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Trouble in Paradise!!
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| 第2話 (2) |
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「失礼致します。殿、お話のところ、少々宜しいでしょうか?」
侍女の一人が、友雅たちの会話の席に顔を出した。
普通なら場を読んで、後にしろと言いたいところだが、彼女の手に添えられた一通の文を見て、彼は彼女を中に招き入れた。
「私への文だろう。こちらに、よこしなさい。」
伸ばしたその手を、彼女へと向ける。そして彼女は、姫空木の小枝を添えた桜色の文を手渡した。
そういえば、土御門の庭にこの花が咲いていた。あかねの部屋の、すぐ近くに。
それだけで、この文の差出人が誰なのか分かる。
友雅は、その文をそっと開いた。
「ふっ…」
一通り目を通すと、自然に笑みが浮かんできた。そんな彼を、朝比名は興味深げに見る。
「もしや、例の娘御からの恋文ですかな?」
内容は恋文かどうか分からないけれど、差出人はそれに値する人物であることは間違いない。
「可愛らしい文だ。私の容態を心配して、送ってきたらしいよ。」
風邪をこじらせたのは、自分のせいではなかったのか。自分が移してしまったからではないのか。
そんな言葉の中に、迷惑をかけたと詫びる言葉が綴られている。
彼女のことで、そんな気持ちにさせられたことなど、一度もないというのに。
「お互いに様子を気にするとは、本当に仲むつまじいものだな。年寄りながらに、少々うらやましく思えてくるわ。」
朝比名の声を半分聞き流しつつ、友雅は思った。
『明日にでも、会いに行って彼女の不安を解いてやらなくては。』
心惹かれたその人の為に費やす時間が、例えどんな内容であっても無意味ではないことを、彼女に教えてやろう。
「さて、それでは私もこれで失礼することにしようか。あまり長居をしては、完治しかけた風邪がぶり返すと申し訳ないからな。」
ゆっくりと腰を上げた朝比名は、侍女の手を借りて体の節々を少し延ばした。
息を深く吸い込むと、意外にも良い空気がこの屋敷には流れている。
目に映る華やかさの代わりに、目を癒す常緑樹の色と葉の香りが清々しい。
「折角お越し頂いたというのに、何ももてなしも用意出来ずに申し訳ない。近々、そちらへも先日の礼を兼ねてご挨拶に伺いますよ。確か、お住まいは東洞院の先辺りでしたか?」
「ああ。周りの風景に異質な程寂れた屋敷だが、そなたが来てくれれば少しは華やぐだろうよ。」
入口へ向かう彼を見送りに付き添いながら、そんな会話をしつつ渡殿を歩いた。
「その時は、あの娘御も連れて参ると良い。どうやらそなたの様子では、一時も離れていたくなさそうだしな。」
二人の若い武士を携えて、朝比名が笑いながら言う。彼が鋭いのか、それとも自分が隙だらけなのか…彼には友雅の心情が読まれてしまっているらしい。
「ええ、その時は是非。ただし、先程も申しましたが…内密にお願いしますよ?」
「はは…そなたの秘恋話を共有するのも、気持ちが若返って良いものだな」
他愛もない会話を残して、客人は屋敷を後にした。
+++++
次の日の朝。引き続き天気の良い日が続いている。
「まあ、友雅殿。もうお身体はよろしいのですか?」
朝も明けて間もない頃、彼が眠そうな面持ちもなく土御門家を訪れたので、その姿を見た藤姫たちは少々驚いた。
だが、見た限りではいつもと変わりのない友雅だ。
「数日も音沙汰無しで、すまなかったね。またサボリ癖が出たのかと思われると困るので、誠意を見せるつもりで朝早くやって来たよ。」
以前ならまだしも、今となっては毎日でもここへ通いたいくらいだが。
「いいえ、お元気なら何よりです。ですが、まだお時間が早いもので、神子様はお目覚めになっておりませんの。」
「私の方はもう平気だけれど、神子殿の容態は如何だい?あれから、更に酷くなったりはしていなかったかな?」
「それは、お気にならさないで結構です。昨日も鷹通殿と永泉様とお出かけになられたようですので、もうご心配はいらないかと。」
藤姫の話を聞いて、友雅は少しホッとした。
この目で見えない姿では、何一つ確かな真実は得られない。
言伝で聞いても、自分の目で確かめない限りは不安が残る。
「じゃ、様子を伺って来ようかな。実際、具合が悪いところを目の前で見ていたものだから、やはり心配でね。」
そう言って友雅は、小さな果実の入った籠を手にして、あかねの寝所へと歩き出そうとした。
が、もちろんすんなり、そこへ向かえるはずがない。
「友雅殿!神子様はまだお休みです!」
「…顔色を覗くだけだよ。」
「それでも、お入りになってはなりません!」
まあ、こういう展開になるのは目に見えていた。
いくら八葉と言えど、少女が独り寝をする部屋に、そう簡単に男が足を踏み入れることを許される訳がない。
これまでも、到底"真面目"とは正反対の事しかやっていなかったし、藤姫からの信用も自慢出来るものじゃないだろう。
しかし、そうとなればこっちも少し策を練れば良い。
「大丈夫だよ。神子殿の寝所に面した庭には、頼久が着いているんだろう?私だって、刀を手にした彼がそばにいては、命が惜しくて手出しも出来ないよ。」
「てっ…手出しなんてっ、神子様にそんなご無礼なっ!!」
あかねに対しては一途な彼女だから、こんな戯言にムキになって怒るのが、何とも愛らしい。
「まあまあ落ち着いて。だから、何もしないよって…そう言っているんだよ。」
とは言っても、藤姫の表情は不穏だ。でも、これ以上説得したところで、更に信用を得ることは無理かと思う。
そうなれば、適当なところで引き下がって、先に進むしか方法はない。
「では、ちょっと失礼するよ」
友雅は藤姫の言葉を適当に遮って、廊下へと歩いていく。その姿を横目で見ながら、彼女がひとこと釘を差した。
「お戯れは、許しませんから。」
背を向けたまま小声でくすっと笑って、了解の合図で手を翳した。
勿論、それを戯れとあかねが思うかどうかで、これからの行動の意味は変わってくるだろうけれど。
文に添えられていたものと同じ、白い姫空木の花が部屋から望める。
几帳の張られた御帳台の向こうには、まだ目を覚まさない少女の寝息が聞こえる。
「友雅殿、もうお加減は宜しいのですか」
彼の姿を見つけた頼久が、庭先から声を掛けた。
「頼久にも面倒を掛けたね。これは、せめてものお詫びだ。朝餉の席にでも差し出してくれるように、厨房まで届けてもらえるかい?」
友雅は、小さな黄金色の杏が入った籠を差し出した。朝市に並んでいた物だから、というそれは、甘い香りが匂い立つ。
「有り難くお受け致します。」
そう言って頼久は軽く頭を下げると、爽やかな香りの杏を手にその場を後にした。
こういう時、忠実な男は何かと扱いやすい。
心からあかねに忠誠を誓う頼久を利用するつもりはないけれど、恋が絡んでしまうと、どうも自己中心的に物事を考えがちになる。
心の中で頼久に謝罪の気持ちだけを抱き、友雅はそっと几帳を持ち上げた。
「神子様、おはようございます。」
侍女を連れた藤姫が部屋の戸を開けると、既にあかねは目を覚ましていた。
そしてちらりと隣を見ると、友雅が寄り添うように座っている。
「お、おはよう藤姫…。少し寝坊しちゃったみたいで、ご、ごめんね」
「いいえ、結構でございますよ。朝餉のご用意が整いましたので、お呼びに参りましたの。」
「あ、分かった…。じゃ、用意が出来たら行くから…」
あかねと話をしている間も、ちらちらと藤姫の目は友雅を見る。
これは、あきらかに警戒されている視線だな、と否応にも伝わってくる。
とは言っても、別に後ろめたいことはしていない…はずだ。それなら、既に彼女が悲鳴の一つでも上げているだろうから。
「では、お待ち致しております。宜しければ友雅殿も。お時間がお早いでしょうから、まだお召し上がりになられておりませんでしょう?」
「それは有り難いね。是非、お供させて頂こう。」
一瞬、友雅と藤姫の視線がぶつかったとき、火花のようなものがちらついたような気がするが……多分それは、見間違いではなさそうだ。
「はぁ……。びっくりしましたよ、いきなり目の前にいるんですもん…」
藤姫たちが姿を消し、再び二人きりになった部屋で、あかねが乱した息を整えながらつぶやいた。
「朝早く来れば、もう一度可愛い寝顔を見られるかな、と思ってね。ついでにお目覚めの役目まで出来て、幸運だったよ。」
「何言ってるんですか。もう…驚かさないでくださいよ…朝から…」
困ったように溜息を吐くあかねの肩に、友雅は腕を伸ばして引き寄せた。
彼の顔がさっきみたいに、息が掛かるほどの距離まで近づいてくる。
「でも、良かったです…友雅さんが元気そうで。」
「それはこっちの台詞だよ。あれからどうしたか、気がかりで仕方がなかったのだからね。」
寝起きで少し乱れている彼女の髪を、梳くようにして撫でた。
「無茶は禁物だ。これからは、少しのんびり過ごそう。あまり気を張りすぎて、この間みたいに肝心の時に倒れては残念だよ。」
「はい、わかりました。気を付けます。」
"いい返事だ"と笑顔を見合わせて、二度目のキスをしようとした直前に、空気を叩き斬るような勢いで戸が開いた。
慌てて二人は、身体を離す。
「友雅殿っ!早くお部屋をお出になって下さいませっ!神子様がお着替え出来ないではありませんかっ!!」
小さな姫君が、もの凄い剣幕で仁王立ちしている。
勿論、その睨みは彼に一直線に注がれている。
「残念だな、手伝いくらいは出来るかと思ったのにね。」
「そ、そんなお戯れは断じて許しませんっ!!」
とても力では敵うはずがないのに、遠慮もなく小さな手でぐんぐんと友雅の背中を押し出していく。
そんな藤姫の姿が何だかあまりに可愛くて、あかねは思わず吹き出した。
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