Trouble in Paradise!!

 第6話 (1)
「この時期の月は、色が華やかで美しいね。嵯峨野の緑と夜の帳によく似合う。」
「ええ…本当に、今宵は素晴らしい宴の夜になりそうな気が致します。」
御座近くの高欄から空を見上げ、帝と永泉は風流な空気に浸っていた。
兄弟とは言えど、滅多に顔を合わせる機会のない二人。
こういう時こそ、しばし穏やかな空気を営みたいと思う気持ちも分かる。
「では、そなた達の楽の音を楽しみにしているよ。美酒以上に酔いしれるような奏を頼む。」
帝からの言葉に静かに頭を垂れて、永泉と友雅はその場から立ち去ろうとした

「友雅」
呼び止める声に、彼は振り返る。帝は、静かに彼の側に歩み寄る。
「……神子は、参られているのだな?」
ひそひそと彼の耳にしか聞こえないように、小声で話す帝の言葉に友雅は答えた。
「はい。今しがたまで、ご用意頂きました部屋にて、しばしの甘い時を過ごさせて頂いておりました。」
「…そ、そうか」
悪びれることのない、素直すぎる発言には度々こちらが赤面してしまうものだが、今宵はまた一層限度を超えているようだ。
まあ、それならそれで…二人の素の姿が分かるであろうし。ここはひとつ、好奇心に溺れてみよう。

「二人の邪魔をするわけではないのだが……せっかくの機会であるから、神子に会わせてはもらえないかね?」
多分、断る事はないだろうと思いつつ、帝は尋ねてみた。
もし渋られたとしても、そこは一応職権乱用ということで大めに見てもらおうではないか。
二人の関係を知った上で、今後気を配る事があれば手を貸そう、とか何とか都合の良い事でも言えば、さすがの友雅も大人しく退くだろう。

「勿論、結構でございますが…これから私は演奏がありますので、その後でも宜しいでしょうか?」
「それは構わんよ。その頃、部屋に伺うと伝えておいてくれると有り難い。」
友雅の承諾があれば、あとは何も問題はない。彼女にも直接尋ねておかなくては、真の答えには辿り着けそうにもないであろうから。

さて、あかねは何と答えるか…。
これまで随分と友雅には惚気話を聞かされてしまったが、彼女の言い分も気になるところだ。
「では、月の姫までも恋してしまうような、そんな音を期待しているよ。」
帝の言葉に軽く頭を下げた友雅は、その場を後にした。

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「回盃楽ですな。嵯峨野に響き渡るような、いい音色ですなあ…。」
「酒もまた、一段と美味く感じるというものですな。美味たる肴と、酒、そして雅な音色と照らす月……まことに今宵は素晴らしい。」
竹林の空気を癒すような、澄んだ笛の音。
その間を緩やかに、そしてしっかりと静かに響く琵琶の音。絡み合うその演奏は、溜息が出るほど優雅な夜を演出する。

「凄いなぁ…友雅さんも永泉さんも。」
御簾越しに透けて見える二人の姿を、あかねはじっと眺めていた。
他にも琵琶や笛の演奏者はいるのだが、彼らの音だけはどことなく違って聞こえる。特に友雅の琵琶の音に関しては、彼の囁きみたいに甘くて深く感じる。
月明かりも手伝って、降り注ぐゆったりとした光が、金色の粉を彼の周りにだけまき散らしているみたいに…輝いて見える。
「これって欲目かなあ…」
……好きな人だけ、他の人とは違ったように見えてしまうって…こういうことを言うのかなあ。
音も姿も、彼以外はぼやけて見える。鮮明に映るのは、たった一人だけ…なんて。
そんな自分の独り言に照れながら、あかねは唐菓子をひとつつまんだ。


「失礼致します」
しばし夢幻のような光景と演奏に酔いしれていたが、突然背後で女性の声がしたので、あかねは飛び上がるほど驚いた。
「は、はい……?」
あまりにびっくりして、声が裏返ってしまいそうだ。
「主上より、水菓子をお届けに上がりました。」
帝から…の差し入れ?
どうしようか。顔を見られないようにと、御簾と几帳を張り巡らされているのだろうし。でも、だからと言って帝からの贈り物に、ぞんざいな扱いも出来ないし…。
ただでさえ、急な応対に慌てているというのに、どうすればいいだろうか。

「戸をお開けしてもよろしいでございますか?」
…ああもう、取り敢えずさっきの友雅みたいに、"そこに置いてくれ"と言えば良いか。そうすれば、几帳から顔を出さずに済むだろう。
「え、ええ……。お、お部屋の隅に置いて下さって…結構ですっ…」
どきどきしながら、侍女の行動に耳を澄ます。
それまで聞き惚れていた友雅たちの演奏も、今のあかねには全く耳に入らなくなっていた。

すうっと…戸が静かに開く音がすると、更に鼓動が早くなってきた。几帳越しに衣擦れの音と、何かを動かしている物音がする。
別に見られてどうのって訳じゃないのだけれど…何だか息苦しい。

その時、かすかな鈍い音とともに、あかねの目の前に何かが転がって来た。
とっさに手を伸ばすと、それは赤く色付いた小さなスモモが3つほど。
そういえばこの間も、市で転がっていたスモモを拾ったっけ………と、思ったとたん、背後に下ろされていた几帳が捲られていたことに気付いた。

「も、申し訳ございません…!御前を失礼致します…」
慌てて侍女があかねの前にやって来て、転げたスモモをかき集めた。
高坏にもう一度戻して形を整え、他の杏や桜桃と共に盛り合わせると、彼女は静かにそれを手にあかねの前へとやって来た。
「失礼致しました…。どうぞごゆるりと、お過ごし下さいませ…」
あかねはようやくはっとして、藤姫に持たされた檜扇と袿の袖で顔を覆ったが…もうここに至っては、時は既に遅しだろう。
「あ、ありがとうございます…」
侍女がその場を去り、戸が閉まる音が聞こえたあとでも、あかねのパニック状態は治まらない。

……ど、どうしよう。もしかして私、まずいことやっちゃった……!?

月明かりの中では、友雅の琵琶の音が響いている。
彼が、あかねの事を思いながら弦をつま弾いているというのに、そんなことを感じる余裕は彼女にはなかった。

+++++

「今宵は一段と、麗しい音色を楽しませて頂いた。これまでよりも華やかさを増した音の原因は、噂の姫君のおかげですかな?」
演奏が終わり、舞台から下りた友雅に声を掛けたのは、高麗笛を奏でていた蔵人頭である。どうやら例の噂は、彼らの所までも広まっているようだ。

だが、時間も過ぎれば慣れが出るものである。
「甘美な音を紡ぎたいのであれば、我が姫君への恋慕う想いこそ必要不可欠ですからね。そのようにお感じになって頂けたのであれば、嬉しく思いますよ。」
と、まあこんな風に平気で答える事にも慣れた。
しばらくしていると、相手の反応を観察することも面白くなってきた。
余計に詮索したがる輩は困るが、結構顔を赤らめて照れる者も多い。意外にも殿上人の男達は、純情な者も少なくないようだ。

「友雅、周囲をからかうのも大概にするようにな。」
振り返ると、そこには苦笑する帝の姿があった。
皆、一同に腰を折り頭を伏せたが、宴の席であるのだからとの帝の言葉に、すぐ面を上げた。
「良い音を聞かせてもらって、今宵は楽しかった。嵯峨の風や闇に浮かぶ月も、聞き惚れていたのではないだろうかね。」
満足そうな帝の言葉を聞き、楽師達も揃って一安心という所だ。その中で、永泉もホッと一息ついて安堵の表情を浮かべている。

「では、今宵は式部省宮卿の者が、格別な振舞いも用意して下さったらしい。酒も肴も、あとは存分に楽しむと良い。」
帝の言葉を賜うと、各々はその場を後にして行った。
「それでは、私は外の詰所におられる頼久にも、何か食すものをお届けして差し上げましょう。」
「ああ、そうだな。せっかくの宴なのだ。是非彼らにも味わってもらおう。では、そちらは永泉、頼むぞ。」
離れて暮らすようになって、それほど顔を合わせなくなったとは言えど、周囲の目が薄くなるとやはり兄弟らしい慈しみの空気が流れる。

「さて。ではこちらも…そろそろ本題に行こうとしようか、友雅?」
辺りに誰一人いなくなったことを確認すると、帝がそう切り出した。
「承知致しました。それでは、ご案内致します。」
先に一歩踏み出した友雅のあとを、帝はゆっくりと着いていった。


そういえば面と向かって神子と会うのは、これが初めての事ではないだろうか。
常に話には聞いていたが、本人を目にするのは今回が最初だ。
しかもそれが、神子という立場で会うのではなく…この目の前にいる男の思い人として、なのだから驚く。
これから会うのは、確かに"龍神の神子"である。
だが、それと同時に……友雅がこれまでに恋い慕う女性でもある。
改めてそう思うと、やはり不思議な気分だ、と帝は歩きながら思った。


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Megumi,Ka

suga