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Trouble in Paradise!!
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| 第4話 (3) |
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----------所変わって、昼下がりの清涼殿。
久しぶりの昇殿に、いささか朝比名も緊張していた。
ほんの一年前までは、こうして大内裏を行き来することも多かったなんて、今では信じられないくらいだ。
「急に呼び立ててしまって、悪かったね。隠居生活はどんなものだい?」
「…は、他愛もない道楽の毎日。すっかり落ちぶれてしまい、こうして主上の御前に上がるのははばかられるような日々で御座います。」
彼の言葉を聞くと、帝は穏やかに笑った。
「これまで長い間、大納言として努めてくれたのだ。任を降りた今、のんびりと気ままに過ごしても、誰も咎めはせんよ。」
昼御座の間に生けられた、ノウゼンカズラの花が彩りを添えて、ほんの少しだけ綿墨の季を和らげてくれていはいるが、ここでは帝と二人きり。
更衣や内侍たちの姿も見えない。わざと人気を払っただろうと思うが、これではいくら『気楽に』と言われても無理というものだ。
そんな朝比名の心とは真逆で、帝の方は早くも気分がそわそわして落ち着かない。
とにかく、彼を呼びだした理由。それをすぐにでも聞き出したくて、切り出す機会を待ちこがれているのだ。
「それでな、今日そなたを呼んだ理由なのだが……実は、ちょっとした噂話が最近京を賑わせていてな……」
帝が切り出したとたんに、朝比名は『ああ、やはり』と思った。
息子である晃季が言っていた通り、何となく呼び出された意味は予想はついていた。帝にとっては、側近とも言える彼のことだ。近くにいるだけに興味がそそられるのだろう。
「橘少将殿のお話でしょうか?」
彼が言うと、帝はにやりと笑って身を乗り出す。
「気付いていたか。それなら話が早い。では、話を聞かせてもらおうか。」
改めて腰を据えて、帝は朝比名を見た。
「確か友雅は、連れの娘が熱を出したということで、そなたの山荘に世話になったのだったね?」
「はい。幸い家内が生薬等に長けておりまして、酷くならずに一晩休んだだけで落ち着かれたようです」
さすがの友雅も、急に彼女の具合が悪くなったとなれば、さぞ困った事だろうに。それでも、朝比名の山荘にたどり着くことが出来ただけでも、運が良かったと言えるか。
「で、その晩はそなたの山荘に、身を寄せたということだね」
ここまでは、ある程度は分かっていたことだ。
さて、そろそろ本題に突っ込むか…と思ったが、やはり少々こういう話題になると、直球では尋ねにくい。
帝は何度か頭を掻きつつ、言葉を呑み込んでは空気をごまかしたが、それではいつまでたっても埒があかない。
「それで、だ……。ここからは、少々尋ねにくいことなのだが、それとなく教えてもらいたいのだが……」
「私にお答え出来ることであれば、なんなりとお尋ね下さいませ。」
では、思い切って聞いてみることにするか。
何せ、事によっては更に予想外の展開になりかねない、そんな可能性を秘めた問題であるのだから。
「友雅…と、その娘は、その夜はどんな様子だったのかな…」
「は、それは…まあ、仲睦まじいと言いますか…。少将殿は朝までずっと、連れの娘御のそばを離れずにおられたと、我が家の侍女が申しておりました。」
朝まであかねのそばに……。一晩中、床に着く彼女のそばにいたということか。
男と女が一つの部屋で、朝まで………。
帝の頭の中は、完全に妄想が渦を巻きつつある。
いや、でもいくら友雅とは言え、熱を出して寝込んでいるあかねに対して、そんなことはまさか……と思うのだが。
「随分と親身になっておられたようで…その様子を見ても、さぞ、その……深い間柄なのでは、と家中の者も話している次第で。」
そこで、ぴくりと音を立てたのは、帝の直感的な部分だ。
「深い間柄、と今言ったけれど、それはその…つまり、どういう様子を見て、そんな風に思ったりしたのだろうか?」
いよいよ核心に入って来た。問題は、そこなのだ。
一体あの二人が、どこまで関係を進めているのか。それが気になるのだ。
神子と八葉という立場もある傍らで、何せあの友雅はあんな男であるし。
すぐ近くに想いを寄せた女性がいたとしたら……立場など気にせずに、男と女の関係に発展していても不思議ではないような…とは、単なる思い過ごしだろうか?
朝比名は、少しためらったような素振りを見せてはいたが、思うところを静かに話し始めた。
「私は実際に目の当たりにはしておりませんが…侍女達がお二人の雑用を、と部屋を訪ねた際に、いくつか思い当たる様子を目にしたと騒いでおりましたが…」
「そ、それは何だ、その…どういうことを目にしたのか、そなたは聞かれたか?」
「はあ…随分と侍女たちが沸いていたもので、否応にも私の耳にも入って参りまして……」
まさかな、とは思ってはいた。ただ、やはりこれまでの経験がモノを言うということもあるし。
普通の男ならいざ知らず、友雅だから問題なのだ。
だが、仮にも八葉だ。そして相手は神子だ。最低限、それくらいは自覚していると信じたいものなのだが……。
しかし、そんなハラハラした帝の心理は、朝比名からの言葉で、一瞬のうちに凍り付く。
「せ、接吻…と言いますか。ま、まあその…薬湯を差し上げたものですから、それは多分…口移しをされていたのかと思うのですが…」
この年になると、さすがにそういった言葉を口にするのも、いささか気恥ずかしい。屋敷の中で、身内を相手に話しているわけではないので、尚更口にしにくい話題だ。
だが、問題はそんなことよりも、更にそのあとのことだ。
「まあ、随分と今回はご本命と見受けられましたので…。朝まで手枕をお貸しになられていたのも、当然の成り行きかと……」
ふと、視線を上げて様子を伺ってみた。
すると帝は、まるで冷や水をかぶったかのように微動だにせず、硬直してそこに座っていた。
手枕。その一言が、頭の中で反響する。
手枕…手枕…手枕………それにつながるのは、つまり…。
『やはり予想通りということか〜〜〜っ!!』
声にならない自分の叫びが、帝の心に響き渡った。
「生憎と相手については聞き出せずじまいなのですが。しかし、年若い見た目とは違って、あれほどに少将殿が本気を示す様子でございますから、なかなかの手練者でございますね」
そういって朝比名は苦笑したが、帝の方はそんな余裕など全く無い。
もしや、とは思っていたが…やはりそっちの方向に結果が傾いていたか、と思うとため息しか出ない。
大体あの友雅が、よりにもよって相手を定めて、それでいて男と女の関係に発展しない方がおかしい。
そうは思ってはいたが……。
「ですが、ようやく少将殿が身をお固めになる決心がつかれたということで、若い公達は随分と血気盛んなようでございます。今の今まで、京の女人の心を射ていた御方にこのような話が沸いたということで、後釜を狙おうと皆気合いを入れておるようで。」
笑いながら、そんな若人の様子を話す朝比名の言葉など、帝の耳には届いていなかった。
「困ったものだ……」
「は?如何なされましたか?」
ぽつりとつぶやいて、呆れたように首をうなだれた帝を、朝比名は不思議そうに見た。
彼には分からないだろう。
元々、友雅が八葉であることも、そして彼の相手であるあかねが、神子であることも知らないにちがいない。
知らなければ、ただの華やかな噂話になる。それなら結構。だが、帝自身は彼らの素性を全て知っている。だから……困惑するのだ。
好き合った男と女が、手枕に共寝をすることは自然な成り行きではあるけれど…。
しかし、未だに神子と八葉の役目は終わっては居ない。
そんな中で……もしも、もしもだが……もしも、共寝の結果が生まれてしまったとしたら、どうする!?
「ないとは言い切れないのが、友雅なのだよ…」
頭を抱えつつ、帝はぼやいた。
幸い、これまでそういう噂は聞いたことはないけれど(何せ長続きした噂も聞かない)、こうも親密な深い関係が幾度も続いているとしたら……。
「あのご様子ですから、意外にも早くやや子でも出来るかもしれませぬな」
軽い気持ちで言ったその一言だが、帝にとってそれは、最大級の威力を持った爆弾を落とされたような衝撃だった。
まさかすでに…そんなことはないだろう、まさか。
だが、その"まさか"や"もしも"を、悉く覆されて来たのだ…そうなると、今度は鵜呑みにするべきなのか?
「いや、でも、うーむ…」
ダメだ。どんどん混乱して来た。
全く、何故こんなにまで臣下の色恋沙汰で、ハラハラしなくてはならないのか。
まあ…そもそも自分自身が好奇心で、探りを入れようとしたことも悪かったのかもしれないが、と帝は思う。
別にあの二人を割こうとは思わないが、一体どこまでが真実なのか分からない。
どんどん推測は広がって、妄想はいくらでも生まれ出る。
「一度、本人たちを呼んで話を聞いてみることにしようか……」
これまでの状態では、友雅からしか話が聞けていない。
彼の様子は充分理解出来ているが、あかねの方は一体どうなのだろうか。
もう、直接聞いてみるしかないだろう。一体、どこまでが二人の本当の姿なのか。
幸い、もうすぐ嵯峨への行幸が予定されている。
その際には式部卿宮の院で宴の予定がある。勿論友雅も同行するし、近辺の貴族達も集まっての賑わいになるだろう。
そうなれば一人くらい増えても、別に困ることではない。事情を話せば、あかねには友雅が伴ってくれるだろう。
ならば好都合だ。同時に二人の話を聞ける機会もあろうというもの。
「まあ、それもまた楽しいか。」
事実はどうか分からないけれど、少なくともあの友雅の恋沙汰なんて、二度とあるものじゃなし。
困惑することも多々あるが、結局はどこかワクワクしている自分に、帝はやっと気付いた。
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