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Trouble in Paradise!!
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| 第3話 (3) |
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その名を聞いて、あれだけ聞き出そうとしていた帝も、さすがに咄嗟には言葉が出て来なかった。
友雅からは、既に神子の素性を伝えてられている。
彼女の名前、そして生まれ育った世界、これまでに彼女が行った所業の数々まで。それらを帝に伝える事が、懐刀という肩書きを持つ友雅の役目でもあったからだ。
だが、まさか八葉である友雅の選んだ恋の相手が、その神子だなんて想像出来たはずがない。
「……主上のお心を乱してしまい、お詫び申し上げます。」
友雅の声に、帝ははっと我に返った。そして、深いため息をつく。
「そなたの相手に誰がなろうと、驚くことはないと思ってはいたが……まさか、そんなことになっているとは…」
思わず頭を抱えた帝を、苦笑いしつつ友雅は頭を下げた。
「申し訳ございません。ですが、恋というものは、予想外の展開に流されてしまうものでございまして…」
自分だって、不思議なくらいなのだ。これまで付き合った女性とは、一度も重なることのない印象を持つ彼女だ。
そんなあかねに、初めてこんなに惹かれている。
抱きしめた腕を解きたくないほどに。
「全くそなたというのは、周囲を驚かせることに長けた男だな。」
何度もため息を吐き出す帝を見ながらも、その表情が険しくないことだけが幸いだと思った。
これなら咎められることは、多分なさそうだ。味方に着いてもらえるだろうか?
「主上、すべてを打ち明けました機会に、恐れながらお願いがございますが、お耳を貸して頂けませんでしょうか?」
「ああもう、何でも申すがいい。これ以上驚かされることなど、何もありはせぬだろうがな」
若干呆れたような言い方が気になるが、やはり打診はしておいた方が良いだろう。
噂に飛び着く輩の多い、この世界。今後、どんなことが待っているか分からないのだから。
「私の…いえ、神子殿についての事ですが、私の相手が彼女であることを、内密にお願いしたいのでございます。」
「ふん?まあ、それはな…一応事が事なだけに、あけっぴろげには広めるつもりはないが。」
帝はそう思っていても、彼の周囲には幾多の噂好きな女御たちが控えている。その中の一人に伝われば、あっという間に殿中全体に話は広がるだろう。
それこそが、一番の問題なのだ。
「まだ、八葉と神子の立場もあります。不本意に彼女を動揺させてしまっては、龍神に咎められてしまい兼ねませんし。」
「そりゃまあ…確かにそれはそうだが。」
京を護ることが、神子に嫁せられた命だ。そして、そんな彼女を護るのが八葉の役目だ。
この国を肩に背負う立場として、彼らの任を妨げることは出来ない。
帝として、出来るのはその程度でしかないが。
「……彼女の素性が漏洩せぬように、お力をお貸し願えませんでしょうか?」
「とは言っても、既にそなたが、とある姫君と親密な関係にあるというのは、拭えないほどに噂として広まってしまっているぞ?」
友雅自身も、ここに来る途中で充分に視線を感じているだろうに。
それほど、二人の関係は京全体の噂の渦中にあるのだ。
「気をつけておくが、私の関与しない部分での話までは責任が持てぬぞ」
「勿論それは承知しております。ですが、主上の恩恵を頂くだけでも、心が安まるというものですから。」
…まったく厄介な展開になってしまったものだ。
恋する者たちにケチをつもりは毛頭ないが、よりにもよって神子と八葉が恋に落ちるとは。
ただでさえ、未だに落ち着かない京の現状だというのに。これまたひとつ、問題勃発だ。
穢れやら怨霊やら、と、そんな物騒な話題じゃないだけ、ましではあるけれども。
「…だがな、友雅。水をさすような質問だとは思うが…そこまでそなたにとって、彼女は大切な姫君なのか?」
怪訝そうな表情をする帝とは裏腹に、友雅の答えは理路整然としていた。
「そうですね。少なくとも…四六時中、手離したくない程には。」
涼しい顔をして、彼はそう言ってのけた。
驚いた。どうやらこれは、本気らしい。
こうなってしまっては、彼に手出しなど出来そうにない。
「時折、八葉と神子の立場が邪魔だと感じる時もありますね。そのようなものがなければ、何の遠慮もなく愛し合うのも可能なのではないかと、そんなもどかしさも覚えますが。」
「む…そういうもの、か」
聞いているこちらの方が恥ずかしくなるほど、すらすらと彼の口からは甘い言葉がこぼれ落ちる。
それを自然に口に出来る程、彼の心は燃えているということだろうか。
「常に人目を避けつつ、逢瀬を続けるのは結構な苦労でございまして。ですので、先日も人里離れた山の方に出向いた際に、雨にやられてしまい朝比名殿にお世話になってしまいました。」
「朝比名…昨季まで大納言を勤めていた、朝比名殿か?」
そこまでは話が通っていなかったようで、友雅はその時の事をかいつまんで説明をした。
「ん、まあそうか…その、うん…まあ、度の過ぎない程度に、仲睦まじく過ごしたまえよ。出来る限り、胸の内に留めておく。」
「有り難きお言葉を頂きまして、光栄に存じます。」
ふう、と、もう何度目かわからないため息をついた。
友雅は、開いたままになっていた断り書きを広げ、行幸の進行について再び語り始めたが、帝の耳には半分くらいしか入って来なかった。
-------この男が、そんなにまで夢中になるとはね…。
ひとつのことに情熱を注ぐことなど、無縁だと思っていたのに、人間どこでどう変わるか分からないものだ。
恋の持つ力は、妖術の如き。人一人を変えてしまうのも容易いらしい。
+++++
「友雅殿は、お帰りになられました?」
花器に生けたノウゼンカズラを手にした更衣が、帝の部屋にやって来た。
彼の寵愛を受けている彼女もまた、噂の種が気になるという様子だ。
もちろん、彼女の背後にはそれを聞きたがっている女房たちも、山ほどいるのだろうが。
「それで、如何でございました?例の噂の真相を、聞き出せました?」
色濃い橙の花と、少し色を薄めた橙の花。二本の色合いの濃淡が美しい。ふわりとした花弁は、華やかさと清々しさを同居させたようだ。
それらを眺めつつ、帝はつぶやく。
「うーむ…まあ、うん…その相手のことは置いておいて、友雅の本心を汲み取ることは出来たよ。」
「あら、それはまあ…。皆、それが気がかりなのですよ?あの友雅殿が、本当に奥方を娶るつもりなのか、と…最近の話題はそればかりで、いっこうに落ち着きませんの。」
多分、相手の素性を知れば、また騒ぎが大きくなるだろうな、と思う。だから、これは友雅の言うとおりに黙っているつもりだ。
しかし、ほんの少しくらいは…あの友雅の変化を楽しんでみたくはないだろうか。翻弄される彼の姿など、滅多にお目にかかれるものではなさそうだし。
「友雅は……随分と、その気のようだよ。」
帝からその言葉を聞くと、更衣は驚いたように姿勢を正してこちらを向いた。
「では、このお噂は…真実と受け取っても構わぬという事でございますの?」
「私でも驚いた程だからな。あそこまで執心とあっては、生半可な想いではないだろう。話を聞いていて、こちらが照れてしまうくらいだよ。」
正直なところ、あの二人の関係が、どこまで深いものなのかは見当がつかない。
だが、揃って人目を避けて、誰もいないような山で逢うほどのものだから………。
「どうなさいましたの?」
更衣が帝の様子に気付いて、しなやかな白い指先を肩に添える。
「んー…ま、まさか…な…」
考え過ぎか?
いや、でも何せあの友雅であるし…可能性がないとは言えない。
だが、相手は神子であるのだから、そんなことはまさか……と思うのだが、やはりどうしても疑いたくなる。
「いくらなんでも、それはなあ……」
頭を抱える帝の姿を、更衣は不思議そうに眺めている。
さすがにそこまでは、友雅に突っ込めないか。
しかし、考え出したら止まらなくなった。
取り敢えず、その推測が『有り』か『無し』かだけでも知りたいところだ。
「……ああ、そういえば…!」
突然何かに気付いたように、顔を起こした帝が膝を叩いた。
話を聞ける者が、唯一いた。さっきの話に出て来た、彼に聞けば何か分かるかもしれない。
「更衣、すまないが…昨季に大納言を退任した、朝比名殿をこちらに呼ぶように、手配をしてくれないか?」
「…朝比名殿でございますか?はあ、ではすぐにお声を掛けて参りますので…」
そう言って更衣は、鮮やかな袿の衣擦れ音を連れて、帝の部屋を去った。
そうだ、朝比名殿ならば、二人が山で立ち往生した時に、一晩宿を貸したと言っていた。ならば二人がどんな様子だったか、目の前で見ているはず。
おそらく何らかの異変があれば、気付いているに違いない。
「……しかし、自分で自分に呆れるな…。他人の恋を詮索したくなるなど、おせっかいも良いところだ…」
苦笑いを浮かべながら、帝は一人の部屋で、そんな独り言をつぶやいた。
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