Trouble in Paradise!!

 第3話 (2)
それにしても、彼の様子には確かに好奇心をそそられるが、こうなると相手の女性も気になって来る。
父の話では随分と若い感じの、少し風変わりな娘だと聞いたが、一体どんな身分の、どんな娘なのだろうか。

「貴方のような御方を虜にしてしまうとは、さぞかし麗しい姫君なのでございましょうね?」
興味本位で詮索を続ける晃季に、友雅はそれほど動じてはいない。
逆に、腹が据わっているような貫禄を醸し出している。
「他人はどう思うか分からないがね。私には、唯一の女性だよ。色々な意味でね」
世界中どこを探しても、一人しかいない神子。そして、自分にとっても、代用の利かない大切な女(ひと)。
誰にも知られなくないくらいに、自分の中に閉じ込めておきたいほど、ようやくめぐり逢えたかけがえのない存在。

「それで?他に私に聞きたい事があるのかな?私もそろそろ、主上の前に上がらなくてはいけないのだけれど。」
これ以上、あれこれと話題を振られても面倒なだけだ。自分とあかねの関係については、公に出来ないことが多すぎる。
さっさとこの場を立ち去って、話題から逃げた方が得策だろう。
「いえ、お引き止め致しまして、申し訳有りませんでした。では、私も大学寮の方へ戻らせて頂きますので…」
始終彼は嫌味のない笑顔を絶やさずに、丁寧な挨拶をすると、自分から先にその場を後にした。

……見た目と違って、噂好きの若者だな。
晃季にそんな印象を持ちつつ、友雅も清涼殿に向かって歩き出した。


「朝比名殿!如何でしたか、橘少将殿のお話は!」
建物の影に隠れていた若い公達数人が、晃季がこちらにやって来た途端に、一斉に駆け寄って来た。
何処も同じで、彼らも噂の渦中にある彼の発言が、気になってしかたがなかったと見える。
それもそのはず。彼らもまた、巡り合わせを待ち続けている輩たちだ。
「まあ、そうですねえ…。確かに、随分と今回のお相手には、類い稀なるほどのご執心でいらっしゃるようですよ。」
「あ、あの少将殿がですか!?」
そりゃあ、誰でも驚くに違いないだろう。だが、間違いなくそれは事実なのだ。
父である綿墨も、そして母の呉羽も、更にうちの侍女たちも……彼が恋に溺れる姿を目の当たりにしている。そして今、晃季も彼と向き合って話した時間の中で、彼らが騒いでいた事が嘘偽りではないことを確認した。
「ついに、あの方も…そのようなお相手が出来た、と考えてよろしいかと。」
晃季がそう答えると、彼らは一斉にどよめきたった。
勿論、それは歓喜に近い雰囲気で。

「ああ、やっと私にも、期待出来る日がやって来ると…!」
「この時を、何度望んでは朽ち果てつつあったことか!」
実はこの二人、意中の女性に文を送った事があるが、ことごとく失敗に終わっている。しかも、それには友雅の存在が関わっていた。
別の女性でありながら、彼女たちから返信された文に書かれていたのは、同じような文面。

"この世の最後まで連れ合う方を選ぶには、妥協はしたくありませんの。橘少将様ほどとは言いませぬが、あの方のような琵琶の音をお聞かせ願えるのなら。考えて差し上げてもよろしいですわよ”
……とまあ、そんな感じで。
元々相手の姫君は、プライドの高いことで有名な才女であったので、身の程をわきまえなかったと言われればそれまでなのだが。
だが、一人や二人なら、まだ良い。
もう一人の男などは、恋していた従姉妹の姫君に打ち明けようとした矢先、友雅を宴の席で目にしてしまった彼女が、すっかり彼の虜になってしまったという不憫な過去を持つ。
そういうわけで、ここにいるのは、何かしら友雅の存在で恋路を邪魔されて来た男たちである。

しかし、そんな友雅がついに結婚を考える相手を見つけたとしたら……涙で枕を濡らす女性が当然多発するわけで、これをチャンスと思って気合いを入れる男たちが増えるのだ。
実際、ここにいる数人が間違いなく、その類いである。
そして晃季も所詮は、男だ。わずかでも可能性がこちらに向くのならば運がいい、と少なからず思っていたりもする。

さて、その効率を更に上げるためには、どんなことが今後必要か?----------案外それは、簡単だ。
「既にこの噂は、あちらこちらに広まって来ている。もう耳に入っている女人も多い事でしょう。何もせぬとも、あっという間に伝わってしまうかと。あとは、自分次第ということでしょうね。」
晃季がにこりと笑うと、彼らもまたにやりと笑った。
「少将殿には申し訳ないが、私らも華を手に入れたいものだしな。」
一人が言うと、晃李が指先を横に振る。
「いやいや、少将殿にとっても悪い話ではあるまい。最愛の姫君との縁談話の噂なのだから、まんざら悪い気はしないであろうよ?」
どう転がって行こうが、あとは流れに任せてしまえば良い。
それほど悪くはない結果になるはずであろうから。

+++++

随分と強靭に思われていたらしく、昇殿するとあちらこちらから体調の労いの声をかけられた。
確かにそれほど病に弱いわけではないけれど、武官ならこの程度の体力は当たり前だと思うのだが。
そんなことを思いながら、友雅は帝の御前へと呼ばれるがままに進んだ。


「そなたが風邪などをこじらせるとはな。友雅にも隙があったということだね。」
笑いながら帝までもが、一応病み上がりである彼を見てそう言った。
「八葉の任も、それだけ重いということかもしれぬが…気を引き締めて頼む。」
「はい、今後は充分に。」
帝からの言葉を素直に受け取りつつ、手元にある次回の行幸についての断り書きを開いた。
しかし、何故か帝がすぐに小さな声を上げて笑った。ふと、その声に気付いて友雅は顔を上げる。
「如何なさいましたか?」
「いや……何と言うか…ね。この殿中の奥にいても、いろいろとそなたの噂は自然に耳に届いてしまうものなのだが…」
目を細めて、口元を緩ませて帝の顔が微笑ましく歪む。

その理由が一切掴めない友雅は、そんな様子が不思議でならない。
「体調を崩していた数日間の間で、私に関する妙な噂でも浮上したのでしょうか?私には全く、身に覚えのないことではありますが。しかし、いささか好奇の目が痛々しく感じる所存でございます。」
宮中の噂好きな公達ならともかくとして、帝の耳にまで入るという噂は一体、どんなものだというのだ。
悪い内容ではなさそうだが、ここまで広められていては気になって仕方がない。

「ん、まあ…先日女御達がね、そなたの噂話でそりゃあ大騒ぎしていたものだから、どんな内容なのか尋ねてみたんだがね」
噂の出所は、殿中の女御達ということか?
いや、今の女御達に通じる女性と過去に何らかの関係を築いた者は……確かいないはずだと記憶しているが。
例えいたとしても、そんなのは覚えていない程昔の話で、今更噂にされるようなこともあるはずがない。
だとしたら、問題の矛先は一体何か?

と、友雅が考えている最中だというのに、帝が興味津々で顔を近付けて来た。
「こっそり私に教えたまえよ。そなたのような男を虜にしたのは、一体どこの姫君なのだ?」

思わず友雅は、天を仰いでため息をついた。
それが発端か……。
元大納言でもある、顔の広い朝比名に知られたところから、おそらくほころびが出来てしまったのだろう。
隠していたにも関わらず、既に周囲は自分たちのことを周知だったのか。それで、噂の種にされていたのか……。
彼の息子である晃李が、あれほどまでに興味を抱いていたのも納得出来た。
だが、あかねの素性を明らかにしなかっただけでも、功を奏したと言える。
まさか、八葉が神子と恋仲になっているなんて、知られたらどんなパニックが起こるやら。

まず、藤姫が卒倒するのは間違いなく、頼久は事によると刀を抜くかもしれない。
天真は拳を振り上げるか、イノリは飛び着いて暴れるか。
永泉と詩紋は混乱するだろうし、鷹通は真剣に罵倒するだろう。そして、泰明は多分…結構平然としているかもしれない。
こんな状況だというのに、そんな彼らの行動を想像してみたら、妙におかしくなってきた。
一度そんな大混乱を見てみたい…と思うのは、やはり不謹慎だろうか?

「さあさあ、言ってみるがいい。その姫君は、どちらに咲いていた花なのだ?」
帝に詰め寄られて、さて、どうしようか、と真剣に考える。
いずれはどんな形にせよ、この関係を公表しなくてはならない日がやって来る。その時まで、あかねの正体を隠し通せるかどうか。
そのためには、一人くらい協力者がいても損はないのでは。
もしも帝が味方についてくれるとしたら、これ以上ないほどの強大な防護壁になるはず。

そっと視線を上げると、帝の爛々とした目がそこにある。
「……相手の名をお告げしても、驚かれませんか?」
友雅が切り出したのを聞いて、帝はさも満足そうに笑った。
「そなたなら、天から舞い降りた天女を相手にしようが、驚きはせぬよ。」
天女か…まんざらかけ離れてもいないな、と思った。


その人の名は、夕焼けの空の色。そして、衣を染める深い赤。
その名を持って、時を超えて舞い降りた。龍神の加護を伴って。




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Megumi,Ka

suga