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Trouble in Paradise!!
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| 第5話 (2) |
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小優が話を終えると、辺りは一瞬しんと静まり返った。
さっきまでの、にぎやかな声など残っても居ない。竹林のサラサラとした笹の葉の音まで、耳で捕らえられるほどの静寂。
その中で、先に声を出したのは三の姫であった。
「やはり…間違いありませんわ。小優、その御方こそが…あの橘少将様でございます。」
そこにいる誰もが、驚いた。勿論、その話をした小優が一番驚いたかもしれない。
まさか、さっきまで三の姫や侍女たちが噂の種にしていたその人が、昨日の市で逢った公達だったなんて。
確かに彼女たちが言うように、花を纏ったような人だった。だが、自分がそんな人と出会う機会が訪れるとは、一時の夢でさえ思わなかったのに。
「姫様…やはり、小優の話が真であるのなら、少将様のお噂は………」
侍女の一人が口を開くと、一斉に深いため息がこぼれた。
「あ、あの…何か悪い噂でもおありだったんでしょうか?」
話をした本人である小優も、この面々のうなだれようを見たら不安になって来た。別に、自分が彼を見かけた時には、妙な雰囲気は感じられなかったのだが。
「…少将様は、お連れの方とご一緒だったのですね?」
「え、まあ…そうです。」
若い娘と一緒だった。しかも、随分と親密な様子で。
すると、悲鳴に似た驚愕の声が上がった。その主は、背後にいる侍女たちだ。
「やはり、お噂は真だったのですわーっ!」
次々と展開する状況に驚く小優たちに、三の姫もまた憂いの表情で少し顔をうつむかせ、下目づかいでこちらを見る。
「おそらく、そのお連れの御方が…噂で聞いている、少将様に娶られる御方…」
「えっ!?」
小優の脳裏に、あの時の姿が鮮明に浮かんだ。…あの時、彼と一緒にいたあの娘が…友雅が妻に選んだ相手?
そりゃあ随分と仲睦まじい雰囲気ではあったけれど、お世辞にも身分が釣り合っているような感じはなかったが。
娘も庶民とはまた違った感じではあったが、少なくとも友雅はそれ以上の階級に見えた。
それとも、彼が左近衛府少将であるのなら、上司である大将か…または官位ある家の末娘?政略結婚の話の延長…か?
「いえ、そのようなお話でしたら、今迄にも数多くお声を掛けられたはず。それにも全く応じることさえなかった少将様ですから…。ですから、今回の事は皆注目しているのです。」
そう言った三の姫も、その中の一人のようだ。
「少将様に求められるなんて…どんな御方なのかしら……」
虚ろげな嘆息をつきながら、皆天を仰いだ。
小優もまた、気付けばそんなため息を漏らしたが、彼女だけはあの時の二人を思い描きながら、彼らにどんな馴れ初めがあったのかと、そんなことを思った。
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「大丈夫だってば。ちゃんと綺麗に着られてるよ。そんなに心配しなくても平気だから。」
「で、でも…裾が長いから足下が…。ね、詩紋くん!後ろの付け毛、ちゃんと取れないようになってる!?」
「ご心配なさらずに。しっかりと結んでおりますので、解けることはまずありませんでしょう。」
藤姫と侍女数人、そして詩紋まで引き込んで、朝からあかねの支度は大騒ぎだ。
それもその筈。今日は今までの外出とは内容が違う。
これまで、袿を纏っての外出は幾度か経験はあるが、今回は別だ。何せ、帝の行幸先での宴に招かれているのだから。
さすがに新たな袿を仕立てる時間はなかった為、土御門家のあらゆる衣をかき集めて数日間吟味を重ね、何とか衣裳は揃ったが…。
「こんなことになるんだったら、髪の毛を伸ばしていれば良かったなあ…」
肩にかかるまでの自毛を指で弄びながら、鏡を眺めてあかねは表情をしかめる。
藤姫ほどには無理であっても、せめてロングヘアだったら少しくらいは様になったかも、とか思ったりする。
「もう充分、名家の美しい姫君と大差ないというのに、更に艶やかさを極めてしまうつもりかい?」
あかねの支度が済んだということで、ようやく入室を許された友雅がそこにいた。
「だって、主上とお会いするかもしれないんでしょう?なのに私、全然そういう時のこと理解してないから、どんな風に振る舞えばいいのか…」
普段のマナーなんて、今回はきっと通用しない。しとやかに努めようとは思うけれど、そういう時に限ってドジをやらかしてしまいそうだし。
もしもそんなことになったら、どうやって取り繕えば良いんだろう?
「そういう時の為に、私が付き添う事になったのだよ。だから、安心しなさい。」
そっと後ろから両肩に触れられて、鏡に映る自分の顔の横に彼の微笑みがある。
恋した心は現金なもので、それまでいくら確認しても落ち着かなかった出で立ちなのに、彼のその一言で気が楽になってしまう。単純なものだ。
「それに…これ以上君が美しく目立ってしまったら、私の方が気が気でないよ。そんな気持ちも察して欲しいね。」
こっそりと唇をあかねの耳に添えて、彼女にしか聞こえない囁きで友雅が言った。
「ひゃっ…!」
思わず声が裏返った。あまりに、その声が甘くて。
「……友雅殿っ。また、神子様に妙な吹聴をされたのではありませんっ!?」
眉を上げた藤姫が、こちらを見て睨んでいる。
「緊張を解して差し上げただけだよ。あまりに固くなってるようだからね。」
笑いながら友雅は言うけれど、ホントはそんな彼がそばにいてくれるときこそ緊張はピークになる。
どきどきと、鼓動が早く鳴り響いて、彼の言葉や指先の暖かさとか、そんなものに触れられるだけで嬉しい緊張感に縛られてしまうのだ。
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「本当はこういう行幸の際は、私は主上の後に常に仕えるのが普通なのだけれど、今回は特別だ。ただし、管弦の演奏だけは断れないから、不本意ながらその時だけは一人にさせてしまうけれど。」
「あ、そうですよね…。確か永泉さんも演奏するって言ってましたよね。」
宴の席には、優雅な楽の音も不可欠だ。殿上人の中で、演奏に長けている者はこういう時に集められる。
永泉は、笛。そして友雅は…大概の事は嗜めるが、今夜は琵琶をつま弾くことになっている。
「ほんの少しの間だけれど、一人で待っていてくれるかな?」
「はい。ちょっとくらいなら…多分大丈夫だと思います。大人しく、私も友雅さんたちの演奏を聞きながら、待ってます。」
今回は特別に、個別の部屋が用意されていると言うし、余程の事ではなければ他人と話す機会もないだろう。
しかも、大概は友雅が側に居てくれるから、そう思えば少しは気楽になれる。
「でもね、ひとつだけ注意しておきたいことがある。」
友雅が、これまでよりも芯の通った声で言った。
「分かっていると思うけれど、今夜の宴に招かれている人々の中で、君の素性を知っている者は誰もいない。主上と私と永泉様だけだ。だからこそ、個室を与えてもらえたのだよ。他の者と余計な会話をしなくて済むようにね。」
今回、宴にあかねを招いてくれたのは、帝だ。
一体どんな理由でかは分からないが、顔を合わせる必要性がある者と言えば、帝と永泉くらいだろう。
個室にいれば、彼ら以外は無用に立ち入る事はないはず。だが、万が一のことも考慮しておいて損はない。
「もしもだけれど、誰かと話をする機会にさらされた時は、決して土御門家の名は出さないことだ。不要に八葉だとか神子だとか知られてしまうと、今の京の状態から考えれば、無駄に周囲に不安を与えてしまうからね。」
何故、この京に神子と八葉が存在するか。それは、少なからず大事が近付いているということ。
もしも、ここにそんな彼らがいる事が知られたとしたら、嵯峨が危険にさらされているのでは、と心を乱すものもいるかもしれない。
そのためには、素性は隠し続けなければならないのだ。
「はい。分かってます。でも……もしも、ホントにもしもですけれど、誰かに身元を尋ねられたらどうすればいいですか?」
「その時は、ごまかして足早に立ち去ることだね。」
しかし、相手が男性であったとしたら。手首でも掴まれたら、どうしよう。
力ばかりは振り切れない。こないだの市の時と同じようになってしまいそうだ。
「…逃げ切れなかったら、どうすればいいでしょうか?」
「そうだねえ…その時は…………」
一旦首をかしげた友雅だが、すぐに回避策が思い付いたらしい。
「そうだな、その時は私の名前を出せばいいよ。私の家の者だと、そう言っておけば良いさ。」
「と、友雅さんの家の…っ!?私がですかっ!?」
驚いたあかねの顔とは正反対に、友雅の方は随分と落ち着いてこちらを見ている。いつものような、少し艶のある眼差しをして。
「そうそう。『近々橘家に輿入れ致しますの』とかね。そう言っておけば良いんじゃないかな」
「なっ……そんな大嘘を付けって言うんですかっ!」
ただでさえ素性を隠そうと気を張っている最中に、そんな嘘や芝居を出来る余裕なんか、あるわけがない。
友雅は、微笑みながらあかねを見る。
「嘘を付くのは嫌かい?」
「っていうか、そんなの嘘だってバレバレになって、逆に怪しまれちゃうじゃないですか!」
懸命に焦っている姿が、無邪気で愛らしいとは思うけれど……少しくらい、こちらの真意を感じ取ってもらえたら嬉しいのだが。
あかねには、遠回しな言葉よりもストレートの方が分かりやすいか?
「じゃあ、予行練習だと思って言ってみるのは?」
「予行…練習………」
彼の言った言葉を、あかねは反復する。
「リハーサル、とか言うんだったかな、神子殿の世界では。」
覚えたての、異空の言葉。彼女が、日常の会話の中で教えてくれた新しい言葉。
「そう。いずれね、言う時が来たときに慌てないように、って。」
さっきよりもびっくりしたような瞳を輝かせて、友雅をあかねがじっと見た。
……もうちょっと、直接的に言った方が良かったかな、と思ってみたけれど、何となくは気づいてもらえたみたいだ。その台詞の意味。
その証拠に、慌てる彼女の口が震えながら開く。
「ちょっ……と、友雅さんっ、今のって……」
がたん、と車の振動が止まった。外から頼久の声がする。
「神子殿、到着致しました。」
静かな嵯峨の空気が、夏の緑の中で動いている。
「さ、行こうか…姫君。」
友雅の手が、あかねの指先を取る。
それ以上、彼に尋ねるチャンスを失ったあかねは、どきどきした気持ちを抱えたままで、彼の手を握った。
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