Trouble in Paradise!!

 第6話 (2)
一人の部屋で友雅を待ちながら、あかねはかすかな物音にまで敏感になっていた。
通りすがりの足音や、隣の部屋からの笑い声。そのたびに、びくっと肩が震える。そして、周囲をキョロキョロと見渡す。
また誰が、やって来るのはないかと…緊張感が走った。
こうして帝直々に、宴に招かれるというだけでも充分緊張しているにも関わらず、今度はふいに誰かに覗かれているのではないか、と緊迫した空気が流れる。

「ああもう…早く帰って来てぇ…友雅さんっ!!」

自分だけでは、もうどうにもならない。
頼久は着いて来てくれているけれど、詰所で待機しているから呼んでも無理だ。
屋敷の中には永泉もいるが、彼もどこにいるのか分からない。
部屋から一歩も出られないのでは、すがる相手もいない。ただ、友雅が戻るのを待つしかない。
だけど、それよりも前にまた、さっきみたいなハプニングが起きたとしたら……?


ぴくりと耳の奥で、近付いて来る足音が聞こえた。
床を軋ませる足音。ゆっくりそれらはこちらに向かってきて、この部屋の前で止まった。
おそるおそる几帳をめくって、閉まっている戸を凝視する。
「神子殿、戻ったよ」
戸の向こうから聞こえた声で、それまで張りつめていた糸が一気に溶けた。
待っていたのだ、彼の、その声を。

するりと静かに戸が開けられて、彼の姿が部屋の中に現れた。
それと同時に、いてもたってもいられなかったあかねは、その場から立ち上がって几帳を蹴倒したまま、真っ先に友雅へと抱きついた。
「……こういう出迎えをされるとは思わなかったな。私がいなくて、一人きりでそんなに寂しかったのかい?」
夢中でしがみつくあかねの身体を、静かに抱きとめながら背中をさする。
言葉での返事はないけれど、自分に身を任せる彼女の柔らかな感触と甘い香りが、友雅には心地良かった。

「大丈夫だよ。管弦奏が終われば、もう何もすることはないからね。ずっと一緒にいてあげられるから、安心しておいで。」
静かにそっと、髪に友雅の指先が絡まる。顔を押し当てた衣に残る、侍従の香りが鼻をくすぐる。
あんなに慌てていたけれど、こうして抱きしめてもらっていると、少しだけ落ち着いてくるような気がするのは、やっぱり恋のせいなんだろうか。
さっきまでのパニックの原因も、忘れてしまいそう……と思ったけれど、そこまでは払拭してくれない。

「と、と…友雅さんっ!ど、どうしよう……!?」
しがみついた手だけではなく、声やその瞳の動きまでも震わせて、あかねが顔を上げた。
「ん?私がいない間に、何か変わったことでもあったのかい?」
「っていうか…!私、顔見られちゃいました…!」

個室として仕切られているこの部屋に、他人が勝手自由に行き来することは出来ないはずだ。
特に急な用事がない限りは、やって来るものもいないはず。だから安心して、あかねを1人にしておけたのだが…。
「誰に見られたんだい?一体この部屋に、誰が来た?」
「あの…主上から果物が届いてるって…侍女の人たちが届けに来てくれて。そうしたら、スモモが転がって…それを取ろうとしたら…」
「顔を見られてしまった、というわけか」
あかねは、こくこくと何度もうなづいた。

さて、予想外の展開勃発だ。
いざというときには…と色々な対応策を考えてはいたけれど、ちょっとしたタイミングで機転も利かなくなることもある。
咄嗟の判断力こそ実力が試されると言うが、あれやこれやと多数の策を立てていると、時折方向性を見失ってしまう。
そういうときは、どうすればいいか。
まずは、開き直り、そして悟り。
すっぱりと諦めてしまうのも手でもある……が。

「どうします!?やっぱり、まずかったですよね!?」
取り乱した様子で、あかねは友雅の手を握る。解決策が見つからないのと、この状況が飲み込めていないせいだ。
「見られたら、絶対に私のこと誰なんだって騒がれますよね!?でも、神子だなんて…言えませんよね…!?」
「…うーん…まあ、そうだね。それは言わないでおいた方が良いと思うけれど…」
友雅がそう答えると、がくりとあかねが首をうなだれた。
「どうしよう…。私が油断してたからですよね…。ばれちゃったらどうしよう…」
せっかくここまで、苦労して隠してきた恋なのに。
多少の息苦しさはあったけれど、それでもお互いに気を配りながら時間を過ごしてきた。その苦労が水の泡になってしまう。

「ばれちゃったら…もう、ダメですか?今までみたいに、会ったり出来なくなっちゃいますか…?」
弱々しい瞳が、友雅を見上げる。ほのかに寂しげな表情をして、これからの二人に不安を抱いていることがひと目で分かった。
そんな顔をされてしまったら、解決策がなくてもどうにかしたくなる。
行き当たりばったりでも良いから、このまま公に出来なくても良いから、これまで通りに二人の時間を過ごせる方法を、意地でも見付けたくなってしまう。
もちろん、そうでなければ友雅自身もたまったものではないし。

「ま、どうにかなるさ。まだ、君が神子であることを知られたわけではないし。あまり考え込まなくても、ごまかす方法はどこかにあると思うよ。」
意外に気楽な答えを返してきた友雅を、彼の腕の中で見上げる。
実際には何も思い付いていないけれども、こんなにも風雅な宴の宵に、彼女を戸惑わせたままでは可哀想だ。
「何とかするから、安心していればいい。逢えなくなって辛い思いをするのは、神子殿だけではないのだからね。」
そう言って微笑むと、友雅はあかねの額に軽くキスをした。

…本当に大丈夫だろうかと、まだ少し不安は残るけれど、それでも彼がそう言ってくれるのなら…それを信じるしかないのかもしれない。
どっちにしろ、あかねには出来ることはない。
友雅に任せるしかない。これ以上のトラブルが起こらないことを祈りつつ。
両手を彼の背中にまわして、ぎゅっと身体ごとしがみつくと、そんなあかねの力とは正反対に、彼の手がゆったりと優しく抱きしめてくれた。
大丈夫、友雅さんならきっと…何とかしてくれるって信じていてもいいよね……。
自分に言い聞かせながら、あかねはしばらくの間、彼の腕に抱かれていた。


「…ゴホゴホ」
少し芝居めいた咳払いに、二人は同時に我に返って目を開けた。
友雅は背を向けていたが、彼の腕の中にいたあかねは、肩越しに見えるその先にある戸が半分ほど開いたままで、その向こう側に一人の公達の姿があることに、とっさに気付いた。
彼は少し気まずそうな顔をして、こちらを見ながらも目のやり場に困っている。
そりゃあ…あかねもまさか他人がそこにいるなんて思わなかったし、てっきり友雅が1人で戻ってきたと信じて疑わなかったから、姿が見えたとたんに抱きついてしまったのだ。
それからは取り乱して、周囲なんて目がいかなくて…二人きりだと思って、つい甘えてしまって……。そう思うと赤面してしまう。

「友雅、その…仲睦まじいのは結構なことだが…」
「失礼致しました。主上の御前にて戯れの姿をお見せしてしまいまして…お詫び申し上げます。」
あかねを片手で抱き留めたまま、友雅はゆっくりと後ろを振り返った。

……主上?あかねは、友雅の言葉を聞き漏らさなかった。
主上って、え……?
唖然としているあかねの手を引いて、戸の入口を開けて友雅は膝を折る。
「神子殿、主上にご挨拶を。」
そっと手に触れて友雅から合図をもらい、あかねは目の前の現実に我に返る。
まさか…他人が部屋の外にいたことにも気付かなかったのに、それがよりにもよって帝だったなんて……!
「こ、今宵はこのような宴に、主上直々よりお招き頂きまして、こ、心より……」
言い慣れない言葉遣いに、言葉がつまづきっぱなしだ。果たしてこんな挨拶で正しいのかも不明だ。
とにかく、丁寧な言葉遣いを…と思い付くままにつなげてみるけれど、何を言っているのか途中から全く分からなくなってきた。

だが、帝はそんなあかねを微笑ましく労った。
「そんなにかしこまらなくて結構だよ。今宵の宴をゆったりと楽しんでもらいたくて、お招きしたのだからね。」
「は、はい…ありがとうございます…」
友雅の隣で、あかねは小さく縮こまりながら、深くその場に三つ指を着いた。

「神子殿、少し主上がお話をされたいとの事で、こちらにお連れしたのだよ。構わないよね?」
背中に手を回されて、横から顔を覗きながら友雅が言う。
「え?あ…も、勿論です。ど、どうぞ…お入り下さい!」
あかねは友雅に手を取られて、袿の裾を踏まないように気を遣いながら部屋の奥へと移動する。
そんな二人の姿を見ながら、帝は開かれた戸から部屋の中へと足を踏み入れた。


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Megumi,Ka

suga