 |
 |
Trouble in Paradise!!
|
|
 |
| 第7話 (2) |
 |
 |
 |
「やはり、あの少将殿がそこまで慈しむほどでございますから、さぞかし可憐で美しい御方でございましょう」
「う…いや、その…まだ若々しい姫君でな。愛らしい…という印象の方が強いかな。」
集中する視線が、身体中の神経を強張らせる。
大勢の人前に出るのは慣れてはいるが、今回はまったく状況が違いすぎる。
しかも、口に出来ない秘密を背負っているだけに、それらを漏らさないようにしなくては、というもう一つのプレッシャーもかかる。
だが、帝が友雅の相手…つまりあかねの正体について、何らか知っていると気付かれた今では、誰もが中務少輔に対して無言のエールを送っているに違いない。
ひとまず、"もっと突っ込め!”とばかりに。
そして中務少輔も、その雰囲気に気付いているのか、それともただ自分が興味があるだけなのか、再び帝に対して問いを投げかける。
「どちらの出の御方ですかね?やはり高貴な出の御方でしょうか」
「ん…さあ、そこまでは私も…」
「いやいや…主上がお会いに伺われるなど、生半可な下級貴族風情ではございませんでしょう。よほどのお家柄を持つ姫君かと、私は思い描いておるのですが。」
不味いな。まさかこんなに早く、あかねの素性を問い詰められる事になろうとは思っても見なかった。
だからと言って、さっき話したばかりなのに、今すぐ彼女の素性を企てるわけにも行くまい。
「主上、お心当たりがございますの?」
あろうことか、後ろに控える女御達までもが尋ねて来た。
そりゃあ、あの友雅が身を固めるかもしれないという噂であるから、周囲の女性達も興味を抱かないわけがない。
「あー…まあ何て言うかね…まあ、ね」
帝は適当にごまかすつもりで、曖昧な返事で言葉を濁したつもりだったのだが、とたんに、周囲が一斉にざわめき出した。
最初に思っていた以上に、帝の言葉に集中していた人数は多かったらしい。
「主上、ここは是非、その姫君の素性をお聞かせ願えませんか」
はじめにそう言い出したのは中務少輔だが、間髪入れずに今度は背後から女御たちが沸いて出て来た。
「お、主上!少将様のお相手の姫君は、どちらの御方ですの!?」
それに続いて、先程あかねを一目見ようと策を企てた女房達も、全員揃って女御たちの後ろから覗き込んでいる。
かと思えば、外にいた刑部省大輔は、いつのまにかすぐそこまで入り込んでいるし、友雅の代わりに側近を頼んだ宰相中将までも身を乗り出している。
一体、この状況は何なのだ!!
さすがに帝とは言えど、自分の置かれているこの状況の中で、平静を留めることなど無理だ。
軽いパニックを起こしかけていたのだろう。
自分では思いもしなかった言葉が、とっさに口から飛び出してしまっていた。
「か、彼の姫君は…わ、我ら一族の…と、遠縁の姫君だ!」
次の瞬間に、また更に大きな歓声が沸き上がった。
その声に、はっと帝は我に返る。
「遠縁と!皇族の血を引く姫君か!」
……今、何を自分は言った?
もしかして、ふいに適当な事を言ってしまったんじゃないか…?と、後悔しても、もう遅い。
女御たちが寄り添うようにして、帝の顔を覗き込む。
「主上、遠縁とは一体…」
「え?あ…その、なんだ…えーと…」
どうする?どういう縁者と言えば角が立たずに済むだろうか?
出来るだけ混み合って、直系に関わらないように……となると、どうだ?
「あー…祖父の皇后の父上の、その妹の子供の娘の………孫だ。」
…その場の空気が、一瞬凍り付いたかのように静まった。
おそらく、頭の中で家系図を描いて、今自分が言った血筋を辿っているのだろう。
だが、そんな血筋を正確に問い直されても困る。
思いつきで言ったから、自分もよく分からない。
「ま、まあ…とにかく、縁は遠いにしろ皇族に関わりのある御方であるなら、そのように少将殿が敬い慈しむことも理解出来る事ではある…」
刑部省大輔が、後ろで宰相中将と共に、うなづきながら話していた。
「しかし、少将様はその姫君とどちらで馴れ初めを?」
次から次へと、周りから沸き上がる疑問は絶えない。
いつになったら、治まりがつくのやら。
仕方が無い。もう腹をくくって、思い付くまま捲し立てて納得させるか…。
「わ、私が…紹介したのだよ、友雅に。」
どよめく声が、再び帝の周りの空気を変える。
いちいち、そこまで盛り上がらなくても…。
「何と、主上のお導きでの馴れ初めでありましたか!」
「そのー…実はしばらく前に、彼の姫君は両親を共に流行病で失ってな。行く宛ても無いので、ひっそりと丹波の里山近くに暮らしていたのだよ。」
さて、次はどう話をつなげようか。考えながら話を作るのは、結構な頭の重労働だ。いつのまにか、部屋から溢れるほどの人数が周りに集まって来ているし。
一体何事か、と更にまた集まって来る者までいる。
「それでまあ、行幸の際に立ち寄って様子を見ようとしてな。そこで、まあ…着いて来ていた友雅が、彼女を見初めた、というわけだ。」
……何とか辻褄はまとまったか?納得させることが出来ただろうか?
おそるおそる周囲の顔色を見ると、みな真剣な面持ちでこちらを見ている。
たかだか噂話というのに、そこまで気合いを入れなくても、と思うのだが。
「ね、姉さま!嵯峨の姉さまにご連絡を!」
「わ、私も妹君に早くお伝えせねば!」
「これは…早く皆の者にもお伝えしなくては!何せ、これまでの酒の肴に、この話題で盛り上がっていたくらいですからな」
慌ただしく部屋の中から、人の気配が消えて行く。
そして気付くと、帝の周りには宰相中将と女御のみとなっていた。
+++++
「……友雅さんが、私を見初めたー?!そんな、まるで作り話みたいな……!」
いや、実際作り話であるのだが。
さっきから、驚かされる話ばかりであったのだが、最後にそんな設定があるとは思わなかった。
「まあまあ落ち着いて、神子殿。」
友雅に肩を支えられ、身を乗り出した姿勢を再び整える。
だが、突然目の前で繰り広げられた大騒動に、いまいちあかねは状況を読み込み切れていない。
帝は、やっと少し落ち着いて腰を据えた。
「というわけでな、つい口を滑らせて適当に作ってしまったのだが…。つまり、神子はこれから我々と遠からず近からずの関係となったわけだ。そのように、理解してもらいたい。」
すると今度は、友雅が尋ねた。
「主上、大変申し訳ありませんが、今一度神子殿の家系をお教え願えませんか?」
「祖父の皇后の父の妹の子供の娘の、孫だ」
それを反芻している友雅の隣で、あかねも繰り返し考えてみる。
…祖父の皇后の、父の妹の……そのあとは何だっけ?さっぱり覚えられない。
「祖父の皇后の父の妹の子供の娘の孫だよ」
友雅は繰り返してくれたが、やはり簡単に覚えられないし、理解も出来ていない。
ただ一つ分かる事は…
「…ほとんど他人に限りなく近い気がするんですけれど…」
遠縁どころか、他人と言っても良いような。
「まあ、私も何も考えずに言ってしまったからな…。だが、私が言った証拠があるのだから、ここは強引に皇族の血を遠く引く娘、ということで手を打とう。」
そう言って笑う帝の表情も、やや複雑な感じがした。
「という訳で、呑み込めただろうか?」
「…はあ。まあ何とか……いざという時には対処させて頂きます。主上のご配慮、心からお礼申し上げます。」
と、友雅は言うが、ここにいる三人が未だに戸惑っていることは、誰もが充分に分かっている。
いくら話がまとまったとは言え、偽装のまま周囲を交わさなければならないのだから、まだまだ落ち着く暇もない。
「とにかく、そういうことになったので、これから誰かが顔を覗きにやって来るかもしれないし、どこかで話しかけられるかもしれないが…その時は、そのように説明するよう口裏を合わせてくれ。」
「わ、わかりました…本当に、どうもありがとうございます!」
いっそのこと、もう八葉だろうが神子だろうが、構わないんじゃないかという気もしてきた。
自由に好きなだけ、愛し合えばいいだろうに。
どのみち、所詮は男と女だ。惹かれ合うように出来ているのだから。
さっさと、この京が落ち着きを取り戻してくれれば……。
この二人が、龍神の命から解き放たれれば…こんなに悩むことはないものを。
これまでとは違った意味で、帝は龍神が全てを平穏に導くその日が、一刻も早く来るようにと祈らずにはいられなかった。
|
 |
|
 |