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Trouble in Paradise!!
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| 第8話 (2) |
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「しかし、随分と仲睦まじくて羨ましい事よの。あれだけの噂が広まるのも、理解出来るというものだ。」
朝比名が笑いながら言うと、それを聞いたあかねは、おどおどとした目で彼を見た。
「あ、あのー…そんなに、噂って凄いものなんですか?」
この噂の主人公のはずなのに、随分と他人事のような聞き方をするものだな、と朝比名は思ったが、彼女の素性を思えばそれも仕方が無いのかもしれない、と考えを改めた。
身内を失って、丹波で質素な暮らしを続けるという彼女だ。皇族にゆかりがあるとしても、遠縁では裕福な加護も受けられないだろう。
友雅か帝かの温情がなければ、こんな輩たちの集まる場所に出る機会は無いに違いない。
その証拠に、今さっき友雅も言ったばかりだ。
『宴の席に出るのは滅多に無いから、少々緊張しているのだ』と。
ならば、こんな浮世話も、なかなか耳に入らないのだろう。ましてやそれが、自分にかかわる噂であろうとは。
そんな事を考えながら、彼はあかねの顔を見る。廃れていない、子どものように綺麗な瞳の姫君だ。
俗世の澱みに浸り切った立場から見ると、その瞳の輝きは惹き付けられるのかもしれない。友雅も、そうだったのだろう。
「はは…貴女の知らぬところで、随分と噂は盛り上がっておりますぞ。京でこの噂を知らぬ者を探す方が、さぞかし難しい事ではないだろうか。なあ、晃李?」
父に話を振られた晃李は、ちらりと一度友雅を見た。
「ええ、確かに。あの橘少将殿が想いを寄せた相手ということで、皆最近の話題はそればかりです。それほど、お二人の関係は注目されているということでございますよ。」
隠していたはずなのに、どうしてまたそんな事に…。
あかねは驚いて友雅の顔色を伺ったが、彼は全く動じることもなく微笑みを返す。
"そんなこと、何でも無いことだ"と言わんばかりに。
晃李が話を続ける。
「今まで多くの華やかな話題を流した少将殿でございますからねえ。そんな御方がご自分からかなりのご執心とは。ついに、身をお固めになられる相手を見つけたのではと、もっぱらの噂でございますよ。」
「ええっ!?そ、そんなことはないですよ…!ま、まだ…そこまでは…」
伝達を続けて行くうちに拡大解釈を重ね、ついには全く違った話になっていた…なんて事は、よく聞く話ではあるけれど…。
自分たちの噂も、これでは更にとんでもないことに発展してしまうのではないだろうか。あかねはハラハラしてきた。
そんな複雑な心境を知らない朝比名は、穏やかな笑顔を浮かべて二人の姿を眺めて口を開く。
「いや、まんざら遠からずの話題ではないのでは?失礼ながら、先程部屋の外まで聞こえて来た会話では、随分と少将殿はその気になっているご様子とお見受けしたがな?」
………!あかねは、はっとした。
もしかして、さっきの話を本気にされてる…!?
ただ、打ち合わせの練習をしていた折りに、彼が芝居がかった冗談を言っただけの事だったのに。
まさか聞いている人がいるとは、夢にも思わなかったけれど。
でも…こんな噂の渦中にあるとすれば、そう思われても仕方の無いことなのかも。
が、でも…なんというか…。どうすればいいだろう。
完全にパニックしかけている。噂の広がりも、自分の偽の素性についても、混乱の種が多すぎる。
「ほら、ごらん。第三者である朝比名殿の方が、ずっと素直に私の心をご理解して下さっているようだよ?」
急に、友雅があかねの肩を引き寄せた。
「私としてはね、朝比名殿がご想像の通り、既に心は決めてはいるのだよ。だが、なかなか姫君はうなずいて下さらなくてね…。しびれを切らしていると言ったところかな。」
「と、友雅さんっ…それはっ……」
友雅の腕に抱えられて、顔を真っ赤にしたあかねを見ながら、朝比名たちは穏やかに笑いを浮かべる。
彼らは何の疑いも持たず、友雅の言葉をそのまま解釈してしまっているようだ。
「見た所、まだお若い姫君とお見受けする。少将殿のおっしゃるようなお言葉に、照れておられるのではないかな。」
「それもまた愛らしいとは思いますが、やはり想いを受け止めてもらいたいという衝動は、なかなか消せるものではありませんのでね。」
背中を支えた彼の手が、手前へと持ち上げられるように、突然力を込めた。
そして、友雅はあかねの肩へ顔を近付けて、身体ごと抱きかかえる。
「ちょっ……と……」
彼の肩越しに、呆然とこちらを見ている朝比名たちの顔が見えて、赤くなった顔から今度は火が飛び出そうだ。
「あまり狼狽えないで。もっと堂々として。」
あかねの耳元で、ひそめた友雅の声がした。その声に、あかねもまた、ささやかな声で答える。
「……だ、だ、だってそんなこと言われてもっ…話がどんどんわけ分からない方向に行っちゃって…」
「君は『橘少将に見初められた姫君』。ちゃんと覚えてる?」
そりゃ、覚えてはいるけれども。さっき何度も聞かされたことだから、忘れているわけないけれど。
「それじゃ、私が加勢してあげるから、あとはそれに上手く口裏を合わせて頷けばいいよ。分かったね?」
「…わ、わかりました…言う通りにしますっ…」
もう何がなんだか。
混乱してしまって、せっかく覚えた事も冷静に応対出来なければ水の泡だ。
しかも帝が(咄嗟の思いつきとは言え)築いてくれた隠れ蓑。それを無駄にするわけにはいかない。
この際、あとは友雅にすべて任せてしまおう。彼ならきっと、最悪の結果だけは退けてくれるに違いないだろうから。
「朝比名殿、晃李殿、どうかお二方も、是非この姫君に私の心を受け取って頂けるよう、お願いして下さいませんかね?」
彼は二人にあかねを見せるように、背中を少し押し出す。
いきなり、朝比名たちの視線を浴びたあかねは、どうしたら良いのか声も出ない。
「ん、まあでも…そのような事までしなくても良いのではないかな…。姫君も、心中では少将殿のお気持ちを嬉しく思っておられるのだろう?」
びくっと身体が震えたのは、更に視線が一つ増えたせいだと思う。
朝比名と、晃李と、それに加えて隣の友雅の視線まで…それらが自分に集中されていることに、あかねの神経に緊迫が深まる。
『もう…友雅さんまで、そんな目で見ないでよー……』
答えなんか、全然思い浮かばないのに。
「少将殿の姫君は、恥ずかしがりでいらっしゃるようで。お気持ちも言葉では綴ることが出来ぬのでしょう。」
顔を上げると、晃李があかねを見ながら微笑んでいる。
「思っていても、言葉が見つからぬとか。嬉しさが溢れる想いこそ、それを表す言葉を選ぶのに苦労してしまうとか。そういうものではありませんか?」
「あ?は、はい…そうなんですっ!そ、そういうものなんですっ。ぴったりの言葉が見つからなくって…だから答えられないんですっ!」
思い切り力いっぱい、あかねは彼の言葉にうなずきながら答えた。
それはもっともな答えだったと思ったのだが……急に三人は声をつぐむ。
一瞬、部屋に静寂が流れる。
……え、何か私、変なこと言っちゃった……?
慌てて口を塞ごうとした、その時。朝比名が扇で口元を隠しながら、高らかに笑い声を上げた。
「それ、ごらんあれ。姫君はすでに、少将殿のお心を受け取っておられるようだ。思い悩むこともあるまいに。」
……は?ど、どうしてそういう答えになっちゃうの?
そんなこと言った覚えなどない…はずなのに、どうしてまた?
振り向いてみると、そこにいる友雅もまた笑いを堪えている。
「言葉が見つからないので、答えられなかったと申されたでしょう。嬉しいという表現の言葉が見つからないから、だと。」
三人が、笑いながらこちらを見ている中で、今の晃李が言った言葉を組み立て直してみた。
……あ!
「あ、あ、あのっ、いや…その、あの……っ」
動揺して言葉が綴れない。
嬉しいと、答えてしまったということは…つまりさっきの友雅の申し出を受け止めたということで。
とどのつまりは、告白タイムで手を握っちゃいました、みたいな?
晴れてカップル誕生おめでとうー!みたいな…って、そんな…今更。
いや、でも既に何と言うか、気持ちだけは成立してはいるのだけれど。
それは真実で…でも、この状況は偽装で。
あれ?一体何が正解だったんだっけ?
首を傾げたあかねの顎に、友雅の手がすっと伸びる。
「口を滑らせたとしても、その言葉こそ私が聞きたかった一言だ。これでようやく、私の心は報われるよ。」
あろうことか、目の前に二人も赤の他人がいるというのに、友雅の顔は容赦なくあかねの顔に近付いてくる。
まるで、その唇に引き寄せられるかのように。
「あー…非常に仲むつまじいのは結構なのだが……」
咳払いをしながら、さりげなく目線を反らす朝比名の声がした。
その後に、晃李の声が続く。
「独り者の若輩者と、人生の謳歌を越えた父にとっては、いささか刺激が強すぎるようでして。出来ることでしたら、続きはお二人だけの時にお願いできませんでしょうか?」
晃李は笑いながら言うけれど、あかねの鼓動は乱れまくりだ。微妙に唇が感じた、友雅の吐息の感触も消えない。
「ああ、失礼しました。つい、嬉しさのあまりに我を忘れてしまったようで。」
ようやく彼の手が顎から離れた。
まったくどこまで冗談なのか、本気なのか……。
本気なら、それは嬉しいに他ならないのだけれど。
でも、今はまだ、隠れながら心を通わせる事しかできない二人。
いつか、晴れて縛るものが消えた時が来たら……その言葉の真相を聞いてみたい、なんて。
やっぱり心のどこかでは、期待しているのかな、と思う。
波打つ自分の鼓動を感じながら、熱くなる胸の内にあかねは語りかけてみた。
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