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天体観測
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| 022 |
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「まさか…友雅さんの奥さんになるなんてこと………何の用意も心も決まってなかったのに。」
あかねがそうつぶやくと、友雅の手が華奢な肩に触れた。
「迷惑だったかな」
「……強引なだけですよっ……!」
いきなりで驚いただけ。本当は……何より嬉しい結末には違いない。
好きだった人と結ばれることを悲しむ女性など、いるわけがない。あかねも同じだ。
好きになった時から、愛したときから、一度は夢見た結末。
「気分を害してしまったかい?左大臣殿の屋敷に……藤姫殿の待つ所へ戻りたいかい?だったら車を用意させるよ?」
「……迷惑じゃないって言ってるじゃないですかっ!!」
少し怒ったように顔を赤く染めて、友雅の胸を叩こうと伸ばしたあかねの手を彼が掴んだ。
「………迷惑だ、と君が言ったとしても、もう私は帰すつもりはないよ。」
そう言って一度艶やかに微笑んで、彼はあかねの唇を塞いだ。
あかねは友雅の胸に優しく抱きかかえられて、彼の衣に薫る香りに意識を傾けていた。
驚くほどに静かな空気が二人を包んでいる。
波打つ鼓動や、熱く燃えたぎる想いは常に心にあるというのに、静まりかえった穏やかな世界。
言葉もなく、相手の存在を抱きしめることだけで感じている時間。
今まで感じたことのない心地よさに、心が溶けていくようだ。
「あかね、ちょっとだけ目を閉じてごらん」
友雅に言われるように、あかねは少し腰を上げて友雅の唇のそばへ耳を寄せると、そっと背中に回った彼の手が再び身体を抱き寄せるように優しく触れた。
そして、囁くようにその耳元で友雅の唇が動いた。
「………君をずっと愛しているよ」
「きゃーーーーーーっ!!!!!!」
突然あかねの身体から力が抜けて、それと同時に全身の熱が一気に上昇を始めた。がくがくと腰を崩して倒れそうになる身体を、友雅の腕が支えている。
「どうしたんだい?そんな取り乱して……」
「だ、だ、だって友雅さんがっ……!!!!」
言葉がなかなか続かない。話そうとすると途中で心拍数が喉を揺らし、慌てふためいたまま羅列が回らなくなる。
「と、と、と、友雅さんがっ…そ、そ、そんな恥ずかしいこと言うからっ!!!」
桜色を通り越して、紅梅の花のように赤らんだ顔に瞳を潤ませたあかねを、友雅は真っ直ぐに見据えて微笑んだ。
そして指先であかねの唇を塞ぎ、静かに声を吐き出す。
「ずっと君に言いたかった言葉なんだ。頼むから、恥ずかしがらずに受け取ってくれないか?」
友雅の笑顔は、いつにも増して甘美な色合いをしていた。だが、その瞳の奥に沈む泉は静かに音を立てず、あかねだけを映して輝いていた。
「ずっと……君を愛していた。君を、他の男に奪われたくはなかった。私だけを照らす月の明かりであって欲しかった。そのために、幾度も無茶なことをしてきた。それもこれも、君を愛しているという想いを、更に強くさせたことばかりだ。」
眩暈がするほどに甘い言葉を囁く友雅の言葉が、自分だけに差し出されていることを抱かれた腕のぬくもりから感じる。
たった一人、初めて恋した男である友雅に………。
「強くなれば強くなるほど、君を恋しがる自分に気付いた。妻として迎えて、これからを共に生きていくことになったのに、その想いは未だに衰えることなどない。今でも……君のことを心から愛している。愛しすぎて……自分が見えなくなるくらいにね。」
友雅の胸からほのかに薫る侍従。その香りがいつしか友雅の香りと感じたのはいつだろう。
八葉と神子の関係であった頃、同じ白虎である鷹通も侍従を好んでいたはずなのに、その香りはいつしかあかねにとっては「友雅の香り」という意識が生まれていた。
この香りを感じれば、友雅のことを思い出す。そして自然に彼のことを考える。
当然のようにそう想いながら、そうやって過ごしていたのは……多分彼を愛し始めていたから。
「君の耳に届かなくても、声に出さなくても……忘れないでいて欲しいんだ。私は…君を愛している。それを心の中でつぶやくことだけは、分かっていて欲しいんだよ。」
そう囁いて、友雅の声は途切れた。そっとあかねの額に口づけて、それきり言葉をつぶやかなかった。
「だったら私も、同じように同じこと…つぶやくことにします」
あかねは友雅の顔を見上げて、そう答えた。波打つ鼓動が暖かく熱を帯びて、身体中を暖めていく。
「声に出さないけど……友雅さんと同じことを、私もずっとつぶやいていきます。」
ぎゅっと友雅の袂を手で握りしめて、そう言ったあと胸の中に顔をうずめた。
心でずっと、何度も同じように友雅に想いを繰り返す。
……愛しています、あなたを。あなただけを。
「でも、一言くらいは聞きたいね…」
「えっ!?」
「うーん……せっかくだから、君の声で一度くらい聞いてみたいねえ」
「そ、そんなあ!!友雅さんだって心の中でつぶやく…って言ったじゃないですかあっ!」
「でも、私はその前に声にしたからねぇ。一度で良いから、その唇で私に囁いてくれないかな、とびきり甘い言葉を…ね?」
「そ、そんなこと言ってもっ!!」
昔見た外国映画の女優じゃあるまいし、そんなに簡単に「愛している」という言葉をさらっと口にする芸当などあかねは持っていない。
ただ友雅の囁きを耳にするだけでも、こんなに身体中が熱くなっているのに。
「さあ、囁いておくれ。我が最愛の月姫殿?」
両腕で抱きすくめられては、逃げる事も出来やしない。だからといって声になるはずがない。
「ゆ、許してください〜っ!!ま、まだ気持ちの準備が出来て…ないですうっ!」
恥ずかしくて照れくさくて染まった頬に、半泣きの潤んだ瞳を浮かべてあかねは答える。その姿をどれほど愛おしいと友雅が想っているか、気付いているのだろうか。
「まあいいよ。二人で過ごす時間はこれからいくらでもある。君が自分から囁いてくれるようになるまで、気長に待つことにするよ。」
そう言って友雅は少しだけ腕に力を込めて、あかねの身体を抱きしめた。
「あの……ね、友雅さん……」
腕の中からあかねがためらいがちに顔を上げる。
「言葉では…言えないけど…でもね、私が想ってることは…友雅さんと一緒だから…。それだけはお願いだから、忘れないでいてね…?」
いつのまにか、その瞳に心を奪われて。そして愛おしくてたまらなくなって。
いつからなのかはもう覚えていないけれど、今ここで抱き合っていることが一番の真実。
「ずっと私だけを照らし続けておくれ。愛する月姫…………」
友雅の囁きを合図に、あかねは静かにもう一度目を閉じた。
------君だけに、愛を誓うよ。
その夜、確かに友雅は自分の手で、あの輝く月を手に入れた。
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