Trouble in Paradise!!

 第7話 (3)
「では、もう一度繰り返してみるよ。神子殿は、主上の祖父殿の皇后様の父上の妹君の二の姫の三の姫の孫君…と、まあこれはもう良い。取り敢えず、遠縁すぎて分かりにくいから、とごまかしてしまおう。」
「はあ…お願いします。何度言ってみても、さっぱりよく分からないです…」
「そりゃ、ね…。確かにこれじゃ、殆ど他人だ。」

二人きりに戻ってから、友雅とあかねはこんな調子を繰り返している。
何度も、帝が言ったあかねの設定を頭に叩き込もうと、お互いにそれらを反芻し続けて、もう4度目だ。
だが、こういったシミュレーションを重ねておかなくては、またいつ予想外の事が起こるか分からない。

「じゃあ、私が尋ねてみるよ。『貴女は、どちらの御方なのかな?』」
「えーと…『私は主上の太公様の遠縁にあたります。しばらく前に両親が流行病で他界し、丹波の里で暮らしておりました』」
友雅は、あかねの答えに笑顔でうなづいた。
躓かずに今のような感じで、すらりと口に出来れば疑われる事はないだろう。

「さてと、それじゃ次だ。『橘少将殿とは、どこで知り合ったの?』」
その質問に、あかねは思わずぎくっとした。
これまでのは、自分の素性と生い立ちについての設定だったから、ただ覚えればそれで良かったのだけれど、今回の質問は…直接二人に関わって来る事だから、妙にリアル感を覚えてしまう。
「え…えーっ…と…『丹波の里に…主上が行幸の際にお立ち寄り下さって…その時に…は、初めてお会いしました…っ』」
間違っていないよね?と、妙にドキドキしながら友雅の顔を見る。すると、彼はその答えに満足そうに微笑んで、あかねを見た。

「はい、正解。それじゃあね、次。『それから、どうしたの?』」
「え?何ですか、その質問…」
「『それから、どうやって橘少将殿と、深い仲になったの?』」
あ、また無性に鼓動が早まってきている。
それなのに、友雅は妙にニコニコしてあかねの答えを待っている。
「そ、そんな質問は別に…いいじゃないですかっ」
フェイクな答えはさっき初めて知ったけれど、それよりも真実を知っているから…口にするのが照れくさい。
架空と現実が、変なところで一緒になってしまいそうな気がするから。
だが、友雅はその問いかけを止めてはくれない。

「さっき、主上が言ったよね。『行幸に帯同していた橘少将殿が……』どうしたって言ってた?」
「『み、見初めて…下さいました……』ですか…?」
心音が乱れて、一言を口にするだけで気恥ずかしくて仕方がないのに、友雅の方はずっと余裕で構えていて、こっちとは正反対。
彼はあかねの肩を、ぽんと叩いた。
「はい。合格。これで覚えたね?あとは、誰かに聞かれたり会ったりした時には、なり切って演技するしかないね。」
残っていた盃を手に取って、彼はその酒を飲み干した。

「あのー………それ、絶対に嘘っぽいと思うんですよねえ…」
あかねはオレンジ色の杏を、ひとつつまんで口に放り入れてみる。
生で食べる機会などなかった杏の味は、思った以上に甘酸っぱいけれど、爽やかで美味しかった。
「何が?」
「何がって…その一番最後の質問。最初聞いた時から思ったんですけど、『友雅さんが見初めた』って、どーもおかしい気がします。まだ、逆の方が真実味があるんじゃないかと思うんですがー」

どう考えても、至って普通の自分を、友雅の方が見初めるなんて、あまりに現実離れしているような気がする。
周囲を理解させるのであれば、あかねの方が友雅に惹かれたという設定の方が、誰でも信用しそうだと思うが。
「それじゃ、どう変えれば良いの?そのまま逆に?言ってごらん。」
「え?えーと…だから…私が……」
友雅に切り返されて、あかねはよく考えてみた。
ええと、そうなると…答えは『私が、友雅さんを見初めました』………?
そんなの、まるで面と向かって告白してるようじゃないか!
そんなの…彼を前にして恥ずかしくて言えない。少なからず、真実であっても。
「答えに詰まっているようでは、ますます怪しまれてしまうよ?」
だけど、そう言われても…。

「…やっぱ、良いです…。どっちみち全部嘘の素性だから、このままで良いですよ、もう…。」
もう諦めた。この際だから開き直って、帝が決めてくれた設定を受け入れてしまおう、とあかねは決めた。

「神子殿、もう一杯注いでもらえるかな」
彼が盃を差し出したので、あかねは提子を手に取った。
ゆっくりと酒が流れ込むのを眺めながら、友雅が口を開く。
「全部が嘘だったら戸惑うけれど、その中に少しでも真実があれば、いざという時に本心で対処出来るものだよ」
彼女に注いでもらった酒で、少し舌を濡らす友雅をあかねは見る。
嘘と真実……?
そういえば諺で、似たような言葉が有ったような気がするけれど、そういう事を彼は言っているんだろうか。
「例えば…最後の質問だって、別に嘘ではないだろうし。」
「ええ?」
瞳を見開くあかねの前に、友雅は顔を近づける。

「私は、見初めたつもりなんだけどね。だから、嘘どころか真実だと思っていたんだが…神子殿には伝わっていなかったかな?」
一寸とも彼女から視線を外さずに、友雅は真っすぐ穏やかな目で、あかねの瞳の奥を見つめている。
月明かりよりも優しくて、彼の奏でる音よりも甘い色をした瞳で、彼女の動きを見逃すことなく捕らえ続ける。
「つまり、私は主上の行幸に帯同した際に、立ち寄った主上の遠縁である君に心を奪われた。そして、想いを遂げた…ということだよ。それで良いじゃないか。」
友雅が、自分に心を奪われた……か。
「やっぱり、しっくりしない設定ですねぇ」
何度考えてもピンと来なくて、思わず苦笑いまで浮かんでしまうあかねだったが、そんな彼女を友雅は抱き寄せた。
「設定じゃなくて、ホントの事だって、今言ったばかりだろう。心を奪われていなければ、こんなことをしたいなんて思わないよ。」
そう言って、後ろからぎゅっと腕に力を込めて、あかねの身体を愛しげに抱きしめる。耳朶に息がかかるほどの距離で、囁くような声で寄り添う。

「『左近衛府橘友雅少将は、あかね姫に心を奪われてしまいました』。そして『誰よりも愛おしいあかね姫を、離したくなくて仕方がありません』…ってね?」
「ちょ、ちょっとやめて下さい〜っ!」
じたばだ暴れたところで、こういう時に友雅が離してくれないことは、もう充分に分かってはいるけれど。
でも、少しくらい身動きしてみなくちゃ、距離が近すぎて、彼の腕の中で溶けてしまいそうなのだ。

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ようやく素性があきらかになった噂の姫君に、一同は溜息のような感嘆を込めた言葉を紡いだ。
「しかし、まさか主上のお導きによって、結ばれることになったとは…予想もしないことでありましたなあ…」
「全く、そのような姫君がおられた事さえも知らぬというのに、その姫君をあの少将殿が見初めてしまうとは、意外な展開でしたなあ」
誰一人として、もう盃を手にする者は居ない。
まさにニュース速報的に飛び込んできた話題で、酒を飲むことさえすっかり忘れてしまっている。
そんな中で、朝比名だけはいつものように、腕を組みながら唸っていた。

「父上は、ご存じではなかったのですか?」
息子の晃李が、噂の真相を耳にして彼に尋ねた。
「いや、私は全く相手に関しては名前も何も知らなかった。ただ、看病の手助けをしたくらいのことでな……。でも、まさか皇族の遠縁に当たる姫君だったとは…」
身なりは水干姿で髪も短く、童子のように軽やかで清々しい雰囲気の、不思議な感じの娘だと思っていた。
その割には、あの友雅が随分と執心であったことも、また意外ではあったし。
だが、相手がそのような血筋であれば、必要以上に周囲から隠したくなるのも、分からないでもないか。

「だが、あの少将殿が見初めるというのがなあ。ひとつの鞘に収まることなど、縁がないと思っていた、あの少将殿がですぞ?それがこんなことになるとは。」
「…意外に、主上の縁ということもありますからな。行く末を考慮しての付き合いということもあり得ませんかな?」
噂はどんどん広がっていく。
今度は、友雅が相手に流れる遠縁の皇族の血を継ごうと、そのためにあの娘と付き合っているのでは、という例え話か。

「いや、それは…ないな」
朝比名は、独り言のように、ぽつりとつぶやいた。
「そのような策を忍ばせた態度とは、全く違うものであったよ。あれは…心底、思い焦がれているのが目に見えて分かったものだ。」
晃李に向けて話しているつもりだったのだが、彼の言葉は周囲の耳にも、しっかりと届いていた。
「朝比名殿は、少将殿のお相手をご存じか?」
みんな揃って朝比名のところへ集まり、彼のつぶやきの答えを期待している。
「あ、いや…実は以前、まだ相手の素性が知らぬ頃、山荘にてお二人をお泊めした事がありましてな…」
「なんと!これはまた…そのようなことがあったとは!是非、詳しい話をお聞かせ願えませんかな!?」

周囲の迫力に圧されて、朝比名はあの日のことを話し始めた。
世を忍ぶように二人きりで出掛けていたこと、そこで体調を崩した彼女を連れて、山荘にやってきたこと。
そこで、朝が来るまで一時も彼が彼女の側を離れずにいたこと……何もかも、企てた何かがあっての事よりも、素直な行動という気がしていた。
「そこまであの少将殿が恋い焦がれるとはなあ。やはりこれは一度、拝顔致したいものですなあ!」

宴に集まっている多くの者たちは、こちらへ押し寄せる用意万全。
大きな波は息を荒くして、彼らの目の前まで迫っている。


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Megumi,Ka

suga