Trouble in Paradise!!

 第5話 (1)
土御門家に戻ると、どっさりとあかね達に持ち込まれた品物を見て、藤姫が驚きの声を上げた。
「まあまあ、こんなに…どうなさいましたの?」
ずらりと並んだ様々な物たち。果物やら布やら糸やら小物やら…ありとあらゆるものが何種類も。
「えーと、市に行ってみたんだけどね、そしたら何だか…あっちこっちから色々もらっちゃって…」
半分は本当だが、もう半分は、実は勝手に友雅が自分で購入したものだ。
勿論、それはあかねに贈るための物だが。

「あら、この糸は…綺麗なお色ですこと。こちらも、肌触りの良さそうな感じが致しますね。」
藤姫が籠の中にある糸玉を見付けて言うと、友雅がそれらを糸玉を手に取った。
「質は素朴だけれど、綺麗なものを選んでみたよ。良かったら、縫殿寮の知人に頼んで仕立ててもらおうか。良い物に仕上げてもらえると思うよ?」
これでも差し出された糸の中では、良い物を選び抜いてみたつもりだ。
さすがに袿などには出来ない質だが、形によっては気軽に普通に着られる衣が出来るだろう。
そういう普段着であっても、その中で一番の物を使ってやりたいと思うのは、男としては当然のことだ。

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「友雅さん、さっきの話ですけど。さっきの糸で何か作ってもらえるなら、町にいた女の人たちが着ていたような服が良いです。」
部屋に戻って麦湯を味わっていると、あかねがそんなことを言い出した。
庶民の女たちの格好と言えば、小袖のようなものか。つま先が見える、裾の短い身動きの楽そうな格好だ。
「うちの姉ちゃんが着ているようなもんだろ?でも、ああいうのは俺らみたいな、働く庶民の着るもんだぜ?神子様が着る格好じゃないって。」
イノリは少し呆れたように言う。
「でも、今だって水干着てるじゃない。それに、毎日のように外を出歩くんだから、そういう動きやすい服の方が良いと思わない?」
まあ、あかねの言うことも一理はあるのだけれど。

「分かったよ、そういう風に頼んでおこう。」
友雅がそう答えると、あかねは嬉しそうな顔をした。
あんな格好で歩いたら、それこそまた"身分違いの恋"なんて噂になりそうな気がするが。
それも、隠れ蓑としては都合がいいかな、と気楽に考えたりしていた矢先、戸が開いて藤姫が慌てた顔で部屋に入ってきた。

「神子様!今し方…主上から御文が!」
一斉に皆の目が、藤姫の手に集中した。
「神子殿に、直に主上から?一体何故また…」
さすがに友雅にも、思い当たる節がなかった。
いくら、自分たちの馴れ初めを伝えてあると言っても、だからと言って彼女に文を送る理由など、何もないと思うのだが。
あかねは藤姫から文を受け取り、それらを広げてみた。…が、相変わらずの達筆な筆文字は、やはりすぐには読みにくい。
困って眉を顰めていると、横からすっと友雅の手が伸びた。そして、あかねの代わりに目を通す。
するとそこには、意外な内容が記されてあった。

「……いきなりだな。一体主上は、何をお考えのつもりなのだろうねぇ…」
「え?何が書いてあるんですか?」
あかねだけではなく、イノリや藤姫もその内容に耳を傾けている。
「嵯峨野の式部省宮卿邸での宴に、神子殿もお越し願いたいとの、お誘いの内容みたいだね。」
「神子様を…宴の席へ!?」
誰もが驚くのは当然だ。神子の存在については帝も承知の上だが、特に現状に問題の生じていない今に何故、宴などの席に彼女を招く理由があるのか。
しかも、それに関しては友雅さえも首を傾げている。
この中の面々で、一番帝に近い立場の彼さえも分からない文の内容では、誰一人として帝の意図は分かるはずがない。

「だが…主上がそう申されるのであれば、こちらに問題がない限りは、断るわけにはいかないね。」
それに関しては、藤姫も了解している。問題は、招かれる理由なのだ。
「その行幸には私も同行するし、特に心配はないかと思うけれども…」
友雅はそう言うけれど、帝のいる場所では常に彼は第一を帝と考えるだろうし、そこで一人にされたらどうしようかとあかねは不安がよぎる。
おそらく周りは、誰も知らない貴族や宮家の人々ばかり。
そんな中で、どうしたらいいんだろう…。

「取り敢えず、こちらからは頼久を供に付けて伺わせて頂きますが…。あちらに到着してからのことは、友雅殿…お願いできますか?」
「それは勿論だけれど…。まあ、何とか温情を請えるように努めてはみるよ。」
あかねは、ちらっと友雅の顔を伺った。
いくら周りが見知らぬ顔だけであっても、彼がそばにいてくれたら安心なのだけど……やはりそれは、無理なのだろうな、と思うと気が重くなった。

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次の日、友雅は再び行幸の打ち合わせについて、昇殿することになった。
あれから屋敷に戻ると、彼の所にも帝からの文が届いていた。
その中には、あかねのところへ宴に招待する旨の文を届けたという連絡と、その際には彼女の側に付き添うことを命ずるという事が簡潔に記されていた。

「それにしても、何故神子殿をお招きに?急な用でしたら、こちらにお連れすることも可能ですが…」
先日の市であかねが見立てた、葡萄色の組紐で豊かな髪を結わいた友雅が、帝に尋ねた。
「いや、別にたいそうな用があったわけではないよ。ただ、今の時期は嵯峨の緑も鮮やかで美しい時期だし、竹林に包まれて涼しい夜の宴を過ごせるだろうからね。いつも気を張って頑張っているであろうから、たまにはゆっくりとそんな世界を楽しんでもらえたら、と思ったのだよ。」
「そうでございますか…」
とか、そんなことを言ってみたが、勿論それはすべて本音というわけではない。
神子を労う意味は含まれているけれど、問題は彼女と友雅の事が一番の理由だ。

「というわけでね、当日は私の警護に関しては、別の者に頼んでもらって構わぬよ。そなたは、始終神子のそばに付き添ってやると良い。」
"慣れない公達に一人で囲まれては、息苦しくてたまらないだろうからね"と、帝は付け足した。
有り難いことに、彼女の心境をすべて理解してくれているようだ。
「承知致しました。では、私も有り難くそのお役目、引き受けさせて頂きます。」
友雅は、そう帝に返事を告げた。

最大の目的…それは、二人の通常の光景を、この目で確かめることだ。
宴の席に二人きりの部屋を与えてやれば、少なからず雰囲気はそれなりの展開へと導かれていくであろうし。そうすれば、本当の姿が見えてくる。
噂でしか耳にしていない、友雅とあかねの関係がどこまでのものなのか。
彼には悪いが、しっかりと把握させてもらわねば、困った事になったときの対処も思いつかなそうだ。
あかねとゆっくり話をするのにも、格好の良い機会である。たまには、そんな色恋話に花を咲かせるのも、緊張がほぐれて良いだろう。

「まあ、友雅もせっかくなのだから、ゆっくりと宴を楽しむのだね。神子と一緒であれば、文句はなかろう?」
やけににやにやしながら、こちらの表情を伺ってくる帝に対して、友雅は微笑みを返した。
「私にとって、この上ない幸せ。主上のお心遣い、深く感謝致します」
照れることもなくそんな答えをするものだから、こちらの方が気恥ずかしくなってしまった。

『すっかり恋に溺れておって…。今からこんな調子なら、この先一体どうなることやら…』
帝は胸の内でそんな事を思いつつ、呆れる半面で彼の今後の変貌を少しだけ楽しみにしていた。

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数日前から、嵯峨野は異様なほどの賑わいだ。
あちらこちらの公家屋敷では、宴の用意とも見受けられるほどの喧噪が続いている。厨房は勿論のこと、屋敷の飾り付けや庭の木々の仕立て。出入りする商人も、各屋敷を転々とする者が多い。いわば書き入れ時と言って良いだろう。
この淺見家も同じく、使用人たちが屋敷中を忙しく歩き回り、侍女達もまた室内にて香や几帳の手入れに余念がない。
とか言いつつも、手を動かしながら口を動かせるのが女性というもの。
特に若い侍女たちの話し声は、更ににぎやかさを盛り立てる。

「ねえ、今回の行幸での宴の席に、あの橘少将様もお越しになられるらしいのだけど…例の噂、本当のことなのかしら…」
こんな話が、既に小一時間は続いているだろうか。時にはひそひそと耳打ち声になり、かと思えば黄色い歓声が上がる。
静かな竹林の広がる嵯峨の野を、駆け抜けて行く女性たちのはしゃぎ声には、薮の中のなよたけ姫さえも驚くことだろう。

「橘少将様かあ。私らには目にすることなどないんだろうけれど、噂だとずいぶんと雅やかな御方だそうだねえ…」
小優の隣で、彼女が皮を剥き終わった小芋を切りつつ、庭先から侍女たちの話を聞いていた穂依がつぶやいた。
「他の屋敷の使用人たちと話したりするけれど、そちらでも話題はその話が中心らしいし。琵琶やら笛やら歌やらと…何から何まで精通した、そりゃ物腰の優雅な方だそうだよ。」
「ふうん…。いや、でもさ、私が市で見かけたお貴族様も、かなり華やかな御方だったよ?」
「ああ、昨日見たっていう…」
彼女たちもまた、侍女たちと同じように作業は続けつつ、穂依とそんな他愛無いおしゃべりをする。そんなことでもしなければ、延々と続く同じ作業にくたびれてしまうというものだ。

「背がすらっと高くてねえ、髪が川の流れのように緩やかに長くてねえ…穏やかで甘いお声がまた、妙に艶やかな方だったよ。」
そこら辺りのよくいる貴族の風貌とは、明らかに違うから嫌でも目につく。
更に一言でも間近で対面したとなれば、尚更にその印象は強く残る。
「ま、既にお手つきのようだったけれどね。」
昨日も小優から聞かされた話を、穂依はもう一度耳を傾けつつ芋を切る。
身分が違っても、女性は皆同じだ。親しい相手と雑談しながらの方が、手作業も捗るというもの。

しかしその時、背後の几帳が勢い良く捲り上がった。
「小優…!今の話、もう少し詳しくお話しなさい!」
顔を出したのは、浅見家の三の姫、瑠璃である。
その後ろには侍女たちが、ずらりと並んでいる。しかも全員、心許な気な表情をして小優を見下ろしているので、こちらとしては何事かとたじろいでしまう。
「話…って、何の話ですか」
「そ、その…昨日の市で見かけたという…その公達のお話をもう一度おっしゃい!どのような方だったのか、詳しく説明なさい!」

一体何があったというのだろう。
単なる、使用人の雑談でしかないものを、何故貴族の姫様や侍女たちがそこまで興味を抱くのか。
もしかして小優が見かけたその人は、意外にも名高い屋敷の主人であるとか……?いろいろと考えてみるが、他の貴族の屋敷になど行った事もない彼女は、公達に詳しい訳がない。
だが、あまりに三の姫達が血相を変えて急かすので、渋々昨日出会った彼の話を説明することにした。



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Megumi,Ka

suga