Trouble in Paradise!!

 第4話 (2)
実際のところ、盃なんていくらでも有り余っていたのだが、絡まれていたあかねを男から引き離すために、間に合わせで購入したものだった。
しかし、手に取ってみると結構良い代物で、趣味として屋敷に置くのも良いかもしれない、と友雅は思った。

「どこ行ってたんですか?あちこち探しちゃったじゃないですか…」
隣を歩く友雅に、あかねが尋ねた。
「ちょっとね、ぐるっと偵察していたんだよ。これでも主上から、京の様子について随時連絡をするようにと言われているんでね。貴族の暮らしぶりなんかを見るよりも、こういう市に集まる人々の様子を見た方が、はっきりとした変化が分かるものだからね。」
「そうだったんですか…」
国の乱れは、多くの市井の臣に一番の影響を及ぼす。
背後に護りを置ける貴族や公家達はその場を凌げるが、彼らにはそれがない。
だが、そんな彼らの生活が穏やかであるからこそ、作物は豊富に実り、そして国が潤うものだと帝は言う。
そんな彼らの暮らしぶりに常時注意を怠らぬように、と友雅たちは言われている。

「でも、随分と以前から比べたら、賑やかになったよ。売られている品物も多くなったし、皆表情も明るくなった。その証拠に、他人の仲介をしたがる余裕があるんだからね」
「あ、さっきの人ですか…」
あのまま友雅が現れなかったら、どうなっただろう?
というか、そんなに物欲しそうな顔で歩いているように見えたんだろうか…自分は。そう思うと、少々複雑ではある。
「私が一緒だと正直に言ってしまえば、あんなに詰め寄られなかったのにねえ」
「言ったって信じてくれないですよ、きっと。それに、私たちのことがバレちゃったら困るじゃないですか」
他の八葉にも、誰にも秘密の恋だから、自分たちを知っている相手には打ち明けられないし、知られちゃいけない。
出来るだけほころびを作らないようにと、細心の注意を払って想いを伝え合うのは、決して楽なことではないけれど、今は仕方がない。

「ここらにいる者に知られたところで、たいしたことはないよ。」
そう言って友雅は、あかねの肩を引き寄せて、民衆の往来の真ん中で彼女の頬に唇を寄せた。
「やっ、ちょっ……こんなところで何するんですかっ!!」
「平気平気。こうしていれば、さっきみたいに絡まれることもないから。」
あかねは焦って周囲の視線に目を遣ったが、何故か意外にも周りの目はにこやかだ。中には二人の様子を見て、ひやかす者も出てくる始末。
そうなるとまた少し恥ずかしくて、気が逸る。

「良いねえ、仲の良いことで。ほら、二人でこれ持っていきなよ。」
子供を連れた若い女が、あかねに差し出したのは、小籠に入った真っ赤な桑の実。
すると今度は、反対側で店を出していた男が友雅を呼ぶ。
「旦那、こっちにある糸なんか、紡いだら良い衣が出来るよ。お嬢さんのために、どうだい?」
「そうだねえ…ほら、どっちが良い?好きな方を買ってあげるよ」
「そんな…いきなりそんなこと言われてもっ!」
慌てるあかねの事などおかまいなしに、友雅は手を引っ張るし、売り子の男は容赦なくあれこれと品を見せるし。
賑やかな雰囲気に呑まれて、あかねはすっかり身動きが取れなくなってしまった。

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その女性は、並べられている山菜と木の実を細かく厳選しつつ、選んでいた。
「そういえば…、さっきは随分と賑やかな様子だったけれど、何かあったのかしらねえ?」
「ああ、いやね。随分と仲の良い旦那と娘がいたもんだからさ、ちょっとひやかして遊んでたんだ。」
男は、彼女が選んだ品物を袋に詰めて、口を紐で結んで差し出した。

この女性は、名を小優と言う。
嵯峨に住む公家の使用人で、女房達の言伝を聞いて食料などを調達に行くことを仕事にしている。
時折、こうして市にやって来て買い物をしていくので、商いをする者たちにはお得意様というところだ。
「いいわねえ。やっぱり庶民だと、恋愛も自由で良いわよね。変にお貴族様なんて育ち方すると、大変よ。好きあっていたって、身分やら家柄やらで思うままにならないんですもの。」
小優はしみじみと、そう話した。

雑用を任される使用人として、公家のお屋敷に就いてしばらく経つが、色々な格式に捕われた日常を彼女は目の当たりにしてきた。
見た目は豪奢で華やかな世界も、よく見ると堅苦しいものである。
生涯を連れ添う相手さえ、自分で選べないために苦悩する家人を見て来ただけに、尚更そう思う。
「でも、さっきの二人のうちの旦那の方は、良い所のお貴族様っぽい感じだったぞ?娘の方は、水干とか着てて、やけに俺らみたいに庶民的だったけどさ」
「…それは、どこぞの道楽を極めたお貴族様が、おおよそ遊び女でも連れて娯楽をたしなんでいるだけでしょうに。」
「いやいや!そういう感じの娘じゃねえよ。まだ若そうだったし、はきはきしてて童っ子みたいな感じだったもんな」
隣にいる男に言うと、彼も首を縦に振った。

とは言え、貴族の男が考えることなんて……ろくなもんじゃないだろう。家人の男たちを見て来た小優は、すっかり男性不信に陥ってしまったくらいだ。
「ま、私たちにゃ関係ないでしょうけどね」
半分呆れたように言った小優は、品物を持ってその場を後にした。


しかし、久々にやってきた市ではあったが、以前から比べたら随分と活気が戻って来たようだ。
やはり市井は、こうでなくては。賑やかな売り込みの声も空気を盛り上げ、歩き回ってみるだけでも元気が出て来る。
そのせいか、客もかなり増えている様子で、場所によっては人をかき分けなくては進めないところもあった。
「おっと…すまないね」
小優がその人混みを抜けようとしたとき、若い荷物持ちの男と肩がぶつかった。
その拍子に手元が緩んで、籠の中に入れていたスモモの実がこぼれ落ち、いくつかがコロコロと地を転がって行った。
慌てて小優はそれらを拾い上げ、ひとつひとつを再び籠の中へと戻して行ったが、スモモを追って行くうちに誰かの足下が目の前に現れた。

ふと、顔を上げたそこに居たのは、妙に見目の華やかな男。
「はい、どうぞ。転がって、少し傷が付いてしまったかな。」
彼の手には、スモモが一つ。それを、そっと小優に差し出した。
「…あ、どうも…ありがとうございます」
おもわずぼんやりとしてしまうほど、不思議な光を纏った彼は静かな笑みを浮かべていて、その瞳が何とも表現しにくい程艶やかだ。
緩やかに波を描く豊かな長い髪と、しなやかさを持ちながら大きなその手のひら。一介の貴族とは、どこか違うような。

「友雅さん!こっちにも転がってましたよ!」
彼に気を取られていた小優であったが、朗らかな少女の声が聞こえて、やっと我に返る事が出来た。
目を凝らしてみると、その声の主は軽やかな風貌をしていて、爽やかな面持ちをした少女だった。
"友雅"と名前を呼ばれた男は、彼女が拾ったスモモを受け取ると、もう一度小優に差し出してくれた。

「えっと…今あちこち見てみたんですけど、それで足りてます?まだ、個数足りませんか?」
少女はその場にしゃがみ込んで、きらきらした瞳をしてこちらを見る。
「あ…えーと……だ、大丈夫です!全部、拾いました。ありがとうございます。」
同性で、しかも自分よりも年下に思える彼女だが、不思議なほど澄んでいる瞳の輝きに、小優は少しどきどきした。

「それじゃ。今日は人の出が多いから、気をつけた方が良いよ。」
彼は小優にそう告げると、隣にいた少女の肩に手を回して立ち去ろうとした。
「あ、あの!これ…御礼に!」
慌てて二人を呼び止めた小優は、今しがた彼らが拾ってくれたスモモを二つ差し出した。
「でも、おつかいで来られてるんじゃないですか?もらっちゃ悪いですよ。」
「いや…今日は思ったより安い値で手に入ったものだから、いくつかだったら都合付くから平気なんで…。」
小優はふたつのスモモを、あかねの手に半ば押し付けるように手渡した。
つややかで、良い赤みを帯びた実は、ほんのり甘酸っぱい香りがする。

「じゃあ、一個だけ有り難く頂くとするよ。」
どうしたものかと困っていたあかねの手から、友雅がスモモを一つ取り上げて小優の籠にコロリと戻した。
「二人で一個の方が、らしいからね」
そう言ってあかねを更に引き寄せ、一口かじった実で彼女の唇を突いた。


「いやまあ、あんなにあけっぴろげじゃ、こっちが当てられちまうねえ。」
様子を見ていた人々が、立ち去っていく二人の後ろ姿を見ながら、笑い声を上げて湧いた。
小優は、目の前にいた彼らの姿を思い出してみる。
雅やかな貴族と思われし男と、水干を身に付けた朗らかな少女。
……そういえば、さっき向こうで男が話していたのは、もしかしてあの二人のことだったのだろうか。
「確かに、ちょっと差のありそうな二人ではあるけど…」
それにしては何故か妙に、空気が馴染んでいるというか……。
会話も主従的な雰囲気もないし、見た目とは違って対等な関係が築かれているようだし。

「何か、変わった二人だなあ…」
既に見えなくなっていた彼らの残像を、脳裏に浮かべながら小優はつぶやいた。


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Megumi,Ka

suga