩など…どんな状況になるか目に見えていることだしな。」
「おっ…主上っ!!そ、そんなことはっ、私たちそんなことはっ……!」
友雅が平然としている隣で、彼女はいつも全く正反対の反応を見せる。
それは照れ隠しなのか、それとも本当に何も進展はないのか…。
顔を紅梅のような色に染めて、慌てふためく姿はまさに初々しいのだが。

「ま、それはまた別の話として…。少し、神子とゆっくり話してみたいことがあったものでね。宴の席では騒ぎに巻き込まれてしまって、そんな時間も取れなかったし。だから、ほんの少し長い夜を一緒に語り合いたいと思っていたんだよ。」
「は、はあ…そう、ですか…」
笑いながら語る帝の言葉に、やっと動揺が治まり始めた。とは言っても、まだ顔は赤いだろうけれど。
「友雅には悪いけれどね。少しだけ、神子の時間を貸してくれないか?」
帝は友雅にそう尋ねてから、もう一度真正面のあかねを見る。
「なあに…別に、深刻な話ではないよ。気楽に構えていて良い。友雅と違って、私は早まったことなどせぬと約束するよ。」

それは一体、どういう意味だ。
つまり、帝には自分と友雅が既に、そういう関係に進んでいると思っている…のか!?…とんでもない誤解だ。
そりゃあ、第一段階は既に超えてはいるけれども、そんなところまで辿りつくのは…まだ、多分ずっと先のこと…だ、と思うのだが。でも、いつかは……?
再びあかねの目が、くるくると回って来た。目だけではなくて、頭の中も回転している。熱まで上がって、もう意識は混乱寸前だ。

「そのようなお言葉を賜ることになろうとは、思いもしませんでしたが。」
「他の者ならともかく、おまえだから言わざるを得ないのだよ。」
溜息まじりに答える帝の声に、苦笑している友雅の顔を、頬を染めたあかねがぼうっと見つめていた。


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Megumi,Ka

suga