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Trouble in Paradise!!
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| 第4話 (1) |
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隠居の身となった自分に、今になって帝から昇殿の呼び出しが来る事になろうとは、彼も想像していなかった。
「一体…何故私が呼ばれることになったんだろうか。特に、問題なく引き継ぎは終えていたと思うのだが……」
綿墨はその文に、しばらく首をかしげていたが、隣にいた晃季が、軽く彼の肩を叩いた。
「父上、もしかすると…少将殿の、例の話についての事をお聞きしたいということではありませんか?」
「…橘少将殿の?」
詳しい理由については、別段書かれていない。ただ、『貴殿に尋ねたい事がある。時間を見て、昇殿されることを待つ。』というような内容のみだ。
「少将殿と、例のお相手の事で直接関わった方は、父上だけではありませんか。あの方のことですから、相手が例え主上であったとしても、そうそう口を緩めることはないかと。そうなると、やはり他人からの目撃談などから真相を探りたくなるのではありませんか?」
そういう理由で、自分に話を聞きたいということか。
「朝比名殿、お返事は如何なさいますか」
使いの者が外で待ちくたびれて、顔を出した。
「あ、ああ…申し訳ない。勿論、今すぐにでも予定を改めて御前に上がります、とお伝え申して下され。」
「かしこまりました。それでは、お待ち致しております」
「本当に、嵐のような噂を広める御方ですねえ…少将殿は」
気楽に笑いながら、晃季はそう言った。
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天気が良いのは構わない事なのだが、だからと言って自分たちの都合が良いようには、事が運ばない。それは当然のことではある。
しかし、前回トラブルに見舞われてしまっただけに、普通の過ごし方というものが少し口惜しい。
「そういやさぁ、今度嵯峨の方で宴をやるとかって話、聞いてないか?」
少し前を歩いていたイノリが、振り返って言った。おそらく、友雅に聞いたつもりなのだろう。
「ああ…確か来週辺りだったかな。行幸の予定があるのだけれど、その際に式部卿宮様がおられる嵯峨の院にて宴を、という話があるが…それのことかい?」
「多分、そうじゃねえかな。何かさ、それで最近嵯峨辺りが盛り上がってて凄いって、こないだ嵐山から来たお得意さんが言ってたぜ。」
普段は静かな嵯峨の野も、行幸となると一転して賑やかになる。
周囲に居を構える高位の貴族達は、催される宴の為にと袿や装束を新調する者が多くなるし、帝直々ではないにしろ、宮廷お抱えの心寄せを期待する者も少なくないため、もてなしに余念がなくなる。
「だから、俺の知り合いもあそこらに住んでるけど、山菜とか川魚とかさ、あっという間に売れちまうんだって。自分らの食い分も用意出来ないくらいだって言ってたぜ?」
「それでも、商いとしては良いものじゃないかい?町に降りればそれ以上のものも手に入るだろう」
「まあな。だから五分五分ってとこらしいけど。」
以前よりも雨が時折ではあるが、地を濡らしてくれる日々が戻って来たので、行商に出てくる者たちの品揃えも豊富なようだ。
毎週のように寺の境内で行われている、こういった賑やかな市があかねは好きだ。フリーマーケットみたいな雰囲気で、売り手の人々と話をすることも楽しい。
髪飾りや色合わせの凝った組紐など、藤姫が用意してくれるものは美しくて華やかなものばかりだけれど、こういう所に並ぶのは素朴なデザインが多くて、気軽に手に取れる。
「ね、この赤いやつと黄色いやつだったら、イノリくんはどっちが良いと思う?」
「あー?俺に聞くなよ、そんなの。女が好むものだったら、俺よかずっと詳しいヤツがいるじゃん。」
そう言い返したイノリは、日用品などにあれこれ目移りしているようだ。多分、家に居る姉の代わりの買い物という感じなのだろう。
あかねは、イノリが言った相手の姿を捕らえようと、振り返ってみたのだが近くに友雅の姿はなかった。
「あれ……どこ行っちゃったんだろ、友雅さん…」
「アイツの事だから、馴染みの女でも見かけたんじゃねーのー?どっかの貴族様の女房さんとかさ。」
イノリは気軽にそんな事を言ったつもりだったのだろうが、平然とした表情を作りつつも、あかねにとってはちょっと面白くない冗談である。
また、そういうことがあり得そうな相手だから、余計に笑って交わすことが出来ないのだ。
「ねえ、ちょっと探しに行っても良いかな…」
じっとしていられなくなったあかねは、イノリの背中を叩いた。
「ん、構わねえよ。でも、あんまり遠くに行くなよな。何かあったら困るしさ。」
「大丈夫。市をぐるっと見て回るついでだから。」
あかねはそこでイノリと分かれて、境内の奥へと歩き出した。
山のふもとに近いせいか、緑の香りがゆっくりと町へと流れてくる。少し遠くに望む景色も、青空に深い緑山が浮かんで良い景色だ。
そんな風景も、人々の賑やかな声も、楽しいには違いないのだけれど…。
人の波をくぐりながら探してみるけれど、まだ彼の姿は見つからない。
時折、楽しそうに会話をする若い男女の姿が目に入って来る。そのたびに、イノリの言葉が再び浮かんで来る。
「そりゃ、そういう人はいっぱいいるだろうけど……」
いくら今は、自分を見てくれていると思っても、彼にはたくさんの過去があるわけで。その中には、多くの女性の姿が存在しているわけで。
「あーあ……どうして好きになっちゃったんだろうなぁ…」
少し肩を落として、深くため息を吐いてみる。
そんなことをやってみたところで、気持ちまで吐き出せるわけがない。
好きになったら、そこが地底。あとはどんどん想いが積み重なって、無限の天上に向かって高く舞い上がるのみ。
「どうしたんだい?若い娘が一人で買い物なんて、色気がないねえ?」
突然あかねは、行商をしている年配の男に声をかけられた。
彼の前に並んでいるのは、素焼きの皿のような、小鉢のようなものだ。
男はその小皿をひとつ手に取って、あかねの前に差し出してみせた。素朴だが、それはしっかりした器だ。
「こういう器に、そっと酒を傾けてやるとかさ。そういう相手はいないのかい?」
「……べ、別にいないってわけじゃ…!」
いないというわけじゃないのだが、身の回りに姿がなければ、そんなことを言っても負け惜しみになってしまうか。
「若いんだから、早くそういう男を見つけなよ。それとも、俺が良い奴を世話してやろうか?」
「は?」
人懐っこい顔をした男は、器を手にしていたあかねの方へ身を乗り出した。
「いやー、俺んとこの周りにも嫁にあぶれてる奴が多くてさ。でも、働き者のしっかりした男ばっかりだぜ?」
「え…そんな別に…私、そういうつもり全然ないですからっ!」
「見栄を張るなって。ホント、いい男ばっかり集まってるから。」
決して裏がありそうな男ではないのだろうが、いわゆるどこにでもいるお節介焼きという類いの人種だ。人当たりが良いだけに、ついつい男女の縁結びまで世話をしたくなるという、困った相手だ。
悪い相手じゃないだけに、怒って振り切るのも何だし。そこでいざこざが起こってしまったら、更に大変な事になるし。
でも、真剣に困るのだ…こういうことは。今のあかねの立場上……。
「取り込み中に申し訳ないんだが……その盃と、一回り小さな盃を一つずつもらえないかな」
男に手を掴まれて、困り果てているあかねの後ろから、並んでいる小鉢を示す指先が伸びて来た。
「と、友雅さんっ!」
びっくりして振り返ると、男の手からほどけたあかねの肩を友雅が引き寄せた。
「素朴な土質だけど、仕上がりは綺麗な盃だよ。良い腕を持っているようだね。」
「はあ、こりゃどうも…」
ひとつひとつを眺めながら友雅がそう言うと、男もまんざらな気分ではなかったらしく、さっきまでの人情的な雰囲気は影を潜めて腰が低くなった。
確かに、見た目であきらかに庶民とは違う友雅であるから、そんな言葉をもらえれば光栄に値する気になるのだろう。
「私には普通の大きさで良いけれど、彼女にはもう少し小さなもので充分かな。」
友雅に肩を抱かれているあかねを、男は少し唖然とした顔で見ている。
「ね?」
顔をあかねの至近距離まで近付けて、唇が触れるギリギリのところで微笑んで。
「は…ぁ…そう、です…ね」
人前だから顔を反らしたが、そのまま肩は彼に抱いていてもらう。その、大きな手のひらの感触が安心感を誘うから。
「人は見かけに寄らねえなぁ…」
頭を掻きながら、男は二つの盃を束ねて友雅に差し出しつつ、隣にいるあかねの顔を見て豪快に笑った。
「一人で歩いてるもんだから、てっきり相手でも見つけに来てるのかなあと思ったんだけどさ。こんなご立派な相手がいるなんて、すみに置けないねえー」
ニコニコした男の話を聞きながら、友雅がそれに乗る。
「いや、見かけに騙されちゃいけないよ。彼女はこう見えても、男を取り込む力をちゃんと心得ていてね。それにまんまと捕まったのが、この私というわけだよ。」
「ちょっと待って下さいよ!そんなこと言ったら、まるで私が友雅さんを誘惑したみたいに聞こえるじゃないですかっ!!」
ムキになって反論するので、更にあかねの顔は真っ赤になった。
だが、そんな様子も外部の目から見れば、仲の良い二人が戯れ合っているように映るだろう。
再び友雅は男の顔を見て、何やら楽しそうに言う。
「そうなんだよ。実は、彼女に誘惑されてしまってねえ…。その時の話、聞いてくれるかい?」
「デタラメ言わないで下さいよーっ!!」
じたばたするあかねを、笑いながら友雅は抱きしめた。
「困ったなあ…こんなところで見せつけられちゃ、たまんねえなぁ」
そんな風に言われると、今度は何だか気恥ずかしくなって来た。すっかりこの男には、自分たちが恋人同士だと思われてしまったようだ。
間違いじゃないけれども、普段は隠しているだけに、何だかくすぐったい気分だ。
「ま、せいぜい仲良くやってくれよ。それで、旦那に酒でも注いでやりながら夜を楽しんでくれな」
彼がどういう意味合いで言ったか分からないが、無性に顔が熱くなった。
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